ロペス
スクランの男達はしつこく抵抗の意思を見せ続けている。面倒になった雄介はゴンザレスに任せて男達を拘束してもらう事にした。
ゴンザレスは魔法で植物を操る事ができるらしく、その辺の蔦を使いあっという間に男達を拘束する。男達はもがくが、魔法で強化されているせいか蔦はびくともしない。
そんな光景を見ていた雄介は、この世界に来てから初めての魔法に感動していた。
「すげえ!! これが魔法か!! リアル触手プレイじゃないか!!」
「何言っとんじゃお主!? それよりほれ! この後はどうするんじゃ?」
ゴンザレスの問いに、雄介は男達を見ながら思案する。情報を吐かせるのに便利な忍法は持ち合わせていない。
「んー……これはそのままゴンちゃんにお任せで!」
「ったく! 面倒なところばかり押し付けおって! まあ方法はあるにはあるぞ? 妖精族に伝わる尋問術があっての」
そんな会話を聞いてか、この集団のリーダーであるジャックがこちらを睨みつけながら忌々しそうに言葉をこぼした。
「貴様らごときにくれてやる情報などないわ」
この状況でも傲岸不遜な態度を崩さないジャックに雄介はムっとしながらも言葉をかける。
「頑なだな。少しくらい応じた方がお互いのためじゃないか?」
ジャックはフンっと鼻で笑い、顔を背けた。
このままでは話は進まなさそうだ。やはりゴンザレスの尋問術とやらに任せるかと腕を組み考えていたところ、猛烈な眠気が雄介を襲った。
「……? あぁ、そうだ。アドレナリンが出ててさっきまで感じなかったけど、そういや俺もう二徹くらいしてた。限界だ……」
「もういいから村で寝て来い。あとはワシが上手くやっておく」
「あぁ、頼んだ」
雄介は森の中心へと歩き出す。すると、なにやら森全体がざわめき出した。
「集まれ! 皆の者!!」
「な、これは一体……!? お、おい待て、やめ、ぐあぁぁ!!!!」
何やら背後でとんでもない事が行われている気がしたが、雄介はとにかく眠かったのでそのまま歩き続ける。そして……。
「おい! 起きろ! いい加減起きんかい!」
そんなゴンザレスの声が聞こえて雄介は目を覚ました。木漏れ日が眩しい。スクランの男達を相手した時は日が暮れる手前くらいだったから、まあそれなりに眠れたのか、と寝ぼけ眼を擦る。
「ったく二日も眠りおって!! 死んだんじゃないかとヒヤヒヤしたぞい!」
その言葉を聞いて、一瞬で意識が覚醒した。体のあちこちが痛い。雄介は痛む腰を摩りながら体を起こした。
「うーん……いてて……そんなに寝てたか俺。若さって恐ろしいわぁ」
「ほれ! さっさと起きて顔でも洗って来んかい!」
雄介は村の中央から湧き出る湧き水を使い、顔をバシャバシャと洗ってからゴンザレスの所に戻り、伸びをしながら尋ねた。
「んー……っと! そういえば連中は? 情報は引き出せたかい?」
「ばっちりじゃ。連中は尋問が終わって解放した後一目散に逃げていったぞ」
「何したんだよ……いや、聞かないでおくけど……。それじゃあ情報を教えてちょうだいな」
ゴンザレスは雄介に聞き出した情報を伝えた。『スクラン』はジャックが名乗りの時に言った通り人間の理想郷を作ることを目標としており、他の種族を排除して回ってるらしい。
ちなみに妖精の羽は調合すると秘薬になるらしく排除するついでに羽を頂こうというのが今回の目的だったとか。
「この男は独身じゃ。それで誕生日は……」
「いらねえよその情報!! 何聞き出してんだよ!!」
次第に飽き始めて、雄介は熱心に話をしているゴンザレスに気づかれぬように周りの妖精達を観察してみる。
「おっ、あの娘金髪ポニーテールでかなりナイス! 身長が7センチくらいだけど俺は気にしないぜ!」
「話を聞け! というかそれは気にせんかい!!」
いつの間にか声に出ていたようだ。そしてそんな余計な事を考えていると、一つの耳よりな情報が雄介の耳に入ってきた。
「テレポート?」
「ああ。やつらはここまでとある魔道士にテレポートで送り届けられたらしい」
雄介は気持ちを切り替えゴンザレスに問いかける。
「テレポートを使えるやつってのは結構いたりするのか?」
「ワシは長い間、他の種族との関わりを絶っていた。そのせいで詳しい事は知らんが、テレポートはとうの昔に失われた魔法のはずじゃ」
雄介はとりあえず近くにあった切り株に腰掛け、腕組みをして考えだした。ゴンザレスもどこか落ち着かない様子だ。
「異世界への転移と、使える者がいないはずのテレポート……関係があるかも。その魔道士に関しての情報は?」
「そいつは二十日ほど前、ふらっと現れて俺を雇えと言って来たらしい。最初は応じなかったが、その魔法の凄まじさに圧倒され、最終的にお抱えの魔道士として雇う事になったそうな」
「他には?」
「それがなかなか己の情報を明かさないらしくての。わかっとるのはあらゆる属性の魔法を使うという事と、『ノア』という名前くらいらしい」
「よくそんな怪しいやつ雇ったよな。雇ったっていうか半ば脅されたって感じか?」
ゴンザレスは雄介の目の前でピタリと止まり、雄介の目を見ながら言葉を続ける。
「ちなみにスクランの根城もしっかり聞き出してあるぞい? どうじゃ、行くんじゃろ?」
そんな情報までゴンザレスはしっかりと聞き出していた。ほんとに一体何したんだよ、と再度思いつつ雄介は立ち上がった。
「ああ! その根城はどこにあるんだい? 距離と方角を細かく教えてくれるとありがたいね」
「おお! さっそく出るのか? では待っておれ。支度をしてくるわい」
そう言って背を向けるゴンザレス。雄介はゴンザレスの言葉の意味がわからずに首を傾げる。
「支度? 餞別でもくれんの? いいよそんなの。これ以上世話になるのは……」
と、雄介が言葉を言い終える前にゴンザレスは振り返り、重ねて言った。
「何を言っておる? ワシの旅支度じゃて」
一瞬、その場の空気が止まる。が、すぐに周囲の妖精達はガヤつき始め、雄介は驚いたように叫んだ。
「はぁ!? 何言ってんだあんた! あんた長老だろうが!」
「それに関しては問題無い。おーい、ロペスや!」
ゴンザレスは周囲を見渡し、妖精の一人に向かって声をかけた。呼ばれた妖精はこちらに飛んでくる。
ロペスと呼ばれた妖精はおじいちゃんとまではいかない若さだ。だがしかし、バーコードでステテコパンツでランニングシャツで腹巻である。このスタイルは流行りなのだろうか。
「なんでしょう長老!」
「お前、今日から長老じゃ」
「「えっ!?」」
ロペスと雄介の声が重なる。思わず互いに目を見合わせてしまった。
「軽い! 軽すぎる!! 妖精族の長老ってもっと厳格な儀式とか行って継承されたりすんじゃないのか!?」
「ワシは先代の長老が酔った勢いで始めたあみだくじで決まったんじゃが?」
「なんなんだ! どいつもこいつも! 妖精こんなんばっかか!」
そんなやり取りをする二人の横でロペスは戸惑っていた。
「ちょ、長老……私には荷が……」
弱気な発言をしようとするロペスの肩を掴みゴンザレスは一喝する。
「馬鹿モン!! いつかはワシだって死ぬんじゃ! いつまでもワシが長老やっとるわけにもいかんじゃろうが!! お主ならできる! 自分の力を信じるんじゃ!!」
それっぽいことを言っているが内容はスカスカである。その後も同じような説得が続く。
「うわぁ……完全に主導権握られちゃってるよロペスさん……」
そんな事を呟きながら雄介が呆れていると、案の定ロペスはやる気になったようだ。
「ワカッタゼ! オレニマカセトケーイ!」
「誰だよ!? 完全にキャラ変わっちゃってんじゃねえか!!」
完全に丸め込まれてしまった、もとい洗脳されてしまったロペス。そしてゴンザレスとロペスはハグをする。
周りからは拍手喝采だ。素晴らしい空気なのは間違いないが、唐突過ぎる流れにいまいち雄介はノリ切れなかった。
「宴じゃ! 今夜は飲み明かすぞい!」
「「「「「おおーーーー!!!!!」」」」」
「なんでみんな乗り気なんだよ!? いや待て!! 俺は今すぐ出たいんだ! 待てお前ら!」
結局すぐ旅立つはずだったのになぜか旅立ちの宴が始まってしまい、出発を次の日の朝まで繰り越すことになった。
「それではお元気で!!」
そしてようやく出発の時となり、村の妖精達が皆見送りに来てくれている。妖精達の見送りを受け、森を後にする雄介とゴンザレス。
「さて!! これからどんな旅が待ってるのかね!!」
雄介は服と靴は森に入る時と一緒で学ランに白いスニーカーだが、結局餞別をもらったようで、いくつかの木の実が入った布製のリュックのような鞄を背負っている。
「それで、移動手段なんじゃが、お主のめるへにっくなんたらで浮かんでるところをワシが風の魔法で動かす形で良いのかの?」
ゴンザレスは相も変わらずステテコパンツにランニングシャツに腹巻だ。こちらも小さいサイズの鞄を背負っており、中には替えが入っているとのこと。
それとこのゴンザレス、意外とすごい妖精らしく、様々な魔法を使い分ける事ができるのだとか。
襲撃があった矢先にそんな人物が森からいなくなっても大丈夫なのかという話にもなったが、スクランの構成員は少数らしく、他のメンバーは各地を飛び回っているためしばらくは大丈夫とのこと。
「あぁいいぜ」
「別にワシの魔法ならお主一人飛ばすくらい訳ないぞ?」
「それでも良いんだけど、俺の忍法と合わせた方がたぶん速い。俺早くいろんな所に行きたいんだ!」
「そうか。それでは早速出発しようかの」
ゴンザレスは魔法を発動させようとする。しかし雄介はその場で急に立ち止まり、ゴンザレスに声をかけた。
「……その前に一個いいかい?」
「ん?」
「なんで旅に出るなんて言い出したんだ?」
雄介としては特に同行を断る理由は無かったので聞かずにいたのだが、やはりふと気になり、ゴンザレスに問いかけた。
ゴンザレスは数秒ほど黙りこんだが、やがてその顔にしわくちゃの笑みを浮かべ、こう答える。
「……年甲斐もなくワクワクしたんじゃ。お主を見てたらのぉ」
つられるように雄介も笑った。
「いいねぇ!! 最高にファンキーだぜゴンちゃん!! そんで『お主』は終わりだ。俺は『ユースケ』ってんだ!!」
やがて二人の笑い声は大きくなっていく。
「あぁ、改めてよろしく頼むぞユースケ!」
妖精は笑う。物語は次の舞台へ。