第九話: 《婿探し》 呑み会【前編】
「呑み会って外だったんだ……」
酒屋に向かう途中アークがぼやく。
「お店で子供が飲んでたらまずいでしょ?」
そう言うジャスミンも未成年だ。
「まぁね〜そうだけど……」
アークはすねたように少し口を尖らせる。
「お酒のことなら任せて。あたしが特製カクテル作ってあげるから〜! うふっ」
やたらと陽気にしているパルファムを見て、それ絶対、飲みたくない。とアークは心から思った。
買い物を終えると彼らは場所探しに向かう。やがて森林の中にアスレチックが並ぶ公園を見付け、そこに決めた。丁度良い感じの木のテーブルがあり、そこに酒やツマミを並べた。
「できたぁ〜! 特製カクテルぅ〜バドさん飲んでみてぇ〜〜?」
そう言いパルファムが紙コップに入った怪しい色の飲み物をバドに渡す。側にはアルコール度数の高い、ジンやウォッカやウイスキーのミニボトルが。
「――」
それを見たバドの表情は固まった。
「大丈夫よ〜安心してぇ? 私ぃお店でこういうの作ってるからぁ〜」
「“お店”? って」
アークはその単語に反応した。
それって×××バー?
などと考えながら。
「うふっ、子供には、ひ・み・つ」
「……」
人差し指を立てるパルファムを見てアークの全身に悪寒が駆け巡る。
「どうぞぉ〜」
バドは困惑してそれを凝視した。その様子にいたたまれなくなったアークが言った。
「バドはビールが好きなんだよね!」
「……」
ところが、助け船を出したつもりがこの沈黙――何故? とアークは戸惑った。するとアール・グレイがそっと彼に伝えた。
「……そのネタ(?)は禁句だと思う」
この呑み会はバドを元気付けようとゲアンが考案したものだったが、バドがそうなった原因は姉とのいざこざ(※第五、六話参照)に関係がある。その姉の名がビアーナ……何故禁句なのか、分かる人には分かる話である。
「えっ? 何で?」
アークはきょとんとしていた。パルファムは乙女のようなきらきらした瞳でバドを眺め、バドは無言でそれに口を付けた。が
「うわ……ッ!」
と叫び、顔を歪めた。
「うふっ、大丈夫?」
穏やかに微笑するパルファム。気の毒そうに見詰める仲間達。
「大丈夫かバド? これで口直しするか?」
とレッドアイ(カクテルの一種)の入ったコップを差し出す微酔いのゲアン。微妙にこれもタブーが入っている。
「……ちょっと出歩いて来る」
バドは席を立った。
「すぐに戻って来いよ〜!」
というゲアンの声を背にバドは獣道の奥へと消えて行った。
「お前……かわいいなぁ?」
「?」
ゲアンから思いもよらない言葉を言われ、レミアはびっくりした。
「ゲアン……?」
酔っているのでは? と彼のコップの中を覗き込むと空だった。
「ちょ、ちょっと……!?」
彼女に迫るゲアン。レミアは慌てて逃げようとするがゲアンは覆い被さろうとした。
「キャッ!」
レミアはぎゅっと目を閉じる。
「ゲアンっ!」
アール・グレイがそれを止めた。
「大丈夫かよゲアン?」
アール・グレイはやれやれというようにゲアンを誘導して席に座らせた。レミアは怖かったのか、半泣き状態だった。
「アール、お前は本当に良い子だな?」
「……」
完全に酔っ払っているゲアンの問い掛けにアール・グレイは苦笑した。が
「お前は本当にかわいいなぁ?」
と今度は自分が迫られた。男だからと油断してヘーゼルナッツの殻を剥いていたアール・グレイは反応に遅れ
「!?」
唇を奪われた。
「ワオ?」
呑気に感嘆の声をあげるアーク。
「どうしよう! 次はあたし?」
と期待に胸を踊らすパルファム。
「ひっく!」
黙々と飲み続けるジャスミン。
「あたし、ちょっと行って来る!」
レミアはそう言い残して去って行った。
「クスッ!」
「何だよ?」
自分の顔を見て急に笑ったゲアンをアール・グレイは睨んだ。
「ひひひひひ……!」
まるで魔物のような笑い方である。
「もう! どっか行けっ!」
アールは腹が立ち、呑まずにはいられなくなった。しかし……自分まで酔ったら介抱してあげる人間がいなくなるなと思い、控え目に飲んだ。
「ゲアン〜こっちいらっしゃ〜い」
パルファムがゲアンを引きずるように連れて行く。
これで酔いが冷めるかもなとアール・グレイは少し安心した。
「ゲアン、あなたも私のカクテル飲んでみるぅ〜? 遠慮しなくていいわよぉ〜」
また怪しげな色のカクテルを勧めるパルファムだったが
「いらん」
はっきりとした口調で断るゲアン。
「そ、そう〜? 残念だわぁ〜……」
次なる作戦を練るパルファムは――そうだわ!? と何か閃いた。
「ねぇ〜ゲアン?」
「何だ?」
「レッドアイ飲みたくない?」
「何だそれ?」
「さっきあなたが飲んでたやつよぉ。もう〜酔ってるんだからぁ」
とゲアンの背中を軽くはたく。
「っ!」
その衝撃が強く、ゲアンは前のめりになった。
「やっだぁ〜大袈裟なんだからぁ〜」
パルファムは軽くはたいたつもりだったが
「お前……今の怪力だったぞ!」
とゲアンは切れていた。パルファムの鍛えあげられた肉体のスナップの利いた一発は普通の人の“軽く”をかなり超えた“一撃”だった。おね○の力恐るべし。
「ごめんなさぁ〜い」
泣き真似をするパルファム。
「……」
ゲアンは無視して黙々とツマミを食べ始めた。パルファムは逸る気持ちを抑えながら、テーブルの下の足は貧乏揺すりで激しく揺れていた。
「ねぇゲアン?」
「何だ?」
「いいわよ……キスしても」
もじもじするパルファム。
「何でだ?」
「さっきあの子にしてたじゃない? あたしにもOKよっ。うふっ」
両手を顎の辺で合わせ、顔を傾けてぶりぶりするパルファム。
「有り得ない」
ゲアンは断固としてそれを断った。
「何それ!?」
「だってお前、“おっさん”じゃん」
「!?」
ショックで固まるパルファム。
「先生キャラ替わってるから」
と突っ込むアーク。それは放ったまま、ゲアンはアークの側に近付いて行った。
「アーク、お前は本当にかわいいなぁ?」
一方あれからあてもなく歩いていたバドは、途中でさっきと同じ作りのイスとテーブルを見付けた。そこに腰掛けると肘を突いてうなだれる。
――姉さんは今頃どうしているのだろう。あそこまで突き放す必要があったのか?
なんてオレは子供みたいなことを……!
彼は自己嫌悪に陥っていた。もう一度会いに行けばいいのかもしれない。しかし辛くなるだけだ。二度目はあっても三度目があるという保証はない。
「時間がない」と彼が言ったのは、でまかせなどではなかった。フォガードが異世界に行ったというのは世界が危機にさらされているという証拠だ。この世界も、そして彼自身の身にもその危機は訪れている。
もう、時間がない……
「?」
ふと気配を感じた彼が後ろを振り向くと
「レミア?」
レミアの姿があった。
「ごめんなさい。勝手に付いてきて……」
レミアは不安な顔をした。バドの性格などをまだ把握しきれていない為、扱いの仕方が分からなかったのだ。
「レミア……」
そう言ったバドの表情には笑みが見えない。
「何だ?」
その淡白な返事が冷めているように感じられる。やはり来ない方が良かったのかとレミアは余計不安に駆られた。
するとバドは無表情のまま静かに言った。
「オレは冷たい男だ」
レミアは瞠目して表情を固めた。何故急に彼がそんなことを言うのかが分からずに。
バドは話を続けた。
「一生会えないかもしれないと分かっていながら、たった一人の姉を見捨てた」
「見捨てただなんて……また会いに行けばいいじゃない?」
「そうかもしれないな」
バドは美しい切れ長の瞳を細め、微かに微笑した。
「この世界が続くのなら、また会いに行くよ」
「?」
意味深気なことを言われたが、その意味を理解できずにレミアはますます困惑した。
「どういうこと? 続くのならっ……て」
「――世界は今、危機にさらされている」
「?」
危機と言われてレミアは大きな茶系色の瞳を見開いた。
「オレ達の師は今、異世界へ行き魔物の進出を阻んでいる。この世界からでは阻止しきれないからだ。それはこの世界の危機を意味する」
「……!?」
その事実に衝撃を受けたのは確かだったが、レミアはまだ実感が持てなかった。
「もう、時間がない」
バドは彼女の前でもまたその言葉を吐いた。その言葉を発した時、彼が儚く消えてしまいそうに見え、レミアは哀しみを覚える。
「それなら余計、会いに行ったほうがいいんじゃない?」
「姉と同じ考えなんだな」
バドは表情を曇らせた。切れ長の瞳は鳥肌の立つような美しい凄味を帯びている。
「オレだって分かってる……本当はすぐにでも会いに行き、謝れば済むことだと。それは簡単に思えるかもしれない。だがオレには無理だ。姉を受け入れる余地などない。こんな冷たい弟のせいで、姉は自ら命を断ってしまうかもしれない……」
「そんな……まさか、大丈夫よ。きっとあなたが帰って来ることを願って待ってるわよ」
レミアは元気付けようとしたがバドは沈んだ表情に澱んだ笑みを浮かべた。
「それは残酷だな。オレはもう“一生”帰ることはないのだから」
レミアとバドは仲間達のいた場所へと戻った。
「バド〜〜〜!」
すると情けない声でアークが駆け寄って来た。彼は泣きそうな顔でバドにしがみつく。
「どうしたんだアーク?」
バドが尋ねた。
「先生が……変なんだ」
「?」
「……」
レミアとバドは首を傾げた。
「見てよあれ!」
アークが指差したほうを見るとジャスミンに迫るゲアンの姿が。
「お前、かわいいなぁ?」
「……」
ジャスミンは酔っているのかぼーっとしている。ゲアンは彼女に更に接近した。顔を近付け……
「ほらぁ〜〜!?」
とアークは切れつつも、見物している。
「しまった……」
「何が?」
アークがバドを見ると彼は悔む表情をしていた。
「ゲアン(あいつ)は飲むとやばいんだった……」
「ちょっとぉ! 知ってるならもっと早く言ってよ〜!? オレ、先生に“ファーストキス”奪われちゃったじゃん〜〜!?」
アークは顔をくしゃくしゃに歪めて地団太を踏んだ。
「え〜〜……!?」
レミアは思わず口元に手を当てる。
「すまん。すっかり忘れてた……」
「ちょっとぉ〜バドさん、どこ行ってたのよぉ〜?」
パルファムが不機嫌な顔で物申した。
「ゲアン(あの子)どうにかしてよ?」
鼻息が荒く、かなりご立腹のようだ。
「今なんとかする」
バドが行こうとすると
「ちょっと聞いてぇ〜?」
とパルファムが彼の腕を掴んだ。
「あの子あたしにだけキスしようとないのよぉ〜? 失礼しちゃうわぁ〜! あれ、本当に酔ってるのぉ〜!? 人選んでない〜?」
パルファムは酷く不服を感じているようだった。
「あたしはコンテストで上位まで行った女よぉ?(♂)この美貌だしぃ? なのに何であたしだけスルーなわけぇぇ―――〜っ!」
最後の一言は特に怒りが込められていた。
「はは……」
バドは慰めの言葉も見付からず、乾いた笑いをした。
「アール、ちょっと手伝ってくれるか?」
「そんなことをしたらジャスミン(あいつ)に怒られる」
アール・グレイはむすっとした顔でそう言った。いつになく不機嫌だ。
「?」
首を傾げるバドをアークが小突いた。
「好きなんじゃない? ジャスミン。先生のこと」
「……」
バドは複雑な心境になるが
「あぁぁ〜〜……」
ゲアンとジャスミンの激しいキスシーンをすっかりやじ馬気分で眺めるアーク。ジャスミンはゲアンの首に手を回し、ノリノリだった。
「まずいな、あれは」
アール・グレイは冷めた声でそう言った。ジャスミンの手が怪しくゲアンの身体を撫でている。
「!〜〜」
レミアは恥ずかしくて顔の前を両手で隠した。
「来い、アール!」
放って置くわけにもいかず、バドはアール・グレイに呼び掛け、アール・グレイは仕方なく立ち上がった。バドがゲアンをアール・グレイがジャスミンを捕らえ、その事態の悪化は免れた。
「ゲアン、しっかりしろ?」
呆れたようにバドは言った。ゲアンはまだ酔いが覚めず目が座っていない。そして
「バド……?」
そう呟くとふらふらと席を立ち、酒に手を伸ばした。
「もうやめとけ!」
バドがそれを取り上げる。
「さぁ、もう終わりにするぞ?」
バドは片付け始めるが
「バド、オレ酔ってなんかいないよ」
とろんとした目でゲアンは言った。
「酔ってるよ」
バドは困ったように苦笑する。
「お前が早く戻って来ないからだぞ?」
バドを睨むゲアン。
「すまんすまん」
「今夜の呑み会は……ひっく……お前のために……ひっ!……企画したんだぞ?」
「そうか」
「お前が呑……っく……まなきゃ……ひっ……意味がないんだぞ?……っく」
「……」
「バド! これを飲めっ!」
ゲアンはバドの前に酒の入ったコップを突き出した。バドはそれを飲み干す。
「まだいけそうだなぁ?」
ゲアンが酒を注ごうとするがバドはコップを退かした。
「もう、いらないからな?」
「飲まないのか……?」
ゲアンの表情が曇っていく。
「ああ、もう飲んだし」
バドはそう言い苦笑した。するとゲアンは空ろな目でバドの顔を凝視した。
「……?」
バドはゲアンに飲まされた強い酒で少しぼーっとしている。
「じゃあ、キスする」
ゲアンは横からバドに抱き付き
「嫌っ……!?」
レミアの短い悲鳴が鳴る――と同時にゲアンはバドの唇を奪っていた。
「……」
バドは前にもあったことなので、特に反応は示さず
「気が済んだか?」
と冷静だった。
「バド……」
「ん?」
ゲアンが今度は泣き出しそうな顔をする。
「どうした?」
突然ゲアンが彼を抱き締めて叫んだ。
「バド、死なないでくれ!」
「どうしたんだ急に?」
バドは戸惑った。
「死んじゃ駄目だ!」
「うん……まだ死なないよ」
「“まだ”なんて言うな!? お前は絶対死んじゃ駄目だ!」
ゲアンは必死で叫んでいる。意識がある仲間達はぼんやりとその光景を見ていた。
「分かった……努力するよ」
酒に酔った勢いで普段思っていたことが無意識に出たのだろうと思ったバドは優しくそう返した。
ゲアンが彼を睨む。
「お前が死んだら、オレも死ぬからな?」
その言葉ですっかり酔いが覚めたバドの表情が凍り付いた。
「ゲアン……二度とそんなことを言うな」
その鋭い眼光はたとえゲアンであっても素面の時に直視すれば一瞬呼吸が止まったであろう。それだけ強い眼差しだった。
是非、次話もご覧くださいませ。