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第三十三話:媚薬【中編】若気の至り

【中編】が二回続きます。こうなると思ったので今回のシリーズは【】の後にもタイトルを付けました。

「あ〜楽しかった。何十年ぶりだろう、こうやって若い人とゲームをしたのは」

 昔を思い出して懐かしみながら幸せそうに老婆は笑った。シワシワの顔に目が埋もれてどこが目かわからなくなる。

「よかったね、てか長老なにげに強かったし……」

 テーブルに並べたトランプを集めて整理するアーク。彼らは食堂に集まってトランプをやっていた。長老(老婆)、アーク、バド、レミアの四人で。

 ゴーンゴーンゴーン……。すると何かの告知でもするかのように、タイミングよく壁掛け時計の鐘が鳴り出した。

「おやおや、もうこんな時間だね、そろそろ夕飯の支度をしなくては」

 時計を見て長老が言った。彼女がよっこらしょと腰を上げるとそれを見たアークが

「あっ! じゃあ、オレ手伝います〜!」と自分も腰を上げた。

「いいよそんなこと、プリエッツェラがいるから」

「いいからいいから遠慮しないで、ねっ? これからの時代は男も料理ぐらいできないと」

「……」

 不満げに口を曲げる老婆の後にくっついていこうとするアーク。

「プリエッツェラ」

 とそこにプリエッツェラがやってきた。

「遅くなってごめんなさい、すっかり居眠りしてしまって」

「さぁ、さっさと支度を始めよう」

 老婆はアークを無視してプリエッツェラとさっさと台所に入っていく。アークはくるっと方向転換してすぐに戻ってきた。

「アーク、これをもとの場所に戻しておいてくれ」

 箱にしまったトランプをアークに渡すバド。「うん、わかった」とアークがそれを受け取ると

「オレはゲアンを呼びに行ってくる」

 そう言ってバドは先に食堂から出ていった。





 ゲアンの部屋の前でバドは立ち止まった。軽く二回ドアをノックする。

「ゲアン?」

 何も返事がない。いないのかと思ってドア開けると、ゲアンが素肌の上からシャツを羽織り、着替えている最中だった。

「寝てたのか?」

「ああ……」

 力無いゲアンの返事。バドは怪訝そうな顔で彼を見た。

「お前、顔色が良くないぞ。具合でも悪いのか?」

「いや、大丈夫だ……」

 そう言ったゲアンの顔は、どこか憔悴したようにやつれて見える。もともと色白の彼ではあるが、今の彼は血色が悪く青白かった。

「そうか、夕飯の時間だから行こう」

 バドはあえて深くは追求しなかったが――

「ああ」

 そう答えてゲアンが体の向きを変えた瞬間。

 !?――バドは目を瞠った。衿がめくれて首筋に何か痕のようなものがあるのを発見し。

「ゲアン。お前、その痕……」

「!?」

 言われてゲアンはさっとそれを隠すように衿を直した。



「お前、プリエッツェラと……」



 バドは愕然としてそう呟いた。







 夕飯を終えると、皆部屋に戻って行った。プリエッツェラが下げた食器を厨房で洗っていると

「!?」

 急に背後から抱きしめられ、彼女は驚いた顔で振り向いた。しかしすぐに表情が和らぐ。

「ゲアン? 待って、今お皿を洗ってるから」

 声もやわらかに、そして艶を帯びる。後ろから彼女を抱きしめながらゲアンが言う。

「オレも手伝う。そしたら早く終わる」

「狭いから一人でやるわ」と微笑で返すプリエッツェラ。

「そうか」

 ゲアンは少し元気をなくして腕の力を緩めた。名残惜しみながらプリエッツェラから離した腕をゆっくりと下ろす。

「くすっ、部屋で待ってて」とプリエッツェラが幸せそうに笑い――

 後ろを振り向いた彼女に、ゲアンが不意の接吻。

「わかった待ってる」

 と言って彼は厨房から出ていった。







 今日で長老の家に来て二日目。今夜もプリエッツェラの占い通り、激しい嵐が続いていた。コンコンとゲアンの部屋にノックの音が響く。

「どうぞ」

 ゲアンがドアを開けるとプリエッツェラがいた。ゲアンは彼女を部屋に入れてドアを閉め、途端接吻。

「ねぇ、何で上まで閉めてるの?」

 プリエッツェラが甘い声で、ゲアンの着ているシャツの衿に触れながら言う。節を付けるように唇を吸ってからゲアンが答える。

「首の跡を見られたんだ」

「誰に?」

 プリエッツェラが目を丸めたお茶目な顔で首を傾げる。

「バドだ。あの長身の」

「ああ、あの“ハンサム”な人ね?」

 プリエッツェラのその台詞が、悪戯にゲアンの鼓膜をくすぐった。彼の表情が曇る

「ハンサム?」と片方の眉を上げるゲアン。プリエッツェラが

「あなたも素敵よ、ゲアン」と機嫌を取るように彼の胸に身を寄せる。

「……」

「ゲアン?」

 本気で機嫌を損ねたのか? それを窺うようにプリエッツェラが長身の彼の顔を下から見上げるように覗き込む。

「嫉妬で気が狂いそうだ」

 ゲアンが眼鏡の奥の縦幅もしっかりある切れ長の目を細めて、呻くようにそう言った。

「妬いてるの? くすっ、かわいい」

 プリエッツェラがそれを見て、年下の少年でも見るようにいたずらっぽく笑う。

「悪い女だ」

「あっ」

 不意にゲアンが彼女を抱き上げた。そのままベッドまで運び、どさっと降ろして荒っぽいキスをする。乱暴になった彼にプリエッツェラはぽーっとなり、熱っぽい目をして彼の眼鏡に手をかけた。「ゲアン」と艶やかに彼の名を呼ぶ。

「あなたの瞳、とてもきれい」

 眼鏡を外して

「青くて……好きよ」

 手を伸ばし彼の頬に当て

「綺麗な顔……ずっと眺めていたい」

 両手で顔を包み込み、うっとりとした目で彼の顔を眺める。

「私、“綺麗なものが好きよ”。この高くて筋の通った鼻」

 と鼻に触れる。

「引き締まった顎」

 と顎に触れる。

「切れ長の瞳。どれもが美しい。あなたは完璧よ、ゲアン」

「口説かれてるみたいだな」

 少し照れたようにゲアンが笑う。

「そうよ、口説いてるの」

「そんなことをしなくても、オレは君の虜だ。君しか見えない」

 と熱いキスをお返しするゲアン。

 二人の夜はまだまだ続く……





 吹き荒れる激しい雨風の轟音が家の中に流れ込む。それはまるで誰かが歌っている戯曲(オペラ)だった。

 同じ夜、バドとアークがいる部屋では……

「凄い風の音!」

 嵐のせいで家の主である長老に外にでることをきつく禁じられていたアークは、この状況に脅えずにはいられなかった。皆が同じ不安を抱えているだろう。――あの二人以外は。

「げほげほ」

 急にバドが咳込みだした。

「大丈夫?」

 なかなか止まらないその咳に、アークはだんだん心配になってくる。

「ぶほっ!」

 何か吹き出したような咳をして、バドは口に当てていた手を離し、確かめるように広げて手の平を見た。?――そこに赤いものが付着していた。横からアークが覗き見る。一瞬にして彼は青ざめた。

「うわっ、血、血が!?」

「アーク、このことは誰にも言うんじゃないぞ……解ったな?」

 殺意すら感じさせる鋭い目でアークを睨みつけ、強引に従わせるようにバドは言った。

「わ、解ったよ!」

 怖いよ、バド……アークは従わざるを得ない。そういう時のバドは、美しさと強さが同居して思わずゾクッとさせられる。呼吸が乱れて苦しむ彼の姿が、より一層彼を艶冶にしていく。彼はよろめきながら立ち上がり、唇を手の甲で拭うと部屋から出ていった。





 流し場に来てバドは、血の味がする口をうがいした。一息ついて休んでいると

「バド」

「レミア?……げほっ!」

 咳が込み上げてきて、バドは慌てて口元に手を当てた。

「ちょっと、大丈夫?」

 心配したレミアが彼の背中をさすった。

「少し風邪気味なんだ」

 バドは苦笑して誤魔化した。やつれた自分の姿を心の中で笑いながら。

「それじゃあ、お薬飲まなくちゃ! あるかどうか聞いてくるわ」

 レミアが慌てて薬をもらいに行こうとするが、バドに手首を掴まれて足を止められる。

「いいんだ。薬はさっき飲んだから、もうすぐ効きはじめる頃だ」

 レミアの手首を離さずにバドが言った。

「そう、じゃあ早く寝たほうがいいわね」

「そうだな」

 そう言ってバドは微笑むが、元気がない。

「どうしたの? いつもの笑顔と違う……」

 レミアの胸に不安が広がった。バドの目が哀しそう。笑っているのに哀しく見える。

 沈んでいく彼女の表情を見てバドは、彼女の頭にぽんと触れた。微笑して細められた目が、憂いの色に暗く染まる。

「ほら、やっぱり元気がないわ」

 言ってすぐに彼女は

「あ、分かった!」と一転して瞳をきらりと輝かせた。

「え?」

 困惑するバドの顔を覗きながら、得意げに彼女は言う。

「風邪曳いてキスできないからでしょ?」

 言って彼女はすごく嬉しそうに笑った。うふふふ、と顔いっぱいに幸せを現して。

「……ッ!」

 堪らずバドは彼女をギュッと抱きしめた。彼女は何も知らない。何も気付いていない! オレは彼女を泣かせることになるのか。この笑顔を彼女から奪ってしまうのか……。罪の意識が彼を蝕む。運命には逆らえないことを彼は分かっていた。過去の過失は拭い去れないということも。

 オレの命はもうすぐ燃え尽きようとしている。なのにオレは身勝手だ。最後の最後まで彼女の笑顔が見ていたくて、最期までこのことを彼女に隠し続けようとしている。残された後の彼女の辛さも考えずに。

 苦しい。あまりに強くバドが抱きしめるのでレミアは苦しかったが、彼が抱いている気持ちを受け止めたくてそれを口にはしなかった。

「レミア、愛してる」

 バドがようやく腕の力を緩めて、彼女の顔の高さまで長身を折る。レミアは恥ずかしがりながらも顔を上げて目を閉じた。キスが降りてくる。何度も何度も愛しそうに。そしてバドは最後にもう一度彼女を抱きしめると、つやつやとした赤茶色の髪にもキスを落とした。

「もう寝よう」

 彼の瞳が笑顔で細くなる。

「ええ」

 レミアは彼の腕に掴まり、より一層幸せを感じた。彼女の部屋の前まで来て立ち止まると、バドは最後にもう一度、今度は彼女の額にキスをした。

「おやすみ」

 微笑して去ろうとするが

「待って」と彼女に腕を捕まれて立ち止まる。

「ちょっと来て」

 レミアが寂しそうな目をして彼に甘えてきた。バドの顔から笑顔が消え、彼はまた頭を抱えるのだった。こうして断る理由を考える度、辛くなる。気持ちとは裏腹なことをしなくてはいけないことに。

「風邪が伝染うつるからだめだ」

「もう伝染ってるかもよ? キスしたし」

 照れながらレミアが言う。赤茶色の大きな瞳をキラキラと輝かせ。

 こんなに純粋な少女()を汚したくない。心の傷だけではなく体まで。唸ってバドは首を横に振った。

「……とにかくだめだ。もう寝かせてくれ」

「そんなに嫌なの?」

 レミアは不機嫌な顔をした。やはり分かっていない、とバドは胸裡で嘆息した。

「じゃあ一緒に寝るか?」

 彼は熱っぽい目付きで彼女を誘った。こういう表情をすると、彼の美貌はこの上ない程の威力を発揮した。男性でありながらもそのあまりに妖艶な瞳にレミアは悩殺されてしまう。バドは小悪魔的で少し意地悪な笑みを浮かべてレミアの顎を上げると深い接吻をした。!?――その新境地にびっくりしてしまったレミアは目を瞠り、肩を浮かせたまま固まった。

「緊張してるのか? 冗談だよ」

「……」

「かわいいな、お前は」

 レミアのうぶな反応が愛くるしくてバドはまた

「おやすみ」と額にキス。

「おやすみ……なさい」

 レミアはまだ硬直中。バドが去るのをしばらく石像のようになって見送る彼女だった。




今回咳をするシーンを「げほげほ」「ぶほっ!」とか書いていたらおかしくて笑ってしまいました。ギャグではないんですが咳が笑いのツボでして…。でも咳を表す表現が他に浮かばなくてああなってしまいました。まだまだ修行が足りませんね。 

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