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1. 出逢い

暇潰しに書いていたものを。

文字としては書いているのですが一話一話を少し長めにするつもりなのでデータ化するのが時間掛かるかもです。


仮想世界が第二の現実と呼ばれつつある世界。

いくつかのVirtual Reality Massively Multiplayer Online、通称VRMMOが開発され、老若男女を問わず反響を呼んだ。

そしてまたひとつ、βテストを終え、正式発表された『Grand Tale Online』も同じく発売後大ヒットを記録し、半年が経過した。

VRMMO『Grand Tale Online』。その一番の特徴は条件さえ満たせばモンスターに転生できるという点だろう。

過去のVRMMOは現実の体との齟齬が生まれるということで元々の肉体からかけ離れた仮想体(アバター)は忌避されてきていた。

だが研究が進むにつれて、仮想体であるという明確な認識を持っていれば特に問題は起きないことが判明していた。


それ以前に、ある科学者がある論文を発表した。

ただ見方が違うだけの意見だが、それは確かに技術者の認識を変える。


曰く、仮想体認識。

今までの仮想体は、まず体を"再現"することから始めなければならないという固定観念。ソレは"自分"と近いモノである必要があり、その為にはまず細かいデータを取り、不具合が起きないように慎重に設定を行わなければならない、と考えられていた。

だが、その科学者は違った。何故体までデータ化する必要があるのか。要は、仮想体は人間の意識を詰め込む容れ物でさえあればいい。

つまり、現実世界の住人である自分たちの器として、何よりまず初めにヒトガタを作り出したのだ。再現ではなく、最初から自らの手で好きなようにカスタマイズし、そしてそこへ自分の意識を送り込む。

己とはまったく別個の存在ではあるものの、所詮データ。VRはデータをもとに作り上げたシステムだ。人間の意識ですらデータ化し、仮想世界へと送り込むのがVR技術。ならば動かせない道理はどこにある。


それは、ゲームとして捉えるならば当然の考え方だ。どうしてゲームの世界でまで、現実のままの体でいなくてはならないのか。


その検証の成果が、前述の研究報告である。


仮想世界の自分と現実世界の自分。それぞれが別個の体。

仮想世界の現実と現実世界の現実。それぞれ別の世界。

だからこそ、第二の現実と呼ばれるまでに至ったのだ。




それらをいち早く察したGrand Tale Online製作スタッフは他会社に先駆けて人型からはかけ離れたモンスターアバターを使用出来るゲームをつくり始めた。そして見事に完成させたのだ。

言ってしまえば、世界初のモンスターアバターで生活できるVRMMO。それが『Grand Tale Online』である。

まだ発売されて半年ほどしか経っておらず、全てのモンスター転生条件は解明されてはいないが、それぞれの街ではちらほらとプレイヤーが操るモンスターアバターが見受けられた。




βテストから製品版となった今でもGrand Tale Onlineにのめり込んでいる、如月修介……アバター名<February>も、もちろん条件を満たし、モンスターへと転生していた。彼がβテストの中盤から続けているその姿は、薄水色のスライム。プルプルと震える愛らしい姿に感動し、奇声を上げたのも仕方のないことだろう。当初は体を動かすことも難しかったのだが、段々と慣れ、今ではスライム体の方がしっくりくるという気さえしてくる。

レベルが上がるたびに身体の体積が増え、今では大型犬より少し大きく見えるほどだ。スライムとしては最強のエンペラースライムまで成長し、種族レベルは最大。スライム族を既に極めたとも言えるが、愛着の湧いたこのアバターから離れる理由は今のところない。


「ふぃー。やっぱここは落ち着くなぁ」


身体をプルプルと震わせながらFebruaryはインベントリから焼きソバを取り出し、含む。スライムは体全体が口でもある為、食べ物系アイテムは体のどこからでも摂取できるようになっていた。

傍からみると取り込まれた焼きソバがじわじわと溶け出しているのが分かるだろう。ゲポ、と気泡を吐き出しながら床に水溜りのように広がる。これが一番楽な姿勢なのだ。


ここは第七の街"夜の街・カイナ"。この街は常に夜の闇に覆われている。

最大の特徴は、街の全貌が確認出来る展望台からの夜景がとてつもなく綺麗で、デートの締めに訪れるカップルが多いとか何とか。実際Februaryも「きれいね」「キミの方が綺麗だよ」などと言っている場面を何度も目撃している。そのたびにプレイヤー(P)キル(K)してやろうかと殺意に似た気持ちを押さえ込んでいた。

別名"百万Gゴールドの夜景"カイナの街外れにFebruaryがよく来る洋館はあった。

NPCから話を聞き、フラグを立てなければ洋館には入れないのだが、何度調べに来てもここでは何も見つからない。NPCからは吸血鬼が住んでいたなどといった噂も聞けるのだが、館の外観は保たれてはいるものの、埃だらけだわ宝箱も何もないわで攻略掲示板にもただの雰囲気作りのオブジェクトなのではないかと推測されていた。

第十二の街まで開拓された現在、プレイヤーはどんどん先へ先へと進んで行き、いつしか誰も寄り付かない場所と化していた。

その一室、過去は書斎と呼ばれたであろう部屋に、Februaryは文字通り広がっている。何度か出入りし、掃除をしたおかげかこの部屋だけ埃一つない。まさかゲームの中でも掃除をする羽目になるとは、と戦慄したものだが、一目で気に入ったのも事実だ。

デローンと徐々に薄く、広くなっていく身体に今度は餃子を放り込む。その餃子はずぶずぶとまるで沼に沈むかのように消えていく。


はぁ、と溜め息。いつもはこの館に居るのはせいぜい一時間ほどなのだが、今日は既に二時間は居る。その原因は、一度に十組以上のカップルと遭遇してしまったからだ。人目をはばからずにいちゃいちゃいちゃいちゃ。多くのピンク空間に心の中で慟哭を上げたFebruaryは、せめてもの嫌がらせとばかりにその通りの出店の商品全て買占めた。そして涙に似た粘液をぽたぽたと垂らしながら洋館へと走ったのだった。


店の商品はレア度によって再入荷時期が決まる。レアなほど入荷は遅いのだが、出店ならばせいぜい一日だ。だがそれでいい。あの幸せそうなひと時を邪魔出来たのならば最高だ。

その結果インベントリが焼きソバ、串焼き、フライドポテト、たこ焼き、餃子などの料理で埋め尽くされたとしても本望である。


だが、Februaryは知らない。カップルたちは出店よりもあるプレイヤーが経営する高級レストランで食事をするのが最近のトレンドだとは。


孤高(ぼっち)故に、孤独(ソロ)故に、ゲーム攻略以外の情報は必要ないのだ。


(くち)にフライドポテトを浴びながら、更に力を抜く。スライムの身体は既に書斎の床全てを覆うほどになっていた。


「俺だって、好きでソロ(ぼっち)やってるわけじゃねーんだけどな……」


自分の性格として、内輪には優しく、外側の人間にはそっけない、そんな閉鎖的な人間だとは自覚してはいる。今はその内輪に当たる人が身近に居ないだけなのだと言い訳してみても虚しいだけだ。

それに加えて、ある体験がFebruaryを積極的に他のプレイヤーと関わるのを避けさせていた。現実だと何かが物足りなくて、またVRMMOを始めたというのに、満たされることはない。

結局のところ、のめり込んでいると言ってもGrand Tale Onlineでのプレイヤーとしては上の下か中の上を行ったりきたり。だらだらと進めているのも事実だった。


――もしあの時、俺も一緒に……。


後悔、だろうか。過去を思い、そんな暗い考えを振り払うように()を振る。そうすると広がっていたスライムの身体が波打ち、中央へと集まった。何気なくインベントリを確認すると、総数三桁以上の料理たち。インベントリに入れておけば腐ることはないが、これではモンスタードロップが入り込む隙間もない。だが無駄に捨てることもしたくはない。

ひと時の感情の発露にとことん後悔し、絶望していたところで、あることに気付いた。


「絨毯が、捲れてる……?」


先程身体を寄せた時に引っかかったのか、少しだけ捲れていた。


「こんなトコまでリアルにしなくても……」


絨毯もただのオブジェクトかと思っていたが、一種のアイテム設定がされているのだろう。やれやれと溜め息を吐きながら敷き直そうと手を伸ばし、更に気付く。疑問を解消するためにも絨毯を全て捲って、確かめる。


「床、に……扉?」


石造りの床に、注視しなければ解らないが、扉のように四角い切れ込みと、襖の取っ手に似た凹みがあった。

まるでスライドしろとでも言わんばかりである。


こんなこと掲示板には書かれていなかった。おそらく誰も絨毯を捲るなどといったことはしなかったからだろう。February自身も偶然にも動くことを知らなければそんな発想は絶対にしなかった。

恐らくここから先は、プレイヤーの誰も知らない、未知のエリア。


スライムの身体がプルプルと震えた。興奮から震える触手を伸ばし、取っ手を掴む。

そして思いっ切りスライドしようとした、


「ぬぉぉぉぉぉぉ――あふんっ」


のだが、びくともせず自身(スライム)の粘性に手が滑り、勢いよく本棚に突っ込んだ。つい忘れていたのだが、スライムは筋力値が極端に低いのだった。本の雨に衝撃を受けながらも、ずるずると本の山から這い出る。


「……あれ?これ開けれなくね?」


Februaryの長い戦いが始まった。








三時間後。そこには、


「やった!やった!やったった!」


部屋中を飛び跳ねながら縦横に伸縮する、喜びの舞を披露するスライムの姿があった。


「ふは、ふはは。人間はいつでも知恵を武器に戦ってきたのさ!」


ビシィ、と音が響きそうなほどの勢いで指した先には、三センチほどの隙間。

身体を薄く延ばし、スキル《硬化》を使い、極少の隙間からてこの原理でやっとここまで押し開いたのであった。途中、折れる折れちゃうッ、などと情けない声を上げてしまっていたのだがそれも仕方のないことだ。扉には鍵の様なものは掛かっていなかったため、本来であればある程度の筋力値があれば普通に開けられたのだろうが、それを言っても詮無きこと。

努力の成果あってか、人型ではとても通過出来そうにないが、スライムならば充分に通れる広さだ。


「それじゃあ、行きますか!」


ずるり、と身体を潜り込ませる。その扉の先には地下へと続く石造りの階段と、照明替わりなのか一定の間隔で、"光石"が壁に埋め込まれていた。

いよいよもって何かある、と確信したFebruaryは《気配察知》のスキルを使用し、隠密行動で警戒しながら進んでいく。だが、階段を下りても、洞窟のような岩肌が露出している細い通路を抜けても、敵との遭遇、罠さえも無かった。いかにもダンジョンといった雰囲気のこの場所ではそれが逆に不気味だった。

そのまま一本道を進んでいると、ふいに曲がり角の先から今まで以上の光を感じた。緩んでいた気を引き締め、角の先を覗くようにして窺う。


「何だ、ここ……」


そこは、地底湖とでもいうべき場所だった。壁から天井に至るまで多くの光石の成分を含んでいるのだろう、淡く、しかし確かにその空間を照らし、水面も光を反射してきらきらと輝いていた。幻想的な光景、作られた景色だと解っていても心の底からの感動を抱かせられる。

しばしの間、思考停止をしていた。


「……ん?」


我に返ってみると、この地底湖のちょうど中心まで伸びる細い道、そしてとある物が目に付いた。近付いてみるとはっきりと解る。


「棺、桶……?」


そう、それは棺桶そのものだった。FebruaryはあるNPCの言葉を思い出す。カイナの街の酒場、店主の一人娘、噂好きのアイちゃんの言葉。「街外れの洋館には吸血鬼が住んでいる」

その館の地下から通じたこの場所、そして目の前の、まるで吸血鬼が寝床にしているような立派な棺桶。


ギィ、と突然軋みを上げながら棺桶の蓋が上がる。


反射的に飛び退き、臨戦態勢を整える。《硬化》を使い、腕に当たる部分を槍の様に尖らせ、更に《毒化》で薄水色の身体を毒々しい紫色へと変化させた。

吸血鬼は個体数も少なく、能力も高い。プレイヤーも吸血鬼に転生することは出来るのだが、その条件とは、稀に吸血鬼がドロップする<吸血鬼の血液>を飲むことである。

吸血鬼の能力は夜こそが真骨頂。基本的に夜にしか出現しない吸血鬼を打倒し、<吸血鬼の血液>を得ることはトッププレイヤーでも難しいことだとされている。偶然吸血鬼に遭遇する事の出来るLuck()に、加え、ボス以上の強さを誇る吸血鬼を倒せる強さ、そして<吸血鬼の血液>をドロップするLuckが必要になってくる。それらの要素が重なって、吸血鬼のプレイヤーは片手で数えるほどしかいない。


もし本当に棺桶の中から出てこようとしているのが吸血鬼ならば、勝利は絶望的だ。この地底湖の上は夜闇の街。何よりこの空間で吸血鬼をステータスダウンさせる陽の光が関係するのかも解らない。唯一効果があると言われている銀の武器も持っていない。というかスライムに武器も防具も必要ないのだ、有効な装備をFebruaryが持っているはずもない。

経済的だと小躍りしていた過去の自分を殴りたくなりながらも、開いていく棺桶の蓋を見守る。

バタン、という音と共に完全に開放された棺桶から天へと伸ばされた細く、白い腕。

ゆっくりと起こされた姿を見て、Februaryは驚愕する。視覚組織があったならば目が点になっていたことだろう。何せその()()は、


「ハァッ!?全裸だと!?」


長い金の髪、閉じられた双眸。どこか作り物の人形めいた少女は一糸まとわぬ姿だったのだ。多少の流血表現はあるものの、全年齢対象のGrand Tale Onlineは全ての装備を外しても、必ずインナーは残る仕様になっている。

確かに、()()()()()()を目的としたVR技術も発達しそうにはなっていたのだが、未だVR関係の開発費用、開発期間は莫大なため、頓挫してしまっていた。

VRMMOはその莫大な開発費の回収の為か軒並み大衆向けに発表されている為、健全を売りにしている。だからこそ老若男女に受け入れられているのだ。

つまり、全裸(コレ)が他に知られたら、確実に騒ぎになる程度には問題だ。


焦りながらも心頭滅却し、少女の裸体からは目を離さない。そう、相手は吸血鬼かも知れないのだ。少しでも気を抜いたら一瞬でやられる可能性だってある。だから、注目するのは未だ開かれていない眼だ。そこを見ていれば最悪は回避できるだろう。だから、視界の端にちらちらと映るモノは仕方ない、仕方ないのだ。


少女が双眸を開き、真紅の瞳と目が合った瞬間、Februaryの心臓を鷲掴みされたような感覚を受けた。


――《威圧(プレッシャー)》……ッ!コイツ、ユニークボス級……いや、それ以上かッ!


裸を気にしている場合ではなくなった。恐らく、吸血鬼の中でも更に上位の存在。今のFebruaryではどうしようもないほど格上の相手。だが、このまま何も出来ずにやられてしまうのも納得は出来ない。

何故か、頭の片隅で感じた感情――懐かしさ、だろうか――を抑え込む。


魔法を待機(スタンバイ)状態で展開。Februaryの周囲に魔方陣が浮かび上がる。その数、五つ。同時に展開できる最大数だ。万全とは言えないが、全力ではある。それでも倒せないであろう、相手。

心の中でくすぶっていた炎が再び燃え上がるのを感じた。

少女は魔方陣を気にも留めず、くああ、とかわいらしく欠伸をする。


「まさか(わらわ)の寝所を侵したのが下等生物(スライム)だとは思わなんだ」


欠伸による涙を浮かべながら、何の感情も見えない眼で少女はFebruaryを睥睨する。ぷるぷる震えながら「ボク悪いスライムじゃないよ」とでも言おうかと思ったが、突如少女が発動させた魔方陣に瞬時に反応し、待機させていた魔法を発動する。


「行け、《サンダーボルト》ォッ!」


「《ブラッディアロー》」


速度としては最速の雷魔法サンダーボルト。だが同時に少女の魔方陣からも赤い矢が放たれる。


「《シールド》、三連ッ!」


浮いていた三つの魔方陣が重なり合い、Februaryを護る盾となる。赤い矢はその全てを砕きながらも消滅した。


「《ブラッディアロー》を防ぐとは、ただの下等生物ではないようじゃの」


思ってたよりも近くで聞こえたその声に向けて、盾と同時に展開していた最後の魔法陣、威力重視の《ファイアストーム》を放つ。魔法名の通り、炎の渦は確実に少女を飲み込んだ。


「クソッ、どうしろっていうんだ!」


言葉とは裏腹に、Februaryは昂揚していた。まだ、まだやれる。そう信じ、毒の槍をもう一本形成する。イメージは、双槍の騎士。過去、別のVRMMOで使用していたスタイルだ。

背後に気配を感じ、体の弾力を生かして飛び跳ねる。視線を向けると、手刀を振り下ろした姿勢の少女。そこに、片方の毒の槍を伸ばす。スライムの体は伸縮自在。槍の硬度を維持しつつ勢いよく突き出された槍はしかし、地面に突き刺さる。


「速過ぎだろう……ッ!」


目にも留まらないとはこの事か。必殺と信じた一撃も少女は回避して見せた。再び、背後に気配。だがここは空中、避けることは出来ない。だが、それは相手も同じ。

ならば、と少女の攻撃と同じタイミングで、


「《硬化》ァッ!」


全身をハリネズミのように棘へと変えた。伝わるのは、針が何かを掠めた感触と、バキリ、と針が折れた音、そして、Februaryの体は真っ二つにされた。


「ッゥ……!」


痛覚の再現がされているわけではないのだが、衝撃に思わず声が漏れる。体力は半分に減っており、視界も分断されていた。スライムの特性《物理攻撃半減》でもこの威力。だが、スライムのスキル《分裂》によってFebruaryの操る体は二つへと増えていた。《分裂》は体力以外のステータスを分配し、自らの体を増やすスキル。"忍"のスキル《分身》のモンスター版と言ったところだ。二つに分割されたということは単純計算でステータスは二分の一。次に攻撃を受けたら消滅してしまうだろう。だが裏を返せば、一体分は死ねるということだ。手数を増やす方が勝算は上がると判断した。

びたん、と細い道に上手く着地したが、もう一つの分体は湖へと水しぶきを上げて沈んだ。


「やるのう、まさか妾に血を流させるとは」


ぺろ、と自らの指から垂れる血を妖艶に舐めとる少女。少女の体力ゲージは僅かだが減っている。吸血鬼には自動回復能力があったはずだが、うまく毒と相殺しているようだった。これだけやって、少ししか体力を削れていない。それは絶望すべきことだろうが、Februaryはこの状況を楽しんでいた。

分体の一つはそのまま湖の底で待機させ、意識を相対する体へと集中させる。分裂した為、スライムの体積も半分に減っているが戦うのに問題は無く、ステータスについても元から大きな差がある相手だ。()()の差なんて、関係なくなってくる。


二本の槍を構え、対峙する。少女はそんなスライムの姿を面白そうに眺め、呟いた。


「《ブラッディソード》」


小さな傷口から血が溢れ、禍々しい剣のを形取る。吸血鬼のスキル、なのだろう。血液を媒介としたスキル。

もしかしたらそれは、傷付けば傷付くほど強くなることを示していて――


「誇るといい、スライム。妾に剣を抜かせたのじゃからな」


交差する視線。この瞬間、お互いを倒すことしか考えていない、考えられない。


「はぁぁぁぁぁぁッ!」

「おぉぉぉぉぉぉッ!」


剣を構え、正面から叩き伏せようと疾走する少女と、待ち構える双槍を持つスライム。

その二人の戦いは、


「ぁぁぁぁぁ……ぁ……きゅぅ……」

「ぉぉぉぉぉ!……ぉっ?おっ?へぶしっ」


少女のタックルを受け止めきれなかったスライムが押し倒され、体力を減らしながらも緩衝剤の役割を果たしたことで、次の少女の声と共に終わりを告げた。


「お腹……減ったのじゃぁ……」







「いや、お主良いスライムじゃのう!」


ばくばくと料理を食べながら少女はそんなことを言う。

吸血鬼だから血が必要なんですね!あっ良かったらボクの血飲みます?ってスライムだから血流れてなかった!てへぺろ、などと少女の頬をぺちぺち叩きながら煽っていたら殴り飛ばされて体が消滅した。

仕方なく待機させていたもう一つの分体に意識を移し、インベントリから料理を具現化して与えてみたらばくばくと遠慮せずに食べ始めた。どうやら食事は血でなくとも良いらしい。


「特にこのギョーザとやらがウマいのう!」


おい吸血鬼ニンニク大丈夫なのかよ、と突っ込む気力もない。三桁以上あった料理の数々、全て平らげられてしまったのだから。


「まさか全部食うとは……」

「おぉ、満腹満腹じゃ」


満足そうに爪楊枝を咥えている少女。ちなみに今は漆黒のドレスを纏っていた。服を着てくれと言ったら仕方ないのうと呟きながらも指を鳴らし、闇を纏った直後にはこの格好になっていた。吸血鬼の種族スキルなのだろうか、と《鑑定》をしてみると、<闇夜のドレス>とあった。一応装備品なのかと納得し、ため息を吐く。

まだ、お互いの名前さえ知らないのだ。


「俺はFebruary。……君は?」


問うと、少女はにんまりとした笑みを浮かべて、こう言った。


「妾こそ、吸血鬼の真たる祖、<ベアトリス>じゃ!」


それがFebruary、如月修介と、吸血姫、ベアトリスの出会いだった。



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