スチュアート
この世界は東西南北の四つの国に分かれており、四つの国の中心にはこの世界で唯一の海が存在する。
この海に関しては四国とも特に取り決めは行っていない。食料となるような生物は生息していないからだ。漁などは各国に点々と存在する湖の方で行われている。
また、この海の底には幻の都市が眠っているとの伝説があるが、定かではない。
ソフィアは北の国『カイド』の小さな村、『ランムーロ』で産まれた。母親は出産の時に亡くなってしまったため、父親がソフィアの面倒を見てきた。
小さい頃から活発で、よく外へ遊びに行き、服を泥塗れにしては父親に怒られたソフィア。そんなソフィアには幼い頃からの夢があった。
「騎士になりたい!」
それは6歳の時のソフィアの言葉だ。ソフィアの家は決して裕福ではない。元々父親も体が弱く日銭を稼ぐのに一苦労していて、娯楽に注げるような蓄えは無かった。
それでも父親はソフィアの5歳の誕生日に絵本を贈った。その絵本は主人公の騎士が苦難の末、攫われた姫を魔王の所から救い出すというもので、ソフィアはその本を摩りきれるまで読み込んだ。
そしていつしか、自分もこんな風になれたらと思い始め、父親にその思いを打ち明けたのだ。
それからソフィアは騎士になるため訓練に励んだ。
ある日、そこら辺に落ちていた木の棒で素振りをしていたら、すっぽ抜けて父親の頭に直撃し怒られた事もあった。
朝早く起きて武術の形をしていて足を滑らせ、隣で寝ている父親にエルボーをかまして怒られたりもした。
熱湯の中に手を入れ、そのまま耐えるという鍛錬をした時は一瞬で我慢できなくなり、思わず湯が入っていた桶を放り投げ父親に熱湯をぶっかけたりもした。
この時の父親が恐らく一番怒っていた。お父さん……よく頑張ったものだ。
そして十年の時が流れた。
「それじゃあ行ってくるよ! 父さん」
「あぁ、気をつけてな。本当に本当に気をつけるんだぞ? 地図を確認しながら歩けよ? 絶対だぞ?」
ソフィアはやたら念を押してくる父親に笑いながら言った。
「大げさだな父さん。王都はここから歩いて一日かからないじゃないか。迷ったりしないよ!」
今日はソフィアの出発の日だ。王都『ポロサッツ』へ騎士団への入団試験を受けに行くのだ。
王都では毎年この時期になると新人騎士を募っており、試験の日程を王都とその近隣の町村に貼り出す。
遠方からも知らせを聞きつけて多数の騎士志願者が王都へと集まるので、この時期の王都は大変賑わっていた。
今日は実は試験の一週間だ。出発するのが早すぎるとソフィアは父親に言ったのだが、父親が
「絶対だめ! いいから早めに出なさい!」
と、頑なに早めに出発させようとするので渋々諦め、今日を出発の日とした。
なぜこんなに早くソフィアを出発させたのか、なぜ出発前にあんなに心配していたのかというと……。
「……おかしいな、もう六日は歩いているのに辿り着けない。というか……ここどこ!?」
ソフィアは異常なまでの方向音痴だった。出発の日から既に六日経過しているが、王都へ向かうどころか遠ざかっていた。
父親から貰った長剣と荷物を背に、意気揚々と村を後にしたソフィアは、地図をよく確認してから王都とは逆の方向へ歩き出していた。幼き頃から父親が目を離した隙にとんでもない所に迷い込んだりしていたソフィア。
「も……もうさすがに16歳だし、王都に行くくらい大丈夫だよ……な? ぬあぁぁ!! 心配だぁぁ!!」
こんな風に現在進行形で心配されるだけはある。とりあえず念のため野営の準備をさせて送りだしたお父さん大正解である。
「困った……これじゃ入団試験が……」
現在、どこかの森に迷い込んでしまったソフィア。途方に暮れていると、後ろからガサガサと音がして振り返る。
「誰かいるの!?」
ひょっとしたら道を尋ねられるかもしれないと、わずかな期待を胸に振り返るが、そこにいたのは三匹のゴブリンだった。
「くっ! 急いでるのに! まあいいや三匹くらいならさっさと片付けて……」
そう言って荷物を下ろし剣を抜こうとすると、背後からゾロゾロとゴブリンが出てくる。数十匹はいそうだった。
「……これは……ないなぁ」
即座に作戦を変更して駆け出すソフィア。ゴブリン達はそれを追う。
「くそっ、しつこいな!」
「グギギ、グギャア!」
それから突っ走ること数分、ソフィアとゴブリンは森を抜け、広い平原に出ていた。ゴブリン達に諦める気配は無い。しかしいくら弱小の魔物といえど、この数を相手に無事でいられる自信はソフィアには無かった。
「僕は……僕はこんなところでやられるわけにはいかないんだ!!」
己の夢を叶えるためにも、ここはなんとか切り抜けなければならない。打開策を考えるソフィアだったが、そちらに意識を取られてしまったせいで躓いてしまう。
「あっ!?……」
ゴブリン達はこのチャンスを逃さない。すかさず数十匹のゴブリンがソフィアに襲い掛かる。
「く……くそ!!」
ソフィアはなんとか抵抗しようとその身を起こす。その瞬間、ソフィアとゴブリン達の間に割って入るように何かが降ってきた。ズズーンという大きな音と共に砂煙が巻き上がる。
「な、なんだ!?」
砂煙がだんだんと晴れていく。視界に入ってきたのは上半身裸の若い男だった。
「君は……って、ちょ!?」
何者かを問おうとしたソフィアに男は駆け寄り、その身を抱え上げた。男はそのまま真上を見上げる。
「ゴンちゃん!! 頼んだ!!」
つられてソフィアも上を見ると、そこにはなんだかヘンテコな格好をした妖精がいた。その妖精はこちらを見て頷いている。
(妖精!?……初めて見た!)
そんな暢気な考えが頭をよぎったが、そのまま上に放り投げられ、ソフィアは思わず慌てた。
「うわぁ!? なにを……あれ?」
落下に備えて咄嗟に体制を整えようとしたソフィアだったが、その瞬間が訪れる事はない。下から吹き上がる強風によって飛んでいたからだ。
「これは……風の魔法!?」
一瞬戸惑ったが男の先程の発言から、上にいる妖精の魔法だと気づく。それよりあの男は一体何をするつもりなのかと下を見た。風の音がうるさくて聞こえないが、男は何か言っている。
「……ぅ、……ぃ…………!」
男が何か言い終わると、その体が眩しく輝き、辺りが光に包まれる。あまりの眩しさに目を閉じ、咄嗟に身構える。自分の身に何も起こっていない事を確認し、そっとソフィアは目を開けた。
「これって……」
ゴブリン達が完全に消え去っていた。まるで最初からいなかったみたいに。それだけではなく、自分が先程までいた森も大部分が削り取られていた。
呆気に取られていると風が収まり始め、ソフィアは地面に降り立った。そして尋ねる。
「君は……一体何者なんだ?」
最初背を向けて立っていた男はソフィアへと向き直った。そしてその顔を見てソフィアは驚く事となる。
「グスッ……エグッ……あ、あのぉ……ゥッ、うぅ……オロ、ナイン……もっでばぜんがぁ……?」
……めっちゃ泣いてた。