第二十一話:阻まれた河路
※こちらも設定ミスしてしまいました。第二十話と同じ日の早朝からの場面ということになります。ややこしくさせてしまってすみません(汗汗)…
空に夜の余韻が残る早朝、バドは宿泊していた宿屋を出た。昨日トレゾウから逃れるために進路が東に逸れてしまっていたため、出立を急いだのだ。彼は本来の目的地を目指して西に向かって馬を走らせた。ハンター事務所を目指しており、昼前にはそこに着く予定だった。
夜の間に冷まされた大気は少し涼しく感じられ、空はまだ薄暗かった。それもいつしか東の地平線に光芒が閃くと、みるみる世界が明るく照らし出されていった。夏至の太陽の目覚めである。太陽はそのまま上昇を続けて昼頃には真南の上空に上り詰め、焼け付く光線でじりじりと昼間の大地を焦がす。その間にバドが駆る馬は、舗装のされていない自然の大地やいくつかの町村を通り、着々と目的地へと近付いて行った。
正午を報せる教会の鐘が鳴る前に、バドは目的地に辿り着いた。貸厩舎に一旦馬を預けてから徒歩で事務所へと向かう。
町の一角にそれはあった。木造のプレハブ小屋に“魔物ハンター事務所”とペンキで書かれた横長の看板を掲げている。バドはその小屋の扉を開けた。
「よぉ、兄貴」
「最近やってるか?」
無精面をした男ややらしい笑みを浮かべた男たちの下品な声が飛ぶ。ともにハンターである。
バドはそれを黙殺した。たまにこういう輩がいるが、彼は相手にしなかった。受付に依頼の品を持っていく。二つある窓口の一つは人がいて、その隣りでは誰かが受付の事務員と世間話をしていた。濃紅地に緑の縁取りを施した色彩鮮やかな服装をした中年男性で、武器も備えておらずハンターには見えない。依頼しにきた客か何かだろう。
「どうぞ」
受付に人が来たことに気付いた事務員がバドに促した。バドは依頼された物の入った布袋を台の上に乗せて中身を出し、事務員がそれを確認した。
「おぉ!?」
傍らにいた男性が濁声の歓声を上げた。バドが台の上に広げた物――竜の鱗を見て。
受付の人間が名前と用件を確認すると、彼が依頼主であることが分かった。
「仕事が早いな」
そう言って依頼主の男性は、顔に染み付いたような商売人の笑みを浮かべながら受付に報酬を支払った。去り際に
「ありがとな」とバドの肩を軽く叩き、彼は満足気に頷きながら出て行った。
「お疲れ様」
受付の中年男性が事務的に言って、窓口から税などを差し引いた報酬を差し出す。バドはそれを受け取って財布に納め、空になった布袋を台から降ろして肩に引っ掛けた。彼は次の仕事を入れると壁際に行き、そこにある掲示板に目をやった。
ふふ、“これ”か……と声に出さずに一笑する。トレゾウが言っていた竜狩りの依頼の求人広告が張り出されていた。依頼主は個人名ではなく、怪しげな組織の名前になっていた。期日は設けずその他の詳細についても記されておらず、どうも怪しい。剥がされていないということは、まだ引っかかった者はいないようだ。まだ……
バドは広告に記されていた依頼主の名前を記憶して、“あいつ”はまだまだほうっておけないな、とニナ(トレゾウ)の顔を思い浮かべた。
事務所を出たバドは、馬を預けた貸厩舎へと足を運んだ。農夫が経営しているその厩舎の横に小屋があり、バドはそこで番をしている少年に声をかけ、支払いを済ませて厩舎から馬を出してもらった。馬の背に跨がり馬手を巡らすと、背を向けた方向から人の話し声が聞こえてきた。先程の商人の声だった。音量が大きくて特徴的な濁声を聴いてすぐにそれと分かる。断片だけを聴き取ったバドはそれが気になった。
「ドチュール」「魔物」「どうすりゃいいんだ」という。
バドは馬を走らせて車道に出た。声は今いた農家の敷地を出た街道のほうから聞こえていたのだ。数軒の建物を超えて回り込むと河沿いに出た。そこに何十人もの人々が集まって、なにやら深刻そうに話していた。
「何かあったんですか?」
側にいた旅装の男性に尋ねると
「よく分からないが、船が出港してくれないんだ」と困惑した顔をした。
「急いでるのに〜」と他の男性が地団太を踏んで悪態をつく。
するとまたあのでかい声が響いた。バドはさらに馬を進めて声の主を探した。するとあの商人の姿を発見した。誰かと会話しながら、なにやら嘆いている様子だ。
「船が出なかったらどうやって帰れって言うんだよ!」
商人が叫んだ。
「北東に迂回して陸路で行ってもらうしかない」
話し合いに応じている男性が答えた。佇まいやおっとりとした話方からして、若者ではないようだ。質素で無地の茶色い布服を着ていた。
商人がいきり立つ。
「そんな遠回りしてる暇はない! オレは早くこの材料を持って帰って指輪やら首飾りやらを作らなきゃならないんだ。それを約束した期限内に顧客に届けなかったら、信用を失って客がいなくなっちまう。商売あがったりだ、分かってんのか!?」
「それなら、出港できるようになるまで待ってもらうしかない」
「わぁああ〜なんてこったぁぁぁ……!」
濁声の悲嘆の叫び。商人は大口を開けて髪をくしゃくしゃにした。
「そんな木、さっさと切っちまえばいいじゃねぇか!?」
「しかし、切ってもすぐにまた伸びてしまうらしい」
「あ〜もう、あんたも話がわかんねぇ人だなぁ……! 一日ぐらい持つだろ!? ささっと切って、ささっと船で通過すればいいだろ!?」
「そうは言ってもなぁ」
この男性にそれを決める権限などなかった。彼は船場で働く人間で、上の人間から言われたことを忠実にここを訪れた客に説明するだけだった。が、ふと彼は思い出したように言った。
「そういえばドチュールには王室勤めの勇者がいるって聞いたことがあったな」
「勇者?」
「きっと国王陛下がこの事態を報せるため、隣国のドチュールに使者を送られるはずだ。そうすればもしかしたらその勇者が来るかもしれない」
「勇者が来て木を切るのか?」
「さっき言っただろ。魔の類いの仕業かもしれないって」
商人は「なぁんだ、そういうことか」と掌を拳でぽんと叩く。魔物と言ったら勇者というわけか、と。
馬を停めてそのやりとりを遠目から見物していたバドは、馬首を巡らして来た道を戻っていった。
これはゲアンに話が来ているかもしれないな。よし、風に訊いてみよう……
バドは人目に付かない奥まった場所で馬を止め、そこで気を沈めて瞼を閉じた。瞑想に入り、彼は噂好きな風の精霊に語りかけた。
「帰ってから聞けばいいじゃん」とか言わないの〜(姫ちゃん風) ファンタジーなのでいろいろ遊んでみたくなるわけですよr(≧ω≦*)
それにバドも早く知りたかったからですし…