第八話: 《婿探し》 美のコンテスト【後編】
コンテストの予選はほとんど流れ作業で進んだ。何しろ人数が多いためそうなったようだ。合格者には赤、見送りには黄のカードが渡され、それが準決勝進出パスポートだった。やがて一行の順番が回ってきた。彼らの次が最終でニナと同時審査だった。
彼らが壇上に上がると観客と審査員の視線が注がれた。観客のほとんどは女性で、彼女達の熱い視線はほとんどゲアンとバドに集中していた。
「……!」
――これは圧倒的に不利だぞ!?
ニナは焦りを感じたが、
――よし、これでどうだ! と男性をターゲットにとびっきりのスマイルを振りまいた。
「おおおぉぉぉ……〜〜」
それをくらった男性達は彼女にメロメロになった。それに負けじとジャスミンはダンサーらしくセクシーなポーズで、アール・グレイはぎこちないながらも笑顔を作り、アークは愛嬌たっぷりのかわいいキャラで、レミアは恥ずかしそうに純粋な少女でそれぞれに票を集めた。その結果
「カードを上げてください」
グループ参加の一行に青カードは出されず、ほとんど赤カードで合格。ニナは男性票を全て集め、やはり合格した。
「準決勝はこちらの作業着を着てもらいます」
司会者のグリンティがその衣装を広げて見せた。
「な、何で作業着……?」
アークがぼやく。合格者達は皆唖然とした。
「グリンチャ先生のブランド『グリングリン』のコンセプトは『グリーンアンドクリーン』。『緑とクリーンな環境』です。この作業着は自然環境を綺麗にして欲しいという願いを込めて作られました。これを着こなせる人こそ主催者が求める真のビューティ。グリンチャ先生の票のみ無条件で合格、優勝となります」
とは言うものの彼らが、いざそれに着替えてみるとなんだか微妙な感じだった。
「これ着こなしてるって言われてもあんま嬉しくない……」
「似合ってるわよアーク」
と小悪魔のように笑うジャスミンと
「嘘〜〜」
渋い顔をするアーク。
「……」
レミアは予想通り似合わず、アール・グレイと二人沈黙していた。
「何でぇぇ〜〜!?」
そこに作業着に着替えたゲアンとバドが現れアークは驚愕した。
「何で作業着着ても格好良いの〜!?」
「ニナはまだか?」
アークの驚きは特に気にせずバドが尋ねた。
「あっ!?」
他の参加者に紛れているニナをアークが発見する。
「!?」
するとニナはバドの背後に隠れた。アークが覗こうとするとニナは恥ずかしがってそっぽを向く。
「見るなっ!」
「大丈夫だって。みんなも着てるし〜」
「大丈夫じゃないっ!」
そう言ってニナはアークから逃げて周り込んだが、アーク以外の仲間に丸見えだった。
「ニナ?」
ジャスミンが声をかけ
「?」
はっとしてニナが振り向くと後ろでジャスミンや仲間達が見ていた。
「うわぁぁ〜〜見るなぁ〜〜!?」
ニナは恥ずかしがって縮こまる。
「ははは……」
バドはおかしそうに笑った。
「笑うな、笑うなぁ〜〜!」
「ふふふ……」
笑うバド。
「笑うなぁ〜〜」
ぽかぽかと彼を叩くニナ。
「かわいいじゃん?」
と周り込んで来たアークにニナは憎らしげにイーッと歯を見せた。
準決勝はグループ参加が認められず個人戦になった。
「このコンテスト、先生かバドが優勝しそう……」
アークはダボダボの作業着を着て、ふて腐れた顔でそう吐き捨てた。
ニナは婿の有力候補だったが、他に相応しい人間がいないか一行はチェックしていた。
「あの人なんか、なかなかハンサムだけど……」
ゲアンと見比べてジャスミンは溜め息を吐く。
「ねぇ、あの人なんか良くない?」
アークが見付けた人物は背が高く、肩まであるウェーブの黒髪で横を向いて参加者と話をしていた。体格が良く、巧ましい。
「う〜〜ん」
ジャスミンは複雑な顔をした。
「厳しいなぁ〜〜」
いっそのことゲアン本人が婿になればいいのにと思うかもしれないが、彼がそうしないのにも姫が彼以外と言ったのにも理由があった。
姫はゲアンが好きだった。しかし自分がいくらアピールしてもゲアンは姫としてしか見てくれない。キスの後もそれは変わらず、隔たりを感じていた。しかし彼を忘れることもできない彼女は考えた。
彼より素敵な男性と結婚しよう!――それが彼女の意地だった。
一方ゲアンは彼女の気持ちに気付いていないわけではなかった。しかし受け入れようとしないのは、固く閉ざされた彼の心に原因がある。彼は10歳の時故郷を魔物に破滅され、愛する家族や友達を亡くし、心に深い傷を負ってから大事な人を失うことを恐れるようになった。友人や仲間として付き合うことは可能だが、恋人のような特別な関係には抵抗があった。それを失ったら今度こそ立ち直れないという恐怖心が付きまとうからだ。
そしてもう一つ彼には使命のようなものがあった。故郷の惨劇の後倒れた自分を助けてくれたフォガードの言葉――
『世界を救う為にその能力を伝授した。この世に危機が訪れた時その能力を発揮するのだ』
その時はまだ訪れていないはずだ。しかしフォガードは異世界に行って闘っている――“その時”は近い……
自分に恋愛にのめり込んでいる暇はない。一人の人の為ではなく、世界の為にこの能力を使って使命を全うせねばならない。その為にフォガードは彼を“勇者”に育てあげたのだ。
「えぇ、では準決勝を開始します」
予選は観客のカードと審査員の付けた点数で合否を決めることになっていた。
「36番パルファムさん」
呼ばれたその男性は肩まであるウェーブの黒髪で、小麦色に日焼けした肌と鍛えた肉体を見せびらかすように衣装のボタンを第四まで開けていた。
「あっ、さっきの……!」
アークは目を見開く。その男性は先程アーク達が見たウェーブヘアの男性だった。
「あの人受かるかな〜?」
その結果は
「カードを上げてください」
観客達がカードを上げ、野鳥の会が計数機でカチカチとカウントした。
「赤40、黄20、青15! では審査員の皆様の点数は……!?」
審査員が点数札を上げる。
「7点、8点、5点、6点、グリンチャ先生の判定はっ?……」
会場内が緊迫する。グリンチャは札を掴み……
「!」
上げなかった。
「おっと、まだ出ないようです。合計26点、パルファムさんぎりぎり合格です!」
「おおぉぉ……」
会場内に少しどよめきが上がる。
「あの人合格したじゃん」
アークは密かにその男性に期待していた。その後も彼らは男性をチェックしていたが
「結構いるじゃんイケメンっ」
一つの関門をクリアしただけあってなかなかの美男美女が見付かった。
「くそ〜〜なかなか手強いなぁ……」
かわいい少女や綺麗な女性を見てニナが苛立って歯ぎしりしていると
「大丈夫だ。お前のほうがかわいい」
とバドは微笑した。
「……っバド! お前、絶対優勝しろよ?」
ニナが長身のバドを下から睨む。するとバドはボタンに手を掛け
「オレも第四まで開けたら合格できるかな?」
と呟いた。
「や、やめろ! お、お前がそんな……そんなことをしたら……し、刺激が強すぎる!」
ニナは顔を真っ赤にして取り乱した。レミアも何気に赤面している。
「ふふっ」
バドはそれを見て面白そうに吹き出した。
準決勝は終了した――
「何かあっけなかったね最後……」
審査結果はアークが審査員の点数が24点で不合格。レミアも25点で惜しくも不合格。アール・グレイは赤カードが無くて不合格。ジャスミンは26点でぎりぎり合格。バドは36点で悠々と合格。ゲアンは……
「出たっ!?」
「おおぉぉぉ〜〜〜!?」
歓声が巻き起こる。
「グリンチャ先生のカードが! ついに……出ましたぁぁぁ――っ!?」
司会者のグリンティも興奮気味に叫んだ。
「996番ゲアンさんが優勝です!――えぇ、グリンチャ先生が合格者を選ばれたので準決勝ですが、これにてコンテストは終了させていただきます。皆様お疲れ様でした。また次回お会い致しましょう〜」
という結末だった。肝心の婿探しのことだが、目を付けた参加者は皆プライドが高く
「一緒に呑みに行きませんか?」
という美人なジャスミンの誘いにも乗ってはくれなかった。が、一人だけ断らない男性がいた。
「喜んでぇ〜!」
何かおかしな反応だ……?
「彼が了解してくれたわ」
その男性を連れて陽気にジャスミンは言ったのだが
「?」
何か視線がおかしい……?
「よろしくぅ〜!」
上目使いでバドやゲアンに視線を送るその姿――彼らは察していた。
「あっ、私ぃパルファムっていいまぁす。よろしくぅ〜」
「オレはバド……です」
ごつい手でぶりぶりしながら握手を求めれ、額から冷汗が出るバド。
「ゲアンです」
普段冷静沈着なゲアンの額にも冷汗が。
そして全員握手を終えたが妙な雰囲気になってしまった。
「オレは呑まないからあの民宿に行く」
「え〜何で? ニナも一緒に呑もうよぉ?」
アークはニナを引き止めるが、そのままスタスタと歩き出した。バドが後を追う。
「ニナ!」
ニナが立ち止まり、バドが何やら話していた。少しして話が終わるとバドだけ戻ってきた。
「何話してたの?」
アークが尋ねる。
「待ち合わせの約束だ。明日あの民宿で待ち合わせすることにした」
「あの子、女の子じゃないの?“オレ”って言ってたけど」
目を丸くして、きょとんとした顔でパルファムが尋ねた。
「……女だ」
バドが答える。
「そうなんだぁ? びっくりした〜あんなにかわいくて男だったらどうしようかと思っちゃった〜」
パルファムははにかんだ。巧ましい身体をくねらせて。
「……」
仲間達はそれを見て無言になる。皆思うことは同じだった。
是非、次話も御覧くださいませ。