侵入者
旅に出る前、妖精達の宴の席で、雄介はこの世界の基礎知識をいろいろとゴンザレスから得ていた。時間の概念は驚くことに元いた世界とほぼ同じ。
少し異なるのは一ヶ月が必ず三十日固定で一年が三百六十日ジャストということと、基本的に四季が無く、各地の気温は一年中変わらないそうだ。
時間の概念がほとんど地球と同じということは、今はかなり切羽詰っている。出発した時には既に日が暮れ始めていたからだ。
超特急で王都まで移動を開始した雄介達三人。必然的に風も今までより強く、半裸の雄介へのダメージも大きい。
(さっむい!くそさっむい!)
体はガタガタ震えているし鼻水は垂れ流し状態。少し格好良く決めたかと思えばすぐこれである。全くもって締まらない男であった。
しかしソフィアのローブを貸そうかという提案はしっかり断っている。そこはプライドが許さないらしい。
一刻を争う事態ということで雄介達は寝ないで飛び続けた。約一名は震え続けた。
そして試験当日の昼前、雄介達は王都ポロサッツへ到着した。ソフィアはゴブリンから逃げる時に荷物を置いて来てしまっている。そのため誰も時計を持っておらず、詳しい時間はわからない。
「……まに、あった、のか……?」
「ユースケ大丈夫? 顔が真っ青を通り越すくらい青いけど……」
雄介は完全にグロッキーだった。一睡もせずに半裸で冷たい風に十数時間当たり続けたのだから当たり前だ。それでも耐え抜いたのだから砂漠の時といい本当にタフな男である。
「とりあえず急ぐぞい! 今が何時かわからんのでな! 確か中央に時計台があったはずじゃ! あとすまんがユースケ、ポケット借りるぞい」
妖精は人間にとっては珍しい生き物で、見つかったら騒ぎになる。それを避けるためゴンザレスは雄介のズボンのポケットへと入りこんだ。
「とりあえずここが正門じゃからこのまままっすぐ進めば時計台に着くぞい!」
このカイドという国は『スクラン』という過激な組織なども確かに存在するが、四つの国の中で最も豊かで治安が良い。
幸いにも中に入るのに特に検問などは行われていなかった。
「……あぁ、じゃあ、……行きますか!」
雄介は気持ちを切り替えるために両頬を手でペシンと叩き、走り出した。ソフィアもそれを追って走り出す。
しばらくすると大きな広場に出た。中心にぽつんと建っているあれが時計台だろう。どうやら今は十一時のようだ。
「なんとか間に合ったか……」
雄介とソフィアがホッと一息ついていると、周りの人々の視線が自分達に集まっていることに気づく。
「なんだ? なんか視線を感じるな」
「うん。なんでだろう? ……あ」
「どうした? なんか気づいたことでも?」
「いや、ユースケ……服がさ」
言われて雄介は自分の格好を確認してみた。なるほど、そういえば上半身裸だった。ソフィアも出会った時から雄介がこの格好だったので今までおかしいことに気づけなかった。
王都周辺は比較的温暖な地域ではあるが、祭りでもないのに上半身裸の男などいない。確実に今の雄介は変人だった。
ちょうど良く近くの露店に服が売っていたが雄介は無一文だ。どうやら財布は無事だったらしいソフィアに、七分丈の青いTシャツのような物を買ってもらった。
「いやぁ悪いね! やっと人間らしい格好になれたよ!」
「いや、いいんだ。命を救ってもらったし、ここまで連れて来てもらった。まだ恩を返し足りないよ。だからこれ」
そう言ってソフィアは幾ばくかの金貨を手渡してきた。雄介はそれを見て戸惑う。
「おいおい……そういうつもりでやった訳じゃ……」
「いいんだ、受け取ってくれ。これでしばらく宿に泊まれるし、食事もできる。こうでもしないと僕の気が済まないんだ」
「……まあそう言うなら」
雄介はその金貨をポケットに入っていた己の財布にしまった。この財布は雄介が元の世界から持ってきていたものだ。右のポケットにはゴンザレスとガム、左のポケットには財布が入っている。
「それじゃ……君達のことは忘れないよ。じゃあね!」
「おう。試験頑張れよ……いや待て」
ソフィアは試験会場まで移動するため、手を振って歩き出そうとしたが、ある事に気づいた雄介に腕を掴まれ止められる。
「え? どうしたの?」
驚いた顔で雄介の方を振り向くソフィア。そんなソフィアに雄介は告げる。
「だめだ。お前一人じゃ会場まで辿り着けない」
「そ、そんなことないよ。もうここまで来たんだし、後は街中に張ってある会場への案内を見ながら行けば……」
「駄目! 絶対駄目!」
結局その後雄介は渋るソフィアの手を引き無理やり試験会場まで連れていった。
「ほら、あれが受付だぞ。迷うなよ?」
「目の前じゃないか! どれだけ僕を馬鹿にしてるんだ君は!」
そう言ってプンプンと怒りながら受付へ歩いていくソフィア。そのまま無事に受付を済ませ、会場へと入っていく。それを見届けた雄介はホッと一息ついた。
「なあゴンちゃん?」
雄介の呼びかけにゴンザレスはポケットの中から顔をぴょこっと出し、応じる。
「なんじゃ? 辺りに人がいるんじゃからあんまり話しかけるではない」
「いやさ……なんか心配なんだよ。このまま上手く行くとは到底思えない」
ゴンザレスはうんうんと頷きながらそれを肯定した。
「まあのぉ。かなり抜けているようじゃし……じゃがワシらにはどうしようもないじゃろ?」
そう言われて雄介は考え込んだ。そして頭に浮かんだいくつかの案をゴンザレスに提示する。
「まあ俺も入団試験を受けて近くからサポートするって手もある」
「……やっぱりそんなことを考えておったか」
「しかしそれじゃつまらない。なんか強力な魔物を投入、それに襲われる俺、ソフィアがそれを撃退、俺だけの騎士になってくれっていうオチが一つ」
「目的がさりげなくすり変わっとらんか!? 騎士と言っておけば良い訳では無いと思うんじゃが……しかも魔物をどこから連れてくるんじゃ?」
「うん。やっぱり忍び込もう。俺忍者だし」
ゴンザレスの言葉を完全に無視し、雄介は一人で結論に辿り着いた。しかしその答えにゴンザレスは髭をいじりながら苦言を呈した。
「やめておけ。会場は騎士団の訓練場らしいし警備も厳重じゃぞ? それに忍び込むってお主……その……」
「なんだよゴンちゃん?」
「確かにユースケの技は反則級に凄いがお主自身はそこに忍び込めるほど……なあ?」
「ほう……? それはつまり俺がただチートを貰っただけの一般人だと? エセ忍者だと?」
雄介は静かに怒りをあらわにするが、ゴンザレスがそう思うのも無理は無かった。確かにこの世界に来てから雄介は困難を忍法だけで解決してきた。
一般的な忍のイメージにそぐう活躍はまだ一回もしていない。タフさだけが目立って身体能力の高さも完全に未知数であった。
「やってやるよ……最強の忍者 猿飛 雄介の実力を見せてやる」
一時間後
「やっちまったな……」
「どうすんじゃこれ!! どうするんじゃよ!?」
雄介は忍び込んですぐに見つかり、警護に当たっていた騎士達に追いかけ回されることになった。
雄介は実は身体能力もそこそこ高い。50メートル5,8秒の快足を駆使し、最初はなんとか逃げ切っていたが、相手はやはりプロだった。少しずつ追い詰められ、最終的に取り囲まれた。
もうだめかと思われたが、騎士の一人が「もう逃げられんぞ! おとなしくお縄につけ!」などとそれっぽいことを言ったのでフラグ・ブレイカーで無力化した。
フラグというのは難しいもので迂闊なことを言うと仲間にもフラグが立ってしまう。注意が必要だ。
結果がこれだ。辺りには苦しそうに呻き声を上げ、動けずに横たわる騎士達。完全にこちらが悪者だ。
「まぁあれだ、悪の忍者というのも渋い。そしてやっぱり忍法使っちゃおう。だって忍者だもの」
「お主というヤツは……」
「というわけで忍法『絶影』!」
瞬間、雄介の姿がパッと消えた。ポケットに入っていたゴンザレス、そして服ももちろん消えている。
忍法『絶影』
雄介の考えた十の忍法の一つで、これまた発案は中学二年生の時である。というか十の忍法のほとんどが中学二年生の時に考えられたものだ。発想力が豊かな年頃なのだ。
この忍法は雄介を中心とした周囲30センチ以内の物を透明にするというもので、透明人間の問題点である服だけ透明にならない、という事を改善した忍法だ。
しかしやはり欠点がある。周囲30センチの物ということで定義に引っかかってしまったのか、地面も雄介の立っている場所とその周り30センチほど透明になる。
周りから見ると大きく地面が抉れているように見え不自然だし、万が一誰かと接触してしまったらその人も一部分だけ消える。軽くホラーだ。
「とまあちょっと足元がアレだから、風の魔法で軽く浮かせてくれないかな?」
「ああ、なるほどな」
ゴンザレスは風の魔法を使い、雄介を宙に浮かせる。欠点もカバーできたので早速雄介はソフィアを探しに向かう。
「なあユースケ」
「どうしたゴンちゃん」
「お主ソフィアのことが心配とか言っとったが……本当のところは?」
透明なので雄介の表情は一切見えない。しかしそれでもこの男は今ニヤリと笑っていることだろう。
「俺は面白そうな事が大好きなんだ」