異世界へ
「なぁ、御剣よ。ちょっといいか?」
四時限目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、さて昼飯でも食うかなぁ、なんて思っていたところで、前の席に座っている俺の数少ない友人である水瀬友則が話しかけてきた。水瀬とはこの学校に入学してからつるんできた仲だ。こうして昼休みに話しかけてくること自体は別におかしいことではない。無いのだが、今日はなんだか様子がおかしい。いつもは鼻の下を伸ばしながらエロい話でもするのだが、鼻の下は伸びていないし、目が笑っていない。周りのクラスメイト達はすでに席をくっつけて談笑しながら昼飯を食い始めている。ここだけ、クラスとは切り離されてしまったかのようだ。
(……一体どんな話だ?)
「まぁ、別にいいぞ」
弁当箱を開けるのは当分先になりそうだな。俺は話を聞きやすい姿勢を取りながら続きを促す。水瀬は一つ頷いてから小さい声でぼそぼそと話し始めた。
「御剣、この前さ、骨董品屋の噂話したの覚えてるよな?」
「覚えてる、覚えてる。商店街の一角にある店だろ?いつも閉まっているのに、ごく稀に営業しているって」
水瀬につられて俺までぼそぼそと話してしまう。
「そうそう、そんで営業している時に入ると店の人らしき爺さんがいて」
「……気が付くと、家に帰っていて翌日になると不思議な力が使えるようになっているって話だろ?」
その噂話がどうかしたのか?と俺は聞いた。噂は最近ささやかれるようになったばかりで、確かに商店街の一角には骨董品店が存在している。だが、俺は17年間生活してきて一度も骨董品店が営業をしているところも、営業しているなんて話は聞いたことがない。
「驚かないで聞いてくれよ御剣。あの噂は、マジなんだよ」
はっはっはー、面白い冗談だね。と言いたいところだが、いまだに水瀬の目は笑っていない。俺の目をじっと見ている。そのゆるぎない視線はこの話に嘘はないと語っていた。
「……その話がマジだったとして、なんで水瀬が『本当』だって言えるんだ?」
「そりゃ、俺が不思議な力が使えるようになったからだ」
どうやら水瀬は噂通り、営業している骨董品店に入り、爺さんとあったようだ。
「ふーん、で、どんな力が使えるのさ?」
今の俺は、水瀬の話を聞いて半信半疑といったところだ。だから俺は実際にその『不思議な力』とやらを見せてもらうことにした。
「まぁ、当然の流れだよな。よし、そんじゃ、力の実演と行こうかね」
一体何をする気なのだろうか。俺は水瀬の行動を、『不思議な力』を見逃さないようにじっと見つめる。水瀬は俺の弁当箱をじっと見つめている。
「よし、御剣の弁当箱の中身を当ててやろう」
そう宣言すると水瀬は、すらすらと弁当箱の中身を言っていく。
「白米にはしゃけのふりかけ、おかずは卵焼きに、ミニトマト、切り干し大根、豚肉の生姜焼き、デザートにリンゴ。これが今日の御剣の昼飯だ」
俺は弁当箱を開けて中を確認する。
「……当たっているな。水瀬の力ってもしかして、透視?」
水瀬の奴は不敵に笑って頷く。
「なんだったら、下着のがらも当ててやろうか?」
「やめろ、男に見られて喜ぶような趣味はないぞ。だから俺の下半身を見ないでくれ、顔を上げてください、お願いし」
「ほう、ピンクのハート柄か。……御剣、お前のしゅ」
「おい……」
「悪かったって、でもこれで信じてくれただろう?」
いつの間にか水瀬の様子がいつもの状態に戻ったようだ。しかし、
「透視能力か、いや噂がほんとうだったなんて」
なんて羨ましいんだろう。どうせ水瀬のことだ、使えるようになってから毎日のように女の子に対して透視をしていたに違いない。
「まぁな!!」
「……心の中まで見えんのかよ」
「いやいやみえねーよ。ただ羨んしそうな目、していたからな」
そう返しながら水瀬は、周りをきょろきょろ見ている。
「おぉ、あの子派手な下着じゃないか。なんていやらしんだこの野郎……!!」
女の子は野郎ではありません。
「あー、水瀬。話は終わりか?」
「終わりだ、御剣。俺は……ちょっとトイレに行ってくるよ」
水瀬は颯爽と去って行った。畜生、あいつ自慢したかっただけかよ!!
俺は箸を手に取り、昼飯をたべる。
(ふん、でもまぁ噂は本当か。……今日寄ってみようかな)
そんなことを考えていた。
(まぁ、やってないよなぁ)
放課後、俺は例の骨董品店によってみたのだが、結果は徒労に終わった。そう都合よくはいかないらしい。
「だが、俺は諦めないぞぉ」
水瀬の奴、くそ……うらやましいなぁ。今頃アイツは、
(いや、やめておこう。こうなったら水瀬の奴よりもいい能力を手に入れてやる)
気持ちを新たにし俺は帰宅した。
カレンダーが5月から6月に変わった。俺はよっぽどのことがない限りは毎日骨董品店に通い続けた。今のところその苦労は報われていない。
「もう、だめなんかなぁ」
「諦めなければ何とかなるんじゃないの?」
俺はため息をつくが水瀬はそんな俺に対し適当な答えをよこす。
「水瀬ー。透視飽きないのか?」
「御剣には分からないだろうがな、飽きないぞコレ」
「ふぅ、今日こそは!!」
「お勤めご苦労!!がんばれよ御剣」
そう言い残して水瀬は可愛い女の子のあとを追って行った。「うひょおぅ!!」と変な奇声が聞こえたが、どうせ水瀬の奴だろう。
「……いくか」
いざ、骨董品店へ。
何も考えずに歩き続ける。最初のころはどんな能力が手に入るのだろうとかエロいことに使えるいいなぁ、なんて考えていたが今では帰宅途中で骨董品店によっていくのは日常となってしまっていた。
(そろそろ、か)
……あれ?骨董品がない。通り過ぎたかな?
「おぉ、ついに、き、キタァ……」
見慣れた骨董品店、だが今日は、営業している。おかげで通り過ぎてしまったぜ。
「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー……。よし!!」
俺は気合を入れて戸に手をかける。……あれ、意識が、遠のいていく。
体が勝手に動き、店の中に入っていく。目の前には話に聞いていた通り一人の爺さんがいた。この時点で俺の意識は髪の毛のように細くなっていた。
「……きた……む、おぬ……最後……ぅ。」
「はっ!!」
見慣れた天井。嗅ぎなれたベッドの匂い。耳元では目覚まし時計が規則正しく時を刻んでいる。目覚まし時計が鳴り響くまであと1時間もある。
「AM?日付は……すすんでる。確か昨日はっと、あぁ、なるほどそうだった。俺は」
俺の努力は報われて、
「力を、手に入れたんだ」
「水瀬、ちょっといいか?話があるんだ」
あの日、水瀬が話しかけてきたように俺は水瀬に報告し始めた。
「よかったな御剣。これで俺とおまえは仲間だ。……それで、一体どんな力を?」
水瀬が笑いながら効いてくる。
「あぁ、俺の力は『描いた絵を具現化させる』能力だ」
俺は自分の能力を水瀬に言っているのだが表情が暗い。水瀬は俺の表情に疑問を抱いたようだがすぐに理解をした。
「御剣。お前の能力はたぶん、俺の『透視』よりも上位の能力なんだろう。だけどその力って……」
そうだ、俺は
「……この力は『描いた絵を具現化させる』ものだ。様々な条件で力の強さは変化するらしい。そして水瀬、お前も知ってのとおり、俺の絵描きセンスは……皆無だ」
絵描きセンス、皆無。なのに能力は『描いた絵を具現化させる』能力。ひどい組み合わせだ。
「いいなぁ。俺の『透視』と交換できたらなぁ」
水瀬は俺と違って絵描きセンスに恵まれており、部活もイラスト部に所属している。毎週月、水、金曜日に活動をしている。イラスト部の紹介はともかく、科の能力は俺よりも水瀬の方がずっとうまく使いこなすことだろう。
「そこでだ、水瀬さん。お願いがあるのですが」
「分かっているよ。お前の絵描き技能を上げてやればいいんだろ?」
「さすが水瀬!!そう言ってくれると思っていたよ」
持つべきは理解ある友だ。今度アンパンを奢ってやろう。
「絵描き技能は取りあえず置いといて、だ。力の強さが変化する条件ってのは?」
「それなら、朝のうちに書きまとめておいたんだよ」
ほら、これ。っと、ノート渡す。
「どれどれ…………」
『絵を具現化させる能力』について
強さ変化の条件
・絵がどれだけうまく描けているか
・絵を描いている時にどれだけ強くイメージできたか
・ほかにもいろいろあるけど自分で探してね
発動条件
・書いた絵に触れながらタイトルをイメージする
・タイトルを読み上げる
「なぁ、この【ほかにもいろいろあるけど自分で探してね】って一体なんだよ」
「いや、おれにもなんだかよくわからないんだよ。頭の中で思い浮かんだんだよ」
本当にどうなっているんだろう。この力については眠ってい間に教え込まれていた。
「まぁいいや。ほかの条件か。今のところ思い浮かぶのは紙の質だったり色」
「あとは大きさや絵の情報量とかかなぁ」
二人してしばらく唸っていたが、今のところはこれ以上は出てきそうになかった。
「時間はたっぷりあるんだし、これから考えていけばいいだろう。とりあえず今日から絵描きの技能向上と能力の実証だな」
「頼りにしてるよ、水瀬」
こうしてようやく俺の能力開発が始まったのだった。
春。俺が能力を手に入れてから約1年が過ぎた。
「御剣、エロの力って偉大だな」
無事クラス替えが終わりまた同じクラスになった俺と水瀬。突然水瀬が呟いてきた。
「否定はしない」
この一念で俺の絵描き技能の向上や能力の検証などが行われてきた。しかし、絵描き技能の向上は1か月で諦めた。俺は頑張っていたのだが「こりゃぁ、だめだな。時間の無駄だ」とすっぱり諦めるように言われてしまった。絵は自分で描かなければ具現化してくれなかった。俺と水瀬はひたすら能力の検証をした。水瀬が書いた絵を俺が描き移していく。検証。描き写す、検証……。
「充実した一年だったよ。絵描き技能は向上しなかったけど、十分使えるようになったと思うしね」
目を瞑るとこれまでの光景が思い浮かんでは、消えていく。
「本当に行くのかよ、御剣」
落ち着いた雰囲気が一気にシリアスになっていく。
「うん。もう決めたことだから」
この能力を検証していくうちにわかってきたこと、やりたいことが出てきた。わかったことはこの能力はかなりチートであること。最初はエロ目的で色々やっていたのだが、いつからか漫画やアニメなんかの技をどこまで再現できるかとか、こんな力があったら便利じゃね?っと様々な『絵札』なんかを作成していった。
「折角無事進級できてクラスも一緒になったのによぉ」
確かにうれしい。だけど
「分かってるよ。もう止められない、だろ。今夜行くのか?」
「ああ、世話になったな、水瀬」
それから俺と水瀬は会話を打ち切った。これ以上話していると涙が出てきてしまいそうだった。
深夜。俺は部屋の電気をつけままでいた。寝る気はない。これから出かける。もうここに帰ってくることはないだろう。壁に『絵札』を24枚張り終えた。
「さよなら、父さん母さん」
『絵札』にはすべて扉の絵が描かれていた。へたくそな絵だが、こもっているイメージはすさまじい。『絵札』の大きさは縦10センチ、横7センチ。シンプルな扉が描かれているが一枚を描き上げるのに3日間も掛かった。
「さよなら、水瀬」
この計画を水瀬に打ち明けた時、猛反発を受け、喧嘩してしまったっけなぁ。仲直りするのにちょっと時間がかかった。
「さよなら、地球」
すべての『絵札』に触れる必要はない。24枚すべてで一つの『絵札』。だから一枚の絵札に触れて俺はタイトルを読み上げた。
異世界、と