第十話: 《婿探し》 呑み会【後編】
ゲアンとジャスミンはすっかり酔い潰れ、アークとアール・グレイは微酔いだった。パルファムは酒豪らしく意識があったのでバドと二人でゲアンの腕を肩に乗せて担ぎ、レミアとアール・グレイとアークはふらついて足下がおぼつかないジャスミンを支えながら宿屋へ向かった。
「危なかったね」
アークが言った。彼らが店に入った時は既にほとんどの部屋が埋まっており、空室は三部屋しかなかった。おそらくコンテストの影響だろう。彼らはキーを受け取りそれぞれの部屋へと向かった。
とりあえずバドとパルファムは協力してゲアンを部屋に連れて行き、ベッドに寝かせた。室内にはベッドが二台並んでいる。三人いるがどうしたものかとバドは考え込んだ。するとパルファムは隣のベッドの上に座り
「安心して? ここを引くとね、ほらベッドが出てくるの」
とベッドの下を引くと補助用のベッドが出てきた。
「あたしね〜去年もあのコンテストに出席してぇ、この宿屋に泊まったから知ってたの〜」
そう言いながら黒いウェービーヘアを指に巻き付けるパルファムの姿は、けっしてかわいくは見えなかった。
「だが、オレ達にそのベッドは狭すぎる……」
バドは長身で明らかにそのベッドには収まらず、パルファムはというと彼ほど長身ではなかったが、筋肉隆々なその身体にはだいぶ窮屈に思えた。
「大丈夫よ。あたしがこれで寝るから」
「いや、そういう訳には……」
バドの脳裏に最悪の事態が駆け巡る。ゲアンのベッドの隣にバドが寝て、その下の補助ベッドにパルファムが寝たとする――ニヤリと不気味な笑みを浮かべるパルファムは……
「!?」
考えただけでも恐ろしかった。絶対に、絶対に駄目だそれは! バドは嫌な妄想を追い払おうと頭を振る。
「何想像してるの?」
パルファムに怪しげな目で顔を覗き込まれ、バドの背中に悪寒が走った。
「うふっ、大丈夫よ。“何もしない”から」
「……」
しかしそんな言葉が信じられるはずもなく、バドは苦悩した。パルファムは誘うような視線を彼に向け、警戒せずにはいられなかった。酔い潰れて無防備なゲアンのことも襲いかねない。なんて厄介な人物と関わってしまったことか。とんだ災難であった。
「かわいい寝顔」
すやすやと眠るゲアンの顔を眺め、パルファムは微笑んでいた。
「……!」
バドの顔が引きつる。彼が部屋を出たらゲアンに何かしでかすかもしれない。ここは――仕方ない……
「パルファムさん」
彼はパルファムに歩み寄り、跪いた。
「なぁに〜?」
パルファムが不思議そうに、上目使いで彼を見詰める。バドは彼の額に手を当てた。美しい切れ長の瞳を細め、微笑する。
「ん?」
パルファムは乙女のように瞳を輝かせ、きょとんとした。
「ぐっすり眠れるように」
バドはその瞳を見詰め――呪文を唱えた。
「……」
パルファムの目が空ろになり、脱力してベッドに崩れる。
「おやすみ」
バドはそう言い、部屋を出て行った。
同じ頃、他の仲間達はジャスミンを支えながら部屋の前までやって来た。
「さぁ、着いたわよジャスミン」
酔いが覚めないジャスミンをいたわるようにレミアは優しく声をかけるが
「……」
ジャスミンはそこでぼーっと立ち止まり動かなくなった。
「ちょっとぉ〜歩いてよ〜?」
アークは苛立つようにそうぼやき、アール・グレイも優れない表情だった。少し強引に連れ込もうとするがジャスミンは激しく抵抗し、仲間の手を振り払って床にしゃがみ込んだ。
「どうしたのジャスミン?」
レミアが問い掛けるが返事はなく、三人はその場に立ち尽くしてしまう。
「どうした?」
とそこへバドがやって来た。
「ジャスミンが嫌がって部屋に入んないんだよ。急に座りこんじゃうし、ちょー訳分かんないんだけど……」
アークは呆れたように掌を上に向けてそう言った。ジャスミンは冷たい床に両足を外側にして座り込み、壁をじっと睨んでいる。するとアール・グレイがバドの側へ歩み寄り、そっと伝えた。
「……」
それを聞いたバドは困惑するが、アール・グレイは『頼む!』と手振りと表情で哀願した。
「……」
仕方なくバドはそれを聞き入れ、ジャスミンの側へ行き彼女を抱き上げる。アークは冷めた目でそれを見詰め、レミアは複雑な表情をしていた。
「開けてくれ」
ドアの前でバドが言い、アール・グレイがドアを開け彼らは中へと入って行った。
バドがジャスミンをベッドへ運ぶ。
「ん〜〜ゲアン……」
降ろす瞬間そう呟き、ジャスミンの手足がバドの首や身体に絡みつく。
「っ!」
一気に彼女の体重がかかり、バドはバランスを崩して彼女に覆い被さった。
「ジャスミン……っオレはゲアンじゃない。バドだ!」
呻くように彼が言ったその瞬間、ジャスミンはバドの唇にキスをした。
「……!」
一瞬戸惑うが、すぐにバドは彼女の手や足を退かして上体を起こす。
「……」
アール・グレイは無言でそれを見詰めていた。驚きはなく、その表情はただ沈んでいる。
「いつもこうなのか……?」
少しやつれ気味でバドは尋ねた。
「ああ……すまなかった」
アール・グレイは暗い表情でそう返す。
「まぁ、仕方ないな。酒が入ってるし」
バドは苦笑した。
二人が部屋を出るとアークは眠そうに大きな欠伸をしており、レミアは不安気な表情だった。
「アーク、もう手伝うことはないから部屋に行っていいぞ」
「は〜い」
伸びをしながらアークは自分の部屋へと向かった。
「アール、お前ももう遅いから行っていいぞ」
「分かった」
アール・グレイはバドとレミアを交互に見てからそう言い、部屋へと歩いて行く。
そこにレミアが残った。
「……」
「……」
無言のバドをレミアが見詰める。そして目が合うとバドは逸らした。
「何で目を逸らすの?」
「……」
バドがちらりとレミアを見ると怒った顔をしていた。それを見た彼がまた目を逸らす。
「あっ、ほらまた逸らした!」
バドがもう一度レミアを見るともっと不機嫌な顔をしていた。口を尖らせ、彼を睨む澄んだ瞳。その大きな赤茶色の瞳はいじけているようにも見え……
「!」
バドが彼女を抱き締める。その予期せぬ彼の行動にレミアは戸惑った。大きな目を見開き、瞬きすることすら忘れ。
「レミア……」
「え?」
戸惑いながら顔を上げ、長身のバドの顔を仰ぐ。
「?」
するとバドは前屈みになり、彼女の額にキスを落とした。
「しずらいな」
そう呟き、切れ長の目を細めて苦笑する。
「――……?」
その言葉と彼の僅かに照れたような微笑を見て、レミアはとても恥ずかしくなった。一気に顔が紅潮する。そんな彼女にバドは優しく、とろけてしまいそうなほど甘〜い微笑を見せ、レミアの顔は更に赤くなった。
「クスッ、もう遅いし寝ようか?」
「え……ええ」
彼女の頭の中はまだ混乱していた。
――何で今キスしたの? 何で抱きしめたり……何で?
そのことばかりが頭の中を渦巻いている。表情も動きも完全に停止していた。
「おやすみ」
そう言うとバドは彼女の髪にキスした。そのまま自分の部屋へと歩いて行く。
「……」
レミアはその場に佇み、完全に放心状態だった。そして声に出さずに彼女は叫んだ。
眠れない――〜〜っ!
是非、次話も御覧くださいませ。