表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/52

第二十四話:彼の中の勇者【中編】+

ああ、すみません~前回次で終わらせると宣言したのに…ごめんなさい。まだ締めくくれませんでした。次回こそ終わらせますので…(礼)

「ふっ、こいつは頭を貫かれても死なないらしいな」

 そこに戻ってきたルジェが、地面に倒れ伏した武骨を見下ろして言った。血塗れの人間に対して、あまりに非情な言葉を発したルジェは笑みさえ浮かべていた。

「遅いぞ……っ」

 そう苦悶を漏らした武骨にはまだ意識があるようであった。この状態では生きていることすら奇跡と言っていい。しかしその無残な姿を見てもルジェは心配するようでもなく、

「あれは魔換種だ」

 と遥か先の地面に横たわる、巨大な黒い塊に目をやった。束の間それを眺めてから、彼は武骨の傍らにしゃがむと、その頭上に手をかざした。

 彼の見解によると武骨が仕留めた巨鳥は、この地域に棲息する鳥の一種がなんらかの原因によって魔物化した魔換種ではないかということだった。そのことに彼が気付いたのは、巨鳥の邪気を感知したからだという。魔物化した巨鳥はその気を潜めることができたが、僅かながら漏れ出していたその邪気を魔物ハンターとしては老練なルジェは見逃さなかったのだ。

「なんでさっき言わなかったんだよ!? 知ってたらこんな……っ痛ぇぇ~~!」

 抗議した武骨は、傷口が開いて悲鳴を上げた。あまりに損傷が激しいために、魔法ですらすぐに完治とはいかず、まだ治療の途中だったのだ。

「むやみに手を出して、あの鳥の化け物を怒らせたお前が悪い」

「~~っ相変わらず厳しいなぁ~?」

「自業自得だ。改めろ」

「いたたたた……~!」 

 無骨は、痛いのか演技なのかわからない悲鳴を上げた。

「それより、あの鳥をどうやって運んだ?」

「……っっ」

 無骨は冷や汗を掻き、言葉を詰まらせた。

「ふっ、やはり“禁忌”を犯したな?」

 まるで分かっていたかのようなルジェの言葉であった。その毒に満ちたルジェの追及に、無骨は全身を硬直させて狼狽した。

「……っっっ!?」

 不穏な空気が周囲を満たした。

 なんか気まずい……

 感応したアークは嫌な緊迫感に支配され、自分のことのようにうろたえた。そんな状況に置かれながらも無骨の治療は続けられ、左反面の抉られた傷跡が姿を消した。その血糊を残した左反面の視界からルジェを凝視する無骨。

 先に開口したのはルジェのほうであった。

「“空間圧縮術”は、時空を歪める危険な術として、魔術師協会で使用が禁止されている。お前はそれを使用した。このことを協会に通告するしかないな」

「ふざけんな! オレはそんな、やべぇ術なんか使ってねぇよ!」

「巨鳥の悲鳴がした直後、反対の方角から巨鳥の死骸を担いだお前が現れたことが、全てを物語っている」

 無骨は舌打ちした。

「てぇめぇ……そうやって仲間ダチを売るつもりか?」

「そんなことは関係ない。違反は違反だ」

「罰金高ぇんだぞ!?」

「そうだな」

「“そうだな”じゃねぇよッ!……ってえ!」

 無骨を激痛が襲った。右反面の嘴に貫かれた部位はまだ治療のさなかにあった。

「つーか、もっと早く直せる魔法使えねぇのかよ……」

 痛みに耐え兼ねて無骨は泣き言を言った。

「使えない」

 きっぱりと言い切るルジェ。

「マジかよ、嘘くせぇ~!? 十年以上もハンターやってるくせによぉ……っ痛……本当は強力なの使えんだろぉ?」

「不満なら止めてもいいが」

 無常にそう言われて焦る無骨。

「やめるな、馬鹿! この“冷酷人間ッ!」

「冷酷人間ねぇ……」

 ルジェは無骨を見下ろして、小さな笑声を漏らした。

「面白いことを言うなスパーク。今までオレがお前をいたぶるようなことをしたことがあったか?」

 ルジェが魅惑の微笑を湛えて武骨――スパークの右頬を撫でる。

「ぎゃああ゛ッ!」

 傷口に触られたスパークは、脳天を走る電撃に似た激痛にびくっと体を浮き上がらせた。

「いつだってこうやって“優しく”してやってるだろ?」

 とルジェ。語気は柔らかいが、人が悪い。

「優しくねぇッ!」

「ふふ……」

 スパークは怒号し、ルジェは悪びれずスパークを嘲笑った。

 しかしそれには、不思議と何故か悪意というより、屈折した愛情のような物が窺えた。

 本人もしくは当事者以外には理解できないような……怪しい。

「あの二人の関係って……」

 人生経験の少ないアークにはそれが理解できるはずもなく、二人の大人のその奇妙なやり取りを近寄りがたい畏怖を抱いて彼は傍観していた。

「来たか」

 ふとルジェが顔を上げ、何かを感知したように呟いた。眼差しが凛と光る。

「複数の炎……凄い念だ……」

 目には見えない何かを意識の中で捕らえながら、彼はそう独語した。

「邪悪な何かがこっちに向かって来る。バド、儀式を始めるぞ!」

「わかった」

「おい、途中でやめるなよ!」

 魔法をやめて立上がったルジェに、スパークは抗議した。

「倒すまで待ってろ」

 しかしルジェはそう言い残して行ってしまった。治療なかばで取り残されたスパークは、一人憤慨して悪態をついた。

「何ぃ~~ッ!?」

 彼は重度の損傷を治療できるような上級の治癒魔法が使えなかった。そのため、災難にもこの状態で放置されることになってしまったのである。

「痛ぇよ痛ぇよ……ああ~ッッ! ルジェ、お前、絶対ゆるさねぇからな!? 終わったらその口から泡吹いて気絶するまで、ケツの〇〇を突きまくってやるからな……覚えとけよッ!?」

 しかし、その下劣な悪罵にルジェは耳を貸さなかった。彼は先刻、スパーク以外の者たちと製作した図の前に行く。バドに追随してアークもそこへ駆け付けた。

「お前にやってもらいたいことがある」 

 言ってバドは、戸惑うアークの背中を押して誘導した。

「ここに立っていてほしいんだ」

 そう言って立ち止まったのは、地面に描いた図の一角にある不思議な記号の前だった。四角の中に棒状の記号が縦横に引かれ、さらにその中央に先端の尖った十字が描かれている。まるで何かを阻むように。

「ここがお前の立ち位置だ。下に描いたものを足で踏まないようにな」

「うん……」

 戸惑い気味のアークの返事はぎこちなかった。

「前方(向こう)がルジェで、右(向こう)がオレだ」とバドが手で、各自の立ち位置を指し示した。

「いいかアーク、これは魔方陣というものだ。今からこれを使って、魔物をおびき寄せる儀式を行う。ルジェがこの魔方陣に魔力を与える呪文を詠唱するから、お前はオレと一緒にそれを復唱するんだ」

「そんな!……僕、呪文なんて使えないよ!?」

 アークは焦って手や首をぶんぶんと振った。

「大丈夫だ、言葉を真似るだけでいい。これは全員が同じ呪文を詠唱することで完成する魔法なんだ」

「でも……」

 そう言われても……とアークは不安で泣きそうになった。その肩に手を乗せてバドが言う。

「お前しかいないんだ」

「でも~~……」

 そこへ鋭い声が飛んだ。

「来るぞ!」

 ルジェが発した警告であった。

「頼んだぞ、アーク!」

 バドが鼓舞するようにアークの小さな背中を叩く。

「あ、ちょっ……!?」

 アークの声も虚しく、バドは図の外側を走って反対側に向かった。そしてアークとは違う記号の前に立つ。

 この時、既に空の大部分は暗灰色の闇に浸食されかけていた。

「ワオオオォォォォーーーーーーン……!」

 獣の遠吠えが響き、恐怖を呷る。

「何っ……!?」

 予期せぬ展開ですっかり動揺していたアークは、その声に過敏に反応し、落ち着きなく周囲をきょろきょろと見回した。それを見たバドが屹度して、「始めるぞ!」と注意を促す。

 二人の前方に位置し、そこに描かれた記号の前にいたルジェは、全員が位置に着いたことを確認すると図の中央に向かって進み出た。そこには何やら意味ありげに文字や記号が円状に並んでおり、彼はその前に立って詠唱を始めた。

かしらは“灯”、邪悪なるものを導く道標なり」

 とくに合図もなくそれは紡がれた。慌てふためくアークに配慮して、バドがそれを朗々たる声で復唱する。

「頭は灯っ!……」

 アークは初めてのことで緊張しながらも、なんとか付いていこうとした。

 しかしアークが言い終えるのを待たずに、ルジェが次なる呪文の言葉を紡ぐ。

「左翼は“壁”、邪悪なるものを遮る防壁なり」

 続くタイミングのずれた二人の復唱。

「右翼は“門”、魔界へ通ずる入口なり」

 ルジェに続いてそれを二人が復唱した瞬間、魔法が完成した。中央に円を描いて連なる文字や記号が輝きを放つ。続いて地面に描いた他の文字なども連鎖のように次々と同じ現象を起こし、三人の足下を黄白色の光が皓皓と照らした。

 それも短い間のことであった。間もなくするとその光は静かに消えていき、再びそこに闇が戻った。

「うまくいったか」

 ルジェはそう独語すると踵を返し、もといた位置に戻った。

 次の瞬間。

「!」

 咄嗟に彼は“それ”を捕らえた。

 ビン――と弓弦を矢が弾いたような音を。

「わあぁ!?」

 悲鳴を上げるアーク。

 ルジェが意識の中に捕らえたのは“侵入者”の存在であった。暗灰色の闇が幕を下ろした空の下で、それは黒い影となって目に映る。その荒い息と地面を蹴る軽快な足音が、人以外のものであることを窺わせた。

 それは荒い息を漏らしながら枠の中を回り始めた。まるで血に飢えた獣が、獲物を探し求めるかのように……

 暗闇の中をそれが駆け回る音が響く。

 近付く足音……

 ……通過する音

 遠ざかり、やがてまた……迫りくる音。

「バド――ッッ!」

 その恐怖に耐え切れず、アークは金切り声を発した。

 “侵入者(かげ)”が村人を惨殺した魔物かもしれない、という恐怖が脳裏を駆け巡る。

「……!」

 アークは目をぎんぎんに開き、見えない敵の存在に怯えた。軽快な足音が彼の精神をどこまでもいたぶり続け、なぶり殺しにした。死にたくない、死にたくない。幼く力のない少年はただそう願うばかりだった。

 ……ふとその足音がぴたりと止んだ。

「!?」

 その瞬間、怒涛のように押し寄せる恐怖が、冷たい舌でアークの全身を愛撫した。

 その直後、悲鳴を上げるいとまも与えずそれは起こった。

 強い打撃が彼を襲う。

 否、それは打撃の音となって彼を驚愕させた。

「……?」

 彼はすぐに自分の身に起きたことを理解できず、困惑して目をみはっていた。不意に迫ってきた物体がまさにぶつかると思ったその瞬間、何かが衝突したような音が炸裂し、次の瞬間には地面を打つ、どさっという鈍い音が聴こえたのだ。やがて闇の中に赤い光点が現れた。並列したその二つの光点が揺れる。

 それは魔物とおぼしき異形の物の双眸であった。

「アーク!」

 バドが叫び、駆け出した。彼は腰間の剣を抜き放ち、アークを襲った異形のものに斬りかかる。すでに地面から身を起こしていた異形のもの――魔物は歯茎まで剥き出しにした凄まじい形相でバドを威嚇した。頭を低くして戦闘態勢に入る。

 バドの剣が振り下ろされたのと魔物の跳躍がほぼ同時であった。

「!――」

 断末魔の声が飛ぶ。

 一瞬で紅い血の花を散らすとともに、燃え尽きたのは魔物のほうであった。

 少年の剣は細く軽量なものだったが、剛速で繰り出された一閃の威力は凄まじく、それが魔物の肉を断ち、その中の骨をも粉砕していた。

「あぁぁ……」

 一瞬の出来事にアークは言葉が出なくなる。魔物を斬る姿をこの時初めて見た彼は、高まる鼓動が恐怖心からやがて敵がいなくなったことへの安堵、さらにはバドに対する羨望へと変化していくのを感じた。

「す、すごいよ、バド!?」

 敬意を込めてアークは瞳を輝かせた。感激を現して両腕を広げる。その時。

「動くな!」

 鋭い声がしてアークは動きを止めた。踏み出そうとした一歩が、片足だけ浮いた状態になる。

「?……」

 きょとんとした顔で、彼は声がしたほうを見た。依然として研ぎ澄まされた眼差しのルジェが、遠目からアークを見据えていた。

「自分の立ち位置から離れるな。魔法の防壁が消えてしまう」

「“魔法の防壁”?」

 アークは足を下ろし、不思議そうに目を丸めた。

「そうだ。今、君が立っている場所は、魔法の防壁で守られている。しかし離れた途端、それは消滅してしまう。だから絶対にそこを離れるな」

「……」

「そこに居れば、魔物からの攻撃を防ぐことができる」

「ほんとに? ここに立ってれば、絶っ対! 魔物に襲われない!?」

 アークは性急に問い質した。防壁と言っても目に見える物ではなかった。地面に刻んだ文字の前に立っているだけでは、守られているという実感が薄い。今しがたも壁などなく、直接魔物が自分に襲いかかってくる視覚的恐怖を体感したばかりだった。透明とは不親切なものだ。色でも付いていたらもっと実感できて、安心できるのに……と思うアークであった。



 ルジェが足を踏み出した。彼は自分の位置から離れ、目だけを使ってバドに合図を送る。するとバドがそれを解して歩き出した。

「……」

「……」

 中央の円形部分の前に立つ二人のハンター。彼らは円の前方と後方に別れ、アークから見て円の後方――北東側にバド、前方側にルジェが立った。彼らは少しずれた位置に立ち、互いに背を向けて視線を魔法陣の外に注いだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ