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第十九話:満ちかけの月夜

※一部前作(改正前)の回想場面のような部分がありますが、それは今回書き替えたもので、それ以外の文は未公開の話です。

 バドは馬を駆って林道を抜け、集落の前に出た。振り返りトレゾウが追ってこないことを確認すると、そのまま集落の脇を通過して行った。その先に畑が続く。馬車が一台やっと通れるぐらいの農道を進んだ。奥には黒にしか見えなくなった塊が屹立していた。森である。その背景に見える空は濃藍色に染まっていた。夜空に浮かぶ月は丸く、一見満月のように見える十五夜前の月だった。

 彼にとって満月は悪夢の告知しらせであり、脅威でしかなかった――去年までは。

 今年に入って満月を迎えた日に、彼はそれを克服した。ゲアンを連れて廃墟と化した教会へ行き……



「この封印をしてからもうすぐ十年が経つ。このまま放置すれば、オレは魔物こいつに喰われてしまう。もう時間がない。そろそろ決着を付けなければならない時がきた。今からオレは精神の中へ入り、奴と闘ってくる。夜明けまでに目を覚まさなければ、オレが負けたということだ。その時はこの心臓をひと突きにしてくれ」

「諦めるな!」

 ゲアンにそれを受け入れられるはずもなかった。自らの手で最愛の友の命を断つことなど。

 しかしバドは自分の身が蝕まれ、滅んでいくのを黙って待つことはできなかった。

 彼はこの時、初めて友に真実を打ち明けた。

「満月の夜は地獄だった……」

 “その夜”は魔物が月の恩恵を受ける夜。月光を浴びて魔力が増した魔物が、彼の体内から這い出そうとする。解せない言語の囁きが聞こえ、脳内で銅鑼が鳴り響き、血管は膨張し、烈しい喉の渇きと戦慄が始まる。

 彼は月の輪郭がくっきりと空に写し出され魔力が増大する時間――すなわち夜、月明りが届かぬ部屋に隠れ、夜明けまでそれに耐えなければならなかった。

「最近奴は話しかけてくるようになった。“オ前ハモウスグオレノ餌二ナル ダカラ今ハオトナシクシテイテヤル”ってな」

 バドは笑った。

「奴はオレが負けると確信してやがる……あ!?」

 その時、彼は何かを感じ取った。腕輪を外した彼の左手首の印から光が発生する。

「奴が現れる!」

「!?」

 この時ゲアンは初めてその瞬間を目撃した。

「奴を倒せなければオレの体は魔物に支配されてしまう」

 自分の体が魔の巣窟とされることをバドは避けねばならなかった。魔物の挑発に乗ったからでも、自分が勝つと過信していたわけでもない。その過信がこの状況を作り、自身をここまで追い込んだことを彼は痛感していた。

「頼んだぞ」

 バドは腰間から鞘ごと剣を外してゲアンに渡した。そして友に“その役目”を委ね、バドは自分の精神の中へと意識を移動させた。


 それは夜明け近くまで続いた。とうとう覚悟を決めたゲアンが渡された剣を鞘から抜き、バドの心臓に狙いを定めて突き刺そうとしたその瞬間。

「……ぅう」

「!?」 

 呻き声をあげてバドが目を覚ました。

 バドは闘いに勝利し、無事生還を果たしたのだ。しかし手首の“印”は残っていた。

「バド、何故あの印がまだ残っている。魔物を倒したんじゃなかったのか!?」

 ゲアンが問うとバドは言った。

魔物(やつ)はまだ生きている」

 魔物は彼の腕の中にまだ存在していた。彼は勝つことでその魔物の支配者マスターとなったのだ。しかし魔物が消えていなかったことにゲアンは喜べなかった。

「フォガードなら消す方法を知っているかもしれない!」

 バドも以前同じことを考えていた。しかし彼が師の住家を訪れた時、師はすでに人間界から姿を消したあとだった。そこに残された師の意識が頭の中に語りかけるのをバドは聴いた。

 “バドよ、お前がその封印をしてからもうすぐ十年が経過しようとしているが、その印は一度刻めば一生消えることはない。封印をした時、お前とその魔物はその体を共有することになった。それにより寿命も二分され。印はそのことの証明(あかし)なのだ。

 しかし現時点ではその魔物を閉じ込めているだけで力を完全に抑制できていない。満月に暴れだすのはそのせいだ。その間に月光を浴びてお前の生命力も同時に吸収している。そのせいでお前の体力にも限界がきている。

 急ぐのだ、バド! 満月の夜自らの精神の中へ入ってその魔物を倒せ。そして勝利し、その魔物の支配者(マスター)となるのだ!

 ――そうする以外、お前に生きる道はない……”

 これが師の言葉だった。


 バドはそれを実行して、自分の腕に封印した魔物の主人(マスター)になった。彼はいつでもその魔物を呼び出すことができる。

「!」

 ふいに彼は妙な感覚を捕らえた。左手首にはめた幅の広い革でできたブレスレットのその奥がうずく。

「魔物どもが騒ぎだしたな」

 そう独語して、彼は背中に手を伸ばした。重量のある大剣の柄を握り、鞘から引き抜く。

「無彩白墨視」

 夜目が効く呪文を自分と馬に向かって唱え、神経を研ぎ澄ませる。

「いいか、一気に突破するぞ」

 彼は馬に向かってそう声をかけ、手綱を握る左手に力を加えた。馬腹を蹴り、前方の森に向かって馬を走らせる。右手に大剣を握り、左手で巧みに乗馬を操りながら突進していく。森の中は木々などの僅かな隙間以外は、ほとんどが漆黒に近い闇が支配していた。そこに進入してまず最初に出迎えたのはコウモリだった。呪文の効果でそれらが黒い影のように眼に映る。白と黒のみで構成された世界。白い紙に墨で描いた水墨画のようだ。

「っ!」

 阻む存在ものはそれだけではなかった。地面からも敵が襲いかかる。馬を狙ってくる犬型や樹木型の魔物が馬脚を捕らえようとする。バドは鞍上からそれらも撃退しなければならなかった。馬脚に噛み付いた犬型の脳天に打撃派魔法をお見舞いしたり、樹木型から伸びた蔓や根を火炎系魔法で焼き切ったり。同時に空中から襲ってくる鳥型、虫型を横に構えた大剣の縦の動きによって衝突するものを容赦なく切断していく。

「こいつの切れ味はたいしたものだな」 

 バドは片方の口の端を上げて満足気な笑みを零した。彼はこの森が夜間、魔物で溢れかえる危険地帯に変わることを知っていた。その上で近道でもあるこの危険地帯を通過することを選んだのだ。今手にしている最近手に入れたばかりの剣の切れ味を試すために。

 彼はこの夜の狩りを楽しんでいた。端麗な切れ長の瞳が野性的に光り、魔性の灰色水晶(クォーツ)と化す。魔物たちの襲撃は森の深部に近付くにつれて烈しさを増し、中心に来た時その邪気が濃度を上げた。奥から生温かい瘴気も漂ってくる。

「このまま簡単には通らせてくれないというわけか」

 前方の泥濘から盛り上がるように出現した物体を見て、バドは不敵な笑みを浮かべた。凝固しきらない液体が意思を持ったようなそれは無型の魔物であった。

「遮壁」

 彼はそこで馬を停止させてバリアの呪文を放った。背後の空間を分断するように透明の壁を出現させる。その内側に達していた魔物を魔法と剣閃で総てバドは屠り、後から追って来た魔物はその壁に激突してはねかえり、その先に進入できなくなる。バドはそこですばやく馬から降りて

「覆遮壁」

 さらに馬だけを囲むようにバリアを張った。魔法の効果により、目に映る景色と敵の姿は白と黒。いまだ夜が明けず視界は暗い。彼は神経を集中させて天を仰いだ。

「一画天明!」

 その呪文を天に向かって唱える。すると天の一部に小さな穴が開き、そこから光点が顔を出す。その点がしだいに広がって、やがて天の一部に夜闇を切り取ったような四角い蒼穹が形成された。バドは目にかけていた魔法を解く。頭上の光が白昼の明るさでその下を照らし、白黒で見えていた敵の色がはっきりと映し出される。透明な緑色の物体。中に多くの気泡が入り混じっている。それはクラゲのような形を取って泥濘の上で横に揺れていた。自由自在に形状を変化させるその物体――無型の魔物に目鼻など顔と呼べるものはなかったが、びちゃっびちゃっと水がはねるような音をたて、上下に弾む体がまるで嘲笑っているかのように見える。バドは思案を巡らした。

 あいつの成分は何だ……

「?」

 すると無型が口のようなものを形成した。

「なんだあいつ、口があるのか?」

 バドが意外に思ったその刹那。

 魔物がその開いた部分(口と思われる)からバドに向かって液体を吐き出した。

「っ!」

 バドは咄嗟に身を翻してその直撃を免れたが、握っていた大剣にそれがかかってしまった。しゅーと音を立て、金属が溶けたような臭いが鼻をつく。

「なんだこれは……」

 バドは顔を歪めた。鉄でできた剣の刃が溶けて泡立っている。それを見て彼は一笑した。

「ふふ、これは随分と威勢のいいご挨拶じゃないか。買ったばかりの剣が台無しだ」

 愚痴を零すと彼は大剣に呪文をかけた。

「水能魔付与」

 これにより斬った時、水の力が加わって剣の刃では斬れないものも斬ることができるようになる。

 その間に無型の魔物は頬を膨らませ、唾液を口内にため込んでいた。そこからまた金属をも溶かす危険な唾液を飛ばすのだ。

 その魔物目掛けてバドは駆け出した。表面が溶けて焼け焦げたようになってしまった無残な大剣を握り締めて無型に接近する。

「水纏斬!」

 そう叫んで彼は大剣を振りかぶった。頬を膨張させた無型の頭部から胴に向かって、右から左に斜め一閃に剣尖を走らせる。その大気ごと破るような重量感は戦斧を思わせた。

「ギィ…………ッッ!」

 両断するにはいたらない。獣の肉を斬った時とは異なる、強い弾力を持った反発が返ってくる。それが剣を握るバドの手に伝わった。しかし確かな切れ味を持つその大剣に無型は体を深く抉られて絶叫し、血飛沫とは言い難い白濁した液体が飛散する。

 バドはそこから素早く跳び退いた。無型の斬られた部位が大きく裂け、そこから傷口周辺が黄色に変色していく。

「?」

 バドは軽く目をみはった。無型の体液が付着した剣の刃がそれと同じ色に染まっている。そこに落ちた視線から、顔を上げて彼は無型に視線を移動した。冷徹に見据えた目を俄かに細め、口の端を軽く上げる。

「それなら、これはどうかな」

 呟いて彼は左手を前方に向かって突き出した。双眸が挑戦的に妖しく光る。大きく逞しい掌がまとを捕らえ、唇が語句ことばを紡いだ。

「火炎飛弾!」

 掌の前でランプが点火する時のように発生した炎の塊が掌から離れて剛球となり、無型の頭部に向かって飛んでいく。泥濘の上で揺れ動く無型は傷を負って細胞組織の一部が破壊されたのか、体を変形させては歪に固まることを繰り返していた。

「!?」

 そこに剛球が激突した。その瞬間ぱっと眼底を焦がすような、眩い白光の花が咲く。

「ムぇ……っっ!?」

 一瞬で消えた爆発の花の中から無型の姿が現れる。

「ふっ」

 その様子を見てバドは軽く嘲笑わらった。攻撃を受けた無型は憤慨していた。顔がないとは言え、断続的な体の変形運動を止め、敵に頭を向けて怒りを表すかのように全身を朱に染めている。バドにはそれが面白いようであった。彼は余裕に満ちた好戦的な面持ちで敵を眺めやる。無型の体が震動を始め、口が不吉な出来事の前触れのように鈍重に開閉した。

 次の瞬間――

「来るぞ」

 そう呟くバド。無型の口から唾液が飛んだ。地面に体を固定させたまま、首だけを回転させて唾液をまき散らす。その連射は数秒であったが一瞬のことであり、ぐるりと首を一回転させて横殴りにばらまかれては避けられるはずもない。バドは――避けていなかった。

「……」

 冷淡に目を開けたまま前方を見ている。

「解覆遮壁」

 その声で彼を囲む見えない壁が効力を失った。と同時に地面に向かって滴り落ちる液。強い酸性の臭気を放つそれは、先刻無型がばらまいた唾液であった。

「やはりそうか」

 したり顔でバドは微笑した。彼はこの展開を予測して瞬時に防壁バリアで防御していたのだ。敵の性質を知るために。

「ッッ……」

 無型は再び震動を始めた。この後同じ反撃が来ることをバドは分かっていた。しかし彼はバリアを張らなかった。その掌を全身を朱に染めて震動する敵に向ける。

「じゃあな、“無壞徒むえど”」

 端整な切れ長の瞳が冷薄な銀色に光る。口角の上がった好感的な唇もこの瞬間には冷酷なものに変わっていた。

「大炎飛弾!」

 呪文が放たれた。無型に向かって突き出したバドの掌から、彼の胴がなかば隠れるほどの巨大な火の塊が出現する。それが掌から離れて炎の剛球となり、無型に向かって一直線に飛んでいく。無壞徒とは体内に爆発する成分を含む魔物のことである。この時彼は、すでに遮壁の呪文を唱え終えていた。

「ッ!?」 

 ほとんど一瞬のことだった。炎の塊が無型を直撃する。その瞬間、巨大な閃光の白い花が咲き、続いて耳を聾する破裂音が発生した。爆風が数十平方メートルに渡って周辺の草花を地面に撫で付け、木々を大きくしならせる。

「ム……ぅエ……ドぉおお……ぅぅ!」

 断末魔の叫びがそこに混じり、それは数瞬でかき消された。無数の豪雨となって周囲に飛散する魔物の肉片。樹木や地面に散らばったそれは、やがて静かにゆっくりと泥濘の中に埋もれていった。



 爆風が去って沈静化した森に一人佇み、バドは大剣を背中の鞘に納めた。ボスを倒した途端、他の魔物達は一斉に逃げてしまったので、剣は必要なくなったのだ。彼は自分と馬にかけた遮壁バリアを解き、再び馬の背にまたがった。そして馬で静寂の森を駆け抜けていった。


「ムエド〜!」(苦笑)今回は敵で遊んじゃいました。(ムエドって、あれかよ)ギャアとかわぁじゃなくてちょっと変わった叫び声のほうが面白いかなぁと思って…

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