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第三十一話:媚薬【前編】嵐の予感

なんでこんな状況になったのか…前半滑りが悪いですが、どうかそうめんのようにスルスルっと飲み込んで読み進んでやってください(苦笑…)

 通行の妨げとなっていた原因を解決し、キュラリー川はもとの姿を取り戻した。今では以前のように船が自由にその川を往来している。平穏な日常がそこに戻った。しかしその土地で二人の若き命が失われた。アールグレイとジャスミンの。彼らの仲間たちは、森の跡地に花を手向けるかわりに二つの種を植えた。その種がいつか芽を出し、花を咲かせる頃に再びそこを訪れようと決め。

 あの日を境にフォガードの声はしていなかった。平穏な日々が続く。それは何も意味がないようで何かに繋がっている。ゲアンやバドにはあれが、師フォガードの言っていた“導き”であると分かっていた。







「今、雷の音聞こえなかった?」

 ふいに頭上で低く轟いた音を耳が捕らえ、レミアは天を仰いだ。

「うん聞こえた。なんかそれに空が暗くなってきたし……」

 アークが同じように空を見ながら、不安を表情に浮かべた。陰りを帯びてきた天とそれに似た深い蒼穹色の水面。彼らは今、その蒼に囲まれたちっぽけな存在になっていた。キュラリー川の件で、モンスレーから謝礼にもらった小型船で大海原を移動している。丁度良いからそれで旅でもしてくるといい。ドチュール王にそう言われ、ゲアンは仲間を誘って船旅に出たのだった。そして今に至る。まだ迷ったわけではなかったが、レミアとアークの頭には不安の文字が浮上していた。ゲアンもバドも陸の上では強くて頼りになるが、この広い海の上で人はあまりにちっぽけな模型のようだった。前も横も、空と海面しか見えない。先程からずっとその景色が続いている。方角を間違えれば永遠にさ迷い続けることになってしまうだろう。仲間の命を預かっているのはバドであった。ゲアンが彼の補佐役に回っている。

「雲行きが怪しくなってきた。嵐が来るかもしれない」

 神経を研ぎ澄ませながら舵を取っているバドに向かって、ゲアンが言った。海が荒れてからでは遅い。今のうちにどこかに船を泊めたかったが、調度良い場所が見付からない。地図も見ているし、方角はバドに任せているのだが……

「大丈夫だ。方角は間違っていない」

 バドがそう言って間もなく、前方に何かが見えてきた。近付くにつれ、それが陸地であることがわかった。奥に建物が並んでいるのが見える。目的地は島だったがやむをえず、バドはそこを停船の場所に選んだ。港らしきものは見当たらず、人がいる気配もない。

「ここで降りよう」

 バドが促し、彼らは船から降りた。途端、不思議な静寂が広がった。薄い霞がかったような乳白色のベールが疎らに大気を流れている。その隙間から建物などの風景を覗かせる。彼らは霞みの暖簾を潜り、その奥へと歩を進めた。

 すると一気に開けた視界の中に、さまざまな景色が飛び込んできた。家々や動く人の姿。犬や猫もいた。それはごく普通の小さな町の風景である。

「ようこそビワールへ!」

 入るなり女性のとびっきりの笑顔で出迎えられる。

「旅の方ですね。ささ、どうぞこちらへ」 今度は男性が近付いて来て半ば強引に案内され、仕方なく一行は彼の後に着いていった。立ち並んだ家の中でもちょっと立派な建物があった。男性がその家の玄関のベルを鳴らす。――沈黙が返ってくる。すると男性は気が短いのか、ドアベルをしつこく何回も鳴らした。鐘の金属音が喧しくがなり立てる。すると

「何だい騒々しい!」

 勢いよくドアが開き、中から腰が曲がって小柄な老婆が顔を出した。

「長老、旅の方がいらっしゃいました!」

 男性は何故か興奮しているようだった。鼻息を荒くしてまくし立てると、憤慨していた老婆の方は表情を変え、喜色を示してにんまりした。

「まぁまぁ、これはこれはよくいらっしゃいました。どうぞお入り下さい」と快く家の中に招き入れる。男性は辞してそこを去り、一行は中へ入った。

 大きなテーブルが置かれた広間へ案内され、皆そこのイスに座る。

「ちょっとお待ちを」

 老婆はそう言うと部屋から出て行った。間もなくして戻って来ると、一人の若い女性を連れてきた。

「はじめまして、プリエッツェラです」

 ゲアン、バド、アーク、レミアは

「――」

 彼女のあまりの美しさに見惚れてしまう。背中の辺りまである艶やかな金糸のような髪を束ねずに下ろし、それが動くと優雅に揺れる。吸い込まれるように大きな瞳は、透き通った水色の宝石のような瞬きを散らす。華奢な体と卵形の小さな顔はまるで人形のような可愛らしさでもあるが、括れた腰やさりげない仕種に女の色香が見え隠れしている。

「私、お茶を入れてきますね」

 彼女はいそいそと部屋を出ていった。さっそくアークが興奮する気持ちを口にした。

「めちゃめちゃきれいな人ですね〜?」

「ありがとう。あたしの自慢の孫でねぇ」

 嬉しそうに老婆が語る。そんな彼女の白髪頭にも、いくらか金色のものが混ざっていた。

「やだっ、おばあちゃまったら恥ずかしい」

 茶器を乗せたトレイを持って戻ってきたプリエッツェラが奥の部屋から戻ってきた。困った顔をしながら客にお茶を出す。

「さぁ、お前も座り」と老婆が促し、プリエッツェラも席に着く。

 そこにザーッという雨音が聴こえてきた。それがあっという間に激しい雨音に変わる。

「おやおや、とうとう降ってきたみたいだねぇ」

「ええ、“とうとう”降ってきたわ」

 意味ありげに言う祖母とその孫。その会話を不可解に思い、ゲアンが問う。

「とうとう?」

「ええ、“三夜連続の嵐”がやってきます」

 プリエッツェラが答えた。アークが大仰に目を見張って声を荒げる。

「三夜連続〜!?……て何で分かるの?」

 と驚いてすぐつっこむ。

 孫に替わって老婆が答える。

「お告げです。この娘の水晶に、今夜から三夜続けて嵐が吹き荒れると、お告げがあったのです」

「へぇ〜」

 アークはあまり信じてない風に相槌を打った。

「急にそんなこと言われても信じられませんよね?」と同意するようにプリエッツェラが苦笑する。

「じゃあオレのことも占ってよ?」

「ええ、解ったわ」

 アークに頼まれて、プリエッツェラは快く席を立ち、水晶玉を取りに部屋を出た。

 戻ってくると彼女はテーブルに向かい、瞼を閉じた。それから大事そうに布を敷いて卓上に置いた水晶玉を撫でるように手を動かし始めた。やがてその不思議な動きがぴたりと止まった。

「見えたわ」

 ぱっと瞼を開けて目を見張るプリエッツェラ。

「見せて見せて!?」

 横からアークが水晶玉を覗き込む。

「何も見えないけど?」

 ただの透明な玉を見てしらけた顔をする。

「ごめんなさい、言ってなかったわ。この水晶に映る風景は私にしか見えないの」

「え゛――っ!? 何だ、残念……」

 すぐに諦めて席に戻るアーク。

「あっ! これは……」

 またプリエッツェラが叫んだ。皆の視線が彼女に集まる。

「どうしたんだい、プリエッツェラ?」

「言ってもいいのかしら……」

 プリエッツェラはバドの方を見て言葉を詰まらせた。

「……」

 冷静な表情で答えを待つバド。プリエッツェラは少し間を置き、決心してからバドの目を真っすぐ見詰めて言った。

「あなた、もうすぐ死ぬわ……」

「――」

「――」

「――」

 場が凍り付いた。皆の動きが停止する。

「嘘……?」

 レミアだけが声を漏らした。プリエッツェラを見ると暗い表情で黙り込んでいる。

「バド、死んじゃ嫌よ……」

 レミアの目からボロボロと大粒の涙が溢れ出す。

「大丈夫だ。気にするな」

 バドが慰めるように彼女の肩に腕を回し、そっと抱き寄せる。

「ごめんなさい私、余計なことを言ってしまって……」

 申し訳なさそうな顔で謝るプリエッツェラにバドは「いや」と静かに言う。

「あ、あのさぁ、これって占いなんだよね? 当たるも八卦、当たらぬも八卦なんじゃない?」

 アークが気を使って、場の空気を和らげようとするが

「……」

 何も答えないプリエッツェラに、アークはますます困惑して焦った。

「じゃ、じゃあ今度はオレのこと占ってよ。ねっ?」

「あなたのこともさっき見てみたわ」

「え? で、どうだったの。オレこれからどうなるの?」

「それが……何も映らなかったの」

「どういうこと?」

「この水晶には何か重大な出来事しか映らないの。だから何も映らなかったのは何も起きないということ。このまま延長線上を行くということになるわ」

「はあ〜? 何だよそれぇ〜、ちょーつまんないんだけど……。あっ、じゃあ先生は? この人、まだ見てないでしょ」

 言われてプリエッツェラが水晶を見ると

「あっ?」

 彼女は口元に手を当てた。

「えっ、何何何? 何が映ってたの!」

 プリエッツェラの反応に何事かと興奮するアークだったが――

 ゲアンを見るプリエッツェラ。

 プリエッツェラを見るゲアン。

 見つめ合う二人。

「あの〜?」

 二人の世界ができてしまい、すっかり置き去りにされるアーク。しらけ気味に彼が尋ねると、プリエッツェラは瞠目した表情で言った。ゲアンを見詰めながら。



「あなた、私を好きになるわ」



  




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