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第十六話: 《婿探し》 その結論として…

 トレゾウが女の体に戻ってしまい、姫との婚約は破談となった。そうなってしまったことを女体化したトレゾウ=ニナは姫や国王、王妃、そして仲間達に深く謝罪した。

 アルコールを接種すると変身をしなくても性別が変わることをニナは分かっていたが、目の前に並んだ御馳走に目が眩み、すっかり油断してしまっていた。アルコールがワインやビール以外にも使われるとは考えもしなかったのである。普段アルコール入りのデザートなど口にしないニナ(トレゾウ)にとって、あのデザートはまさに初体験の品だった。そんなわけで悪意がなかったことを説明し、さらには面前で酒を飲み、それを実証して見せた。すると唖然としたのは王や妃だけではなかった。古くから付き合いのあるバドすらもである。彼は今日までそのことを知らなかったのだ。(←注※初めて杯を交わした日…(※第十二話参照)バドは酔っていたため覚えていない)





 一行は城門を抜け、下りた跳ね橋を渡り、ドチュール城を後にした。

 町で貸衣装を返しに行ってからも彼等の周りには重たい空気が立ち込めていた。店の中でのやりとり以外は誰もが口を閉ざしている。

 店を出るとニナが軽い身のこなしで先頭に進み出た。

「ニナ!」

 そのまま消え去りそうに思ったバドが呼び掛ける。するとニナが立ち止まり、くるっと振り向いた。旅先で遭遇した時のだぶついた土色のマントが閃く。無骨で大きな帽子に小さな顔が埋もれそうになっている。

「オレはもう用無しだろ? じゃあな、役に立てなくて悪かった」

 帽子の鍔越しから人形みたいなくりっとした目を覗かせて、ニナは味気無く言い捨てた。

「待て」

 駆け寄ったバドがニナの肩に触れる。

 ニナは煩わしそうに首を横に巡らし、視線だけ背後に向けた。

「何だ? もう用は済んだだろ」

「謝りたいんだ」

「謝りたい? 何をだ?」

 ニナは怪訝そうに眉根を寄せ、長身のバドの双眸を見据えた。

「バド、そのことはオレが……」

「いい、オレが話す。誘ったのはオレなんだ」

 詰め寄ってそっと囁いたゲアンを下がらせ、バドが言葉を紡いだ。

「パルファムさんも」

「え? あたしも?」

 何かしら〜とルンルン気分のパルファム。彼は爪先立ち気味の軽い足取りで、バドの側に赴いた。鼻歌混じりの彼の後ろで、仲間達から深刻な空気が流れる。

「ニナとあなたに姫の婿役をお願いしたのは、ある条件にあなた方が相応しいと判断したからだったのです」

 パルファムが促す。

「条件、どんな?」

「姫は結婚相手の基準を――“ゲアンよりも心身ともに格上で、美男子であること”――が条件にしたのです」

「……」

「……」

 パルファムはきょとんとし、ニナはむっつりとしていた。

「え〜“あの顔”よりってことでしょ?」

 パルファムがゲアンを尻目に見やる。

「そうねぇ、系統は違うけど、あなたの審美眼は間違ってないと思うわ。私的にはこの美貌もありかな〜って感じだし」

 ないないないない……

 アークがかぶりを振って、小声でそれを否定した。

「……」

 ニナはまだむっつりとしていた。

 バドはパルファムを黙殺し、続きのもっとも言い辛い部分を口にする。

「しかしそれは形だけのつもりでした。姫はゲアン以外とは結婚することを望んでいないのです。それであんな無理な条件を……」

 パルファムが哀れむように表情を曇らせ、胸の前で両手を包み、遠い目をする。

「分かるわ、姫の気持ち……ゲアンのことが好きなのね。だからやけになってるんだわ。ああ、かわいそうな姫様。同じ“女”として、慰めてあげたい」

 女じゃないし。アークが独語する。

 おじさんだから。ジャスミンが毒を吐く。

「どちらも婿に選ばれるようなことにはなりませんでしたが、利用してしまったことをお詫び致します」

 バドが頭を下げ、見ていた他の仲間は皆気まずくなる。

「だから何だ」

 重たい空気が切り裂かれた。その声の主に皆の視線が集中した。ニナだった。懐疑的な眼でバドを見据えている。

「その“おっさん”はどうだか知らないが」

「おっさん!?……」

 ニナに言われたショックで、パルファムの顔が固まる。

 ニナの言葉が続く。

「オレはお前がそう企んでたことにうすうす気付いていた。分かってて利用されたんだ。分かってて婿になるために男に変身して、そのまま一生男の姿のまま生きる道を選んだんだ。男になった時のオレはお前のことを好きじゃないから、好きな感情を持たないから、その感情が消えるから……っ! 」

 ニナはバドを見据え、語尾は嗚咽混じりに吐き出した。長い睫毛に縁取られた丸い目から大粒の涙が零れる。丸めた指でそれを拭いながら、唇をへの字に曲げてバドを睨む。

「ニナ……」

 堪らず口からその名が零れ、バドはニナの肩に触れた。抱き寄せると、ニナは彼の胸に頭を押し付けて呻いた。そんな彼女がバドには、壊れやすく繊細なガラス細工のように映る。

「すまなかった。お前がそんな覚悟を決めていたなんて思わなかった。辛い思いをさせて悪かった」

「……っっ!」

 ニナはバドの服をくしゃっと鷲掴みにして、そこに哀しみをぶつけるかのように嗚咽を上げる。

 バドはニナのやわらかな金色の髪を撫でながら言葉を継いだ。

「だが、選ばれなくて良かった。この姿のお前に会えなくなってしまったら、哀しすぎる」

「バド……」

 ニナがさっと顔を上げ、バドを仰ぎ見た。ぴたりと泣き止み、ケロッとした表情をしている。

「どういう意味だ。前はあんなことを言っておきながら、本当はオレのことが好きなのか? 惚れてるのか!?」

 ニナは興奮して、目玉をぎんぎんに見開く。穴が開きそうなほどバドの顔を凝視して、その思考を探った。

 バドの唇が動き、その答えが紡がれる。

「お前のことはかわいいと思ってる。女の時も男の時もな」

「男の時もだと?……変な意味か?」

 不可解そうに睨むニナにバドは

「いや」と軽い微笑を交えながら否定する。

「オレにとって女の時のお前は妹で、男の時のお前は弟みたいにかわいい存在なんだ」

「何……っっ!?」

 期待していた答えと違ったため、ニナはバドに向かって不満をぶつけた。

「お前、そうやって女心を弄んで泣かしてきたな!?……くそくそくそくそ〜……っっうっうっ」

 ニナはまた泣き出し

「お前なんか嫌いだぁ〜」と地面にくずおれるようにしゃがみ込む。

「でもな、ニナ」

 その傍らにしゃがんでバドは話しかけた。ニナがむくっと顔を上げる。

「恋人は仲違いして別れる日が来るかもしれないが、兄弟は喧嘩しても、離れて暮らしてもずっと兄弟として繋がってる。オレ達は兄弟みたいなものだから、ずっと繋がっていられるんだ。関係が切れることなく」

「切れることなく……?」

 円らな瞳で問い掛けるニナにバドは優しい声で

「そうだ」と返す。そこに添えられた穏やかな微笑にニナの心は安らいでいった。

「ずっと繋がっていたいだろ?」

「おぅ……」

 脳の片隅で、遠回しに恋人にはなれないと仄めかされていると分かっていて、こんな言い方をする彼を“ずるい”とも思うのだが、そんな時の彼の声や表情はまさに魔法だった。まるで抗うことができなかった。そんな台詞をそんな顔で言われたら、どんな凶暴な野獣でもあっという間に手懐けられてしまうだろう。分かっていながらも、反発できないニナだった。



 こうしてニナとバドの関係も落ち着き(?)一件落着した。

 パルファムは明日から仕事らしく、慌しく持っていたバッグの中から名刺を取り出すと「お店に遊びに来てね」と全員に配ってから、去っていった。

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