ソフィア
「なんでだあああぁぁぁーー!!!!!」
「ユーースケェェーーー!!!」
現在雄介は一心不乱に川を泳いでいた。……サメのような生物に追われながら。
事の発端は数時間前、妖精の森を出てすぐの所で放った雄介の一言だった。
「あぁそうだ、そういやそろそろ風呂に入りたいな」
「風呂か、話には聞いたことはあるぞい」
「入った事ないのか?」
「妖精は基本、皆水浴びで済ませとる」
異世界に来てから三日経っているが、まだ一度も風呂に入っていない。砂漠を歩いた時にだいぶ汗をかいていたし、そろそろサッパリしたいと雄介は考えていた。しかし、水を溜めておく物も無いので風呂というのは難しそうだ。
ゴンザレスと話し合った結果、町に着くまではどこか水場を探して水浴びで我慢しようという結論に至った。
そして雄介のばるーんとゴンザレスの風の魔法で移動すること数時間、二人は砂漠を抜け、川を発見したので近くに降り立った。
付近にはあまり草木が生えておらず、周囲から丸見えだ。しかし雄介とゴンザレス以外に誰かいる気配も無いので、二人は気にしないことにした。
「おお! 川だ! 深さはそこそこありそうだけど結構きれいだし、流れもそんなに急じゃない!」
「これなら水浴びできそうじゃな。どれ、それでは……あっ!」
なんと雄介は背負っていた鞄を投げ捨て、服を着たまま川に飛び込んでしまった。相当テンションが上がっていたようで、川に飛び込んでからもはしゃぎ回っている。
「ヒャッホォー! 冷てえけど気持ち良いぜ!! ゴンちゃんも早く入れって!」
「ええい、待て待て! というか服ぐらい脱いでから入らんかい」
「ついでに服の洗濯さ! 見よ! 俺様のバタフライ!」
バシャバシャと雄介がへたくそなバタフライで泳いで遊んでいると突然雄介の後方からバシャーンと川の水が吹き上がった。
何事かと思い、二人は飛沫が上がっているその場所を注視した。何かヒレのような物が見える。
「あれ? なんだあれ……なんかとてつもなく嫌な予感」
「ワシもじゃ。今まで何も感じなかったのに……敵探知のセンサーにビンビン来とるな」
ヒレが近づいてくる。
「だんだんこっち来てるんですが……ってか今まで感じなかったって……」
「完全に気配を殺されるとわからん時もある」
さらに近づいてくる。
雄介はたまらず水中に潜ってそのヒレの持ち主の姿を確認してみた。意外と可愛らしいつぶらな瞳、シャープなボディライン、鋭そうな牙……元の世界でいうところのサメだ。
「ぬうぅぅぁぁあああーーー!!!!!」
「ユースケ!?」
瞬間、爆発的な速度で雄介は泳ぎだした。これは忍法ではなく、人間の火事場の馬鹿力というものだ。幸い元の世界のサメと違ってこちらのサメはあまり速くないようだ。雄介はなんとかサメとの距離を保てていた。
「なんでだあああぁぁぁーー!!!!!」
「ユーースケェェーーー!!!」
そして今に至る。
「なんで川にサメが、ぶへぇあ、水飲んだ!!」
「待っとれ! 今なんとかしてやる!」
そう言うとすぐにゴンザレスは魔法を発動させた。両手をクロスさせて力を溜め、真空の刃をサメに向けて放つ。
「『カマイタチ』!」
ゴンザレスの魔法は確かにサメに命中したのだが、わずかに傷をつけるだけに終わった。
「……うん、無理じゃな!!」
「じじい諦めがはええんだよぉぉ!!」
早々に諦めてしまったゴンザレスを罵倒し、この状況を打開するべく雄介はとある忍法を使う覚悟を決める。
(あれ使うの? ……たぶん痛ぇんだろうなぁ……いろんな意味で。でもしょうがねえかぁ)
雄介は泳ぐのをやめ、ゴンザレスの方へと叫んだ。
「ゴンちゃん!! そこにいたら巻き込まれんぞ!! 俺の真上に飛べ!!」
「何するか知らんが……わかった!!」
ゴンザレスは急いで雄介の頭上へと飛んで移動する。雄介はそれを確認し、とある忍法を発動させた。
「忍法! …………」
数秒後、後ろから追ってきていたはずのサメも、周りにわずかながら生えていた草木も、全て跡形も無くなっていた。無事だったのは雄介の真上に避難していたゴンザレスだけだった。
「な、なんじゃ今のは……おい、ユースケ……?」
何が起こったのかわからず確認しようと雄介の近くまで降りて来たゴンザレスだったが、なにやら雄介の様子がおかしいことに気づいた。
さっきまできちんと服を着ていたのだがなぜか半裸だ。しかも腰の上から首の下までが赤く腫れ上がっている。
さっきからプルプルと震えて一言も発さない雄介に、ゴンザレスは声をかけた。
「お、おい。ユースケ?」
「……い」
「い?」
「……痛てえ!!!!」
雄介は叫んだ。そして舞台は変わって、とある平原。
「くそっ、しつこいな!」
「グギギ、グギャア!」
そこは雄介達のいる場所から少し離れた平原で、数十体のゴブリンから逃げている人物がいた。靴は土色のブーツで、黒い布製のハーフパンツに同じく布製の白いシャツ、さらにその上にローブを着ている。
フードを深く被っており、顔はよく見えない。背中にはローブに似合わぬ長剣を背負っている。
「僕は……僕はこんなところでやられるわけにはいかないんだ!!」
この者の名はソフィア・スチュアート。騎士になることを夢見て王都を目指す冒険者である。