第一話: 《王家》 真実の愛の形【姫と王子編】
人気の少なくなった薄暗い町。一人の少女が長い金髪の髪を揺らしながら走り、それを追いかける不審な二人の男達。
「へへへ……」
少女は必死で逃げ、路地裏や店の裏などに入るが、とうとう逃げ場を失い男の手が彼女に伸びた。
「いやっ!」
少女が叫んだその時――誰かが男の前に立ちはだかった。なかなかの長身に金髪。後ろに向かって流した髪型は若々しく、立ち姿も美しい。
「何だてめぇは!? そこをどけ!」
彼女を捕らえようとした男は罵倒するように言った。
「邪魔すると怪我するぜ?」
もう一人の男はニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべている。
「助けてください!? この人達、私に襲いかかってきたんです!」
少女は涙声になりながら、必死に助けを求めた。
「分かった。私……いや、“オレ”が何とかしよう」
「何だ兄ちゃん。やる気か?」
男が挑発する。
「君は離れてろ」
謎の人物に言われ、少女は離れた。
「やっちまえ!」
男の一人がナイフで謎の人物に襲いかかる。謎の人物はさっと避け、男がまたナイフを振り回した。
「う゛っ!……」
謎の人物の手刀で、男のナイフが地面に落ちる。男は顔をしかめ、そのナイフを拾おうとした。
「!……」
謎の人物がそれを蹴り、ナイフが遠くに滑って行き溝に落ちる。
「野郎――っ!」
もう一人の男が後ろからナイフで謎の人物に襲いかかる……が、謎の人物が素早く身を翻すとともに男の腕を捕らえ、捻った。
「あ゛っ……」
男は思わず手からナイフを落とし、謎の人物がまた同じようにナイフを遠くに蹴飛ばした。
「畜生〜っ!……覚えてやがれぇ〜〜!?」
そう捨て台詞を吐き捨て一人の男が逃げて行き
「ば〜〜か!」
と情けない台詞を言ってから、もう一人の男も逃げて行った。
「……」
一段落すると謎の人物は乱れた髪を手櫛でさっと直した。
「ありがとうございました。何とお礼したら良いのか……」
少女が言う途中、謎の人物は黙って行こうとした。
「待ってください! せめて、お名前を」
すると謎の人物は立ち止まった。
「そんなに知りたいのか?」
「ええ……もちろん。ちゃんとお礼もしたいですし」
「そうか……では、仕方がないな……んッん――ッ! ☆※◎▽ルド」
「ルド? ルドさんていうのね?」
少女は表情を明るくした。
「ルド?……あ、あ〜〜そうそう“ルド”だ。はははは……」
ルド(?)は苦笑した。
「素敵な名前……」
少女はうっとりして呟いた。
「そう? はは……ありがとう。じゃあ、また」
そう言い、ルドは去ろうとした。
「あっ!? 待ってください。まだ私、何もお礼してないわ!」
慌てて少女が呼び止め、ルドは立ち止まる。
「礼などいらん。ボランティアだ」
「そんな!? あんな危険な目に遭わせてまで助けて頂いたのに、何もお礼が出来ないなんて……」
ルドの言葉に少女は泣き崩れた。
「わっ分かったから、泣かないでくれ……」
ルドは仕方なく折れ
「本当に?」
少女はしくしく泣きながら尋ねた。
「ああ……――?」
彼は少女の付けていたネックレスを見て驚愕した。
「どうかしました?」
不思議そうに少女は尋ねた。
「え? いや、別に……ところで君の名は?」
「私はマージュといいます」
「マージュか……」
マージュはにっこりと微笑みながらルドを見ていた。
――うわぁ〜何だこのとろけるような甘い微笑みは!?
「ルドさん」
「えっ?」
「せめて、お食事だけでも御一緒しませんか?」
「あ、ああ〜いいね? そうしよう。はははは……」
そう言ったルドの顔はだいぶ引きつっていたが
「良かった。やっと打ち解けたみたい」
とマージュは安堵した。
それから二人は適当にある店に辿り着くとそこで食事を始めることにした。
「ごめんなさい。外で……」
そこはキャンプ場に近い造りで外に丸太で組んだテーブルが何台かあるだけだった。
「いいって、気にするな。はは……」
ルドは軽く笑い、料理を食べていたが、時々吹く風が冷たく二人とも震えていた。
「ルドさんはここに住んでらっしゃるんですか?」
「え? あ、住んでないよ〜」
ルドは何故か陽気に答えた。
「では、どちらに住んでらっしゃるの?」
「深い深〜〜〜〜い海の底」
ワインを飲みながら陽気にルドは言った。顔がほんのり赤くなっている。
「海の底?」
マージュは不思議そうに尋ねた。すると
「嘘――〜〜っ! 信じた? 信じた?」
とルドは楽しそうに笑った。
「少し……」
「あはははは。バッカじゃないの〜〜!? あははは」
「ルドさん酔ってるでしょ?」
ルドがあまりにも陽気になったので、いい加減マージュもその異変に気付いたが
「酔ってるわけないだろ?」
とルドは急にキリッとした表情になった。
「そ、そう……?」
マージュが驚いていると
「だって、こんな綺麗な女性が側にいるのに酔ってなんかいたら……口説けないだろっ?」
格好付けてルドは言った。
「……」
マージュは対処できず唖然とする。
一方ルドは、ギャグだったらしく一人でウケていた……
数時間後――
「……?」
鳥の囀りを聞きルドが目を覚ますと、辺りはまだ薄暗かったが日はだいぶ昇り始めていた。
――どこだここは?
辺りを見回すと同じ木のテーブルが並んでいる。
――あっ!?
テーブルの上に何か書いてある紙を見付け――読んでみた。
『起きなかったので私は宿屋に行きます。――マージュ』
ルドは考え込む。
――“マージュ”? 誰だっけ……?
昨晩オレは何を……
ルドは頭がズキズキと痛んだ。
――痛っ……あっ!? そうだ思い出したぞ。確か一緒に食事した、あのお姫様みたいな娘だ!
それからルドはあてもなく町を歩き始めた。まだ朝早かったので、ほとんどの店は閉まっている。ふと彼はその中で、開店の準備をしている金髪の女性を発見した。
「マージュ!?」
ルドが彼女の肩に触れる。
「何ですか?」
振り向いたのは全く別の女性だった。
「あっ? 失礼、人違いでした……」
ルドは落胆して肩を落とす。
「ルドさん?」
「?」
後ろから声を掛けられ、彼が振り向くと
「マージュ!?」
後ろにマージュの姿があった。
「昨日はごめんなさい。店に置いて来てしまって」
申し訳なさそうにマージュは言った。
「気にするな。そんなこ……っくしッ!」
ルドはくしゃみをした。
「大変!? 風邪を曳いてしまったのね? あんな所で寝かせてしまったから……ごめんなさい、私のせいだわ!」
マージュは今にも泣き出しそうな目をした。
「平気だ。これぐらい。……ずずっ……」
ルドは鼻を啜った。
「本当に?」
不安な顔でマージュは尋ねた。
「ああ」
ルドは少し苦笑いして答えた。
「……」
「それより君、この辺に住んでるのか?」
「違うわ……」
静かにマージュは言った。
「……」
その様子を見たルドは何か理由ありな予感がした。
「ねぇルドさん!」
急に元気な声でマージュは言った。
「何?」
「私、凄く素敵な場所を見付けたの。ちょっと来て!」
妙にマージュははしゃいでいた。
「ん? ああ……」
マージュに案内されやって来ると
「わあぁぁ……」
思わずルドは感嘆の声をあげた。野原一面に蓮華の花が咲いている。
「ねぇ、凄いでしょ?」
マージュはにっこりと微笑んだ。
「ああ、とても」
二人は芝生の上に腰を下ろした。
「ルドさん」
「“ルド”でいいよ」
ルドは優しくそう言った。
「じゃあ、ルド?……」
少し恥ずかしそうにマージュが言う。
「何?」
「ルドはどこから来たの?」
「マージュが先に教えてくれ。そしたら言う」
「……カルーナという所よ」
「カルーナ?……」
ルドは首を傾げた。
「まぁ、小さな村だから知らないのも無理ないわ――ルドは?」
「あっ、オレ? オレは……」
ルドは口ごもった。
「オレは?」
マージュは更に問い詰めた。
「オレはこの近く」
「この近くってどこに住んでるの?」
「後で教えてやるよ……」
「何故、今教えてくれないの?」
「実はオレ、記憶喪失で昔のこととか全然覚えてないんだ」
ルドは苦笑いした。
「そう……それならどうやって後で教えるつもりだったのかしら?」
少し呆れたようなマージュのその言葉に
「……」
ルドは何も言い返すことが出来なかった。
「いいわ。そんなにいいたくないなら言わなくても」
マージュはすっかり機嫌を損ね、立ち上がろうとした。
「待てって!」
ルドが彼女の腕を掴んだその時――首元で何かがキラリと光った。
「それは――!?」
「……」
ルドの首にぶら下がるネックレスにマージュは釘付けになった。
「それ、どうしたの……!?」
「あっ、これか? これは祖父からもらったんだ……」
ルドは少し焦っていた。
「これに見覚えはない?」
マージュは自分が付けているネックレスのペンダントヘッドを掲げてルドに見せた。
「あっ!? こ、これは……!」
わざとらしくルドは驚き
「“王家の紋章”よ」
とあっさりマージュは言った。
「うわあぁぁ……マジかよ〜!?」
ルドはたじろいだ。
「あなたのネックレスに書いてあるのも、王家の紋章よ」
「え……これが?」
「ええ」
真っ直ぐな瞳でマージュは言った。
「驚いたなぁ……これがそんな凄い物だったなんて全然“知らなかった”……」
「そっちに書いてあるのはドチュールの紋章で、こっちに書いてあるのはスターフォックスの紋章よ」
「そうなんだぁ……?」
既にルドの目は笑っていなかった。マージュは話を続ける。
「このネックレスは祖母に頂いたの」
「へ〜ぇ」
「――祖母は昔、異国の男性と恋に落ちたの。でも、彼女には決められた婚約者がいて、とうとう式を挙げなくてはならないことになり――二人は別れる決意をした……」
「……」
ルドは話に聞き入った。
「そして、その時二人は永遠の愛を誓い、お互いのネックレスを交換したらしいの。それが――このネックレスよ」
「! ……」
ルドはゴクッと生唾を飲み込んだ。
「裏にイニシアルが刻んであるはずよ。こっちはJ・S・S <ジョージア・シュガー・スターフォックス>。そっちはW・M・D <ウィナーラ・モカ・ドチュール>。そう刻まれてあるはずだわ」
ルドが自分のしているネックレスの裏を見ると――『W・M・D』と刻まれてあった。
「ルド、あなたのお祖父様はご健在かしら?」
マージュが尋ねる。
「いや、四年前に亡くなった」
静かにルドはそう答えた。
「四年前?……」
マージュは唖然とした。
「ああ、何で?」
不思議に思い、ルドは尋ねた。するとマージュは答えた。
「私の祖母が亡くなったのも――四年前だから……」
「!?」
「そう……二人共、同じ年に亡くなったのね。――天国で一緒になれたのかもしれない……」
マージュは切ない瞳で微妙した。
「そうかもしれないな」
「――もし、二人が生きている時結ばれていたらどうなってたのかしら……?」
ぼんやりとした様子でマージュは呟いた。
「多分、オレ達は、生まれて来てないだろうな」
「そ、そうよね?」
マージュは少し笑い
「でも、何だか複雑よね……」
また切ない瞳をした。
「二人が生きている時、結ばれなくて可哀相だと思うのに……そうなっていたら私達は、こうして出会うことも……生まれて来ることすら無かったなんて……」
「確かにな」
「生前、祖母はおっしゃってたわ。あなたのお祖父様と結婚することは出来なかったけど、真実の愛を知ることが出来たと。両親も婚約者も裏切らず、誰も傷付けぬ方法を選び――そして二人は誓ったの。『いつかお互いが天に召される時が来たら、その時こそ――天国で結ばれよう』と……」
哀しい瞳でマージュは微笑んだ。
「そんなことがあったのか……」
ルドは切ない気持ちになった。表情が少しずつ萎えていく。
「死ぬ前に祖父がこう言ってたのを覚えている――『お前達に会えて良かった』と」
「そう……私の祖母も『夫(祖父)と結婚し孫にも恵まれて幸せだった』とおっしゃってたわ」
「そうか。それじゃあ二人とも幸せだったのかもしれないな」
穏やかにルドは微笑んだ。
「そうね。きっと幸せだったんだわ……」
そう言ったマージュの瞳には涙が光っていた。
「マージュ」
ルドはもう、ふざけるのはやめにした。
「何?」
「オレ達もう、ここまで話したわけだし、そろそろお互いの身分を明かさないか?」
「そうね」
「オレが先に言う――本当の名前は、ジェラルド・B・スターフォックス。スターフォックス国王の長男だ」
さっきまでの“ルド”とは違い、彼の少しタレ目でアーモンド色の瞳には、気品が滲み出ていた。継いでマージュも告白する。
「私はドチュール国王の娘、マージュ・F・ドチュールよ」
その頃ほとんどの店は開き、町はすっかり活気が出ていた。宿屋から出たゲアンが急に立ち止まる。
「どうした?」
バドが言った。他の仲間も立ち止まる。
ゲアンの視線は、まるで何かを捕らえるかのようにある方向に集中していた。
「ちょっと確かめてくる」
ゲアンは人込みの中へと入って行った。
「あっ! 先生!?……」
アークの呼び掛けは空しくフェイドアウトしていった。
「どうしたのかしら?」
ジャスミンが尋ねるとアークは首を傾げた。
「知り合いでもいたのか……?」
アール・グレーが呟く。
「……」
首を傾げるバド。
「私達も付いて行ってみましょう?」
レミアが言い、彼らはゲアンの後を追うことにした。
ゲアンは人込みの中を更に突き進み……
「姫!」
そう叫んだ。
「!?」
するとその中の一人がびくっ! と反応し
――ゆっくりと振り向いた。
「やっぱり」
ゲアンが納得したように呟く。
「ゲアン!?」
その騒ぎを訝しげに思った周りの人々は、ざわつき始めた。
「ちょ、ちょっとこんな所で……そんな呼び方しないでよ!?」
振り向いたのはマージュだった。彼女は焦ってゲアンの腕を掴み、一目に付かない路地裏へと連れて行く。
「困るじゃない!? 私はここでは“一庶民”てことになってるんだから。姫なんて呼ばないで!」
駄々を捏ねるようにマージュは言った。
「いったい、こんな所で何をなさっているのですか?」
「……!」
マージュはたじろいだ。彼女を真っ直ぐに見るゲアンの青い瞳は切れ長で凛としていて、眼鏡越しだが吸い込まれそうになる。
「ちょっとした旅行よ……あなたのほうこそ、こんな所で何してるの?」
「仕事です」
「仕事? そうだったの……最近あなた全然お城に来ないからあまりにも退屈で私、内緒でお城から出て来ちゃった……」
すねたような顔でマージュは言った。
「内緒で? 大変だ。すぐに帰りましょう!」
「……」
マージュは俯き、心の中で舌を出す。
「さぁ、私と一緒に帰りましょう?」
ゲアンは少し優しい声で、マージュを諭した。
「いやよ。あんな退屈な所、もう帰りたくない!」
「いけません。帰りますよ」
「帰らないっ!」
「姫!――帰りますよ?」
ドスを利かせてゲアンが言い
「……? 怖い、ゲアン〜」
マージュは泣きそうな表情で怯えてみせた。
「……帰りましょう」
ゲアンはやれやれと呆れつつ、今度は少し優しい声で言った。
「……」
ルドはそのやりとりを見て苦笑していたが
「もう、やだ! ルド助けて!?」
とそこへ半泣きになりながらマージュが駆け寄ってきた。彼女はルドに助けを求め、彼の背中の後ろに隠れた。
「姫、こちらの方は?」
「“ジェラルドさん”。私を強姦から助けてくださったの」
「初めまして、ジェラルドです」
ルドは普通に自己紹介した。
「私はゲアンと申します。その説はどうも、マージュ姫を助けていただき、誠にありがとうございました。心からお礼申し上げます」
ゲアンはそう言い、慇懃で綺麗なお辞儀をした。
「いや、そんな……そこまでお礼言われると、何か照れるな……はは」
その時ルドが首にぶら下げていたネックレスが襟元から飛び出した。
「?」
「それは……? 失礼ですが、あなたは“王家”の方ではございませんか?」
「!?」
ゲアンの問い掛けに動揺したルドは、もろに表情に出てしまった。
――やばい……っ!
「やはり、そうなのですね?」
冷静なゲアンの問い掛けにルドは
「違う! オレは“王子”なんかじゃない。そんなもの……捨てたんだ!」
と完全に動揺を隠せずにいた。
「ジェラルド様。どうか、もう一度お考えになってください」
「お前、このオレに説教するつもりか!?」
ルドの目付きが変わった。
「オレを誰だと思ってる!? スターフォックス国王の息子、ジェラルド・B・スターフォックスだぞ!?」
まるで別人のように激しい口調になったルドの様子を見てマージュは唖然とし、ゲアンは冷静な面持ちでそれを見詰めていた。
「……オレは今何を?」
ふとルドは我に返る。何を口走ってしまったのかと記憶を辿り、虚空を見詰めた。
「御自分は、スターフォックス国王のご御子息だとおっしゃいました」
ゲアンが落ち着いた声でそう言われ
「……」
ルドはすっかり言葉を失った。
ゲアンはルドに向けて微笑した。
「帰りましょうジェラルド様。私が責任を持って、城までお送り致します」
ゲアンはひとまず仲間のいる所へと戻った。
「話は済んだのか?」
バドに聞かれてゲアンは頷く。
「ああ」
「それで、どうなったんだ?」
「オレがお二人を城まで送ることにした。みんなには悪いが、オレが戻るまでこの町で待機していてくれないか?」
「それは構わないが、どれぐらいかかるんだ?」
「そうだな……明日の夕方頃には戻れるはずだ」
「そうか。では、明日の夕方ここで待ち合わせしよう」
「ああ」
ゲアンは仲間と一旦離れ、馬車を店で借りるとそれにマージュとルドを乗せ、ともに町を出て行った……
是非、次話も御覧くださいせ