武人少女とその上司
「あらら、そこにいるのは獅子神少尉じゃないか。こんなトコになんのようだい?」
対銃撃用の訓練施設。あたしはここでひと汗流したところだったのだが、突然の上司の登場に驚き――はまったく見せずに問い掛けた。
理由なんて、聞くまでもなく分かりきっている。獅子神が最も苦手とするのが銃やそれに類する武器、ようするに魔法を用いない飛び道具だからだ。魔法の影響で誤作動を起こし易いため、あまり〈魔法使い〉は銃を使わないが、それでも例外はいる。
獅子神の友人の左川柾人とか、な。
「……十和子か。
おまえこそ、ここで何をしている? 銃に対する備えがいらないのはお前だろう」
あたしの質問は完璧に無視かいっ!
いやまあ何回も繰り返した問答ではあるんだけどさ。
「買いかぶってもらってるようだけど、あたしだって完璧じゃないんだよ」
「そうか。ならばお前を銃で殺すにはどうすればいい?」
「あーっと、寝込みを襲うとか」
「銃である必要がないだろう、それは」
まーね。このあたし、犬道十和子の魔法は『武人』。あらゆる攻撃は、あたしのもとへは届かない。
もちろん原理は秘密だ。知ってるのはこの世であたしと獅子神だけ。こいつには隠せない。なんたって『結界』は全ての魔法を知覚できるのだから。
その分魔法が関係ない攻撃に弱いのだけど。
「にしてもさー狡いよ獅子神。なんでお前が少尉であたしが曹長なのさ。
明石中佐パワーか?」
「関係はあるかもしれない。……が、俺は何も知らない。
よって現実的に実力だと考えるべきだろう」
「ああん! 獅子神、お前あたしより強いつもりなのか!?
お前との勝負は1000戦全勝、あたしの勝ち越しだろう!」
「いや……俺はそもそもお前と戦ったことはないだろう。いい加減にものを言うな」
相変わらずつまらないというか、洒落の通じないやつだな。だから明石中佐に遊ばれるんだってことがわかってない。まあ、あの人は他にも目的がありそうだけど。
あたしはあんまり中佐ののことを信用していない。軍の上層部――左帰師団長や湖陰副師団長は、基本的に全員信頼とかからはほど遠いが、あの人は何か雰囲気がおかしい。
言いにくいが、こう……静かなのだ。獅子神を見る目が。じっと観察しているように見えてしまう。……いや、あたしの考えすぎだろうけど。
「おい、十和子。……十和子? どうかしたか?」
「ん? ああ、なんでもない。少し考えごとをしててね」
「中佐のことか? あの人は良い人とは言えないが、悪い人じゃないぞ」
「いやそうじゃなくて……どうして獅子神は小太刀二刀流なんてマイナーな型を選んだんだろうって気になって」
本当は獅子神の予想は見事的中していたが、正直に答えるわけにもいかないので他のことを聞いてみる。これは前になごりんから教えてもらってから、いつかからかってやろうと思っていたのだ
「お前には言っていなかったか。
恥ずかしい話だが、俺は元々運動神経が良い方じゃない。普通の太刀二本やら小太刀と太刀の二刀流じゃ、確実に剣に振り回されると思ったんだ。
一期生になる前は完璧なインドア派
だったし、戦場に行ってからも哨戒機がわりの俺はほとんど実戦を経験していなかったからな」
「ふむふむ。
んで獅子神、建前じゃなく本音は?」
あたしの質問に答えつつも、真っ直ぐにあたしの目を見ない獅子神に切り返す。……いやいや狼狽えすぎでしょ、それは。まったくこいつは嘘に向いてない。下手すぎる。
というか、必要な時はしっかり使えているのに、どうしてこういう時は駄目なんだろう?
「た、建前も何も、理由はこれだけだ」
「じゃなんでそんなにどもってるのさ?」
「……………大したことではない。誰かに言うほどのことでもない。十和子、お前が相手でも、それは同じだ」
「へぇ、『太刀は攻める剣、小太刀は護る剣、だから俺に太刀はいらない』。これって、大したことじゃなかったんだな。あたしけっこー感動したんだけど」
「なっ!?」
獅子神の顔が驚愕に歪む。……だから、顔に出すぎだって。
普段はかなりポーカーフェイスだってのに。こいつ、本番のポーカーにも弱そうだよな。
「とっ、十和子! お前、それをどこでっ!?」
「んー、この前なごりんのとこに遊びに行ったら、特ダネだっていうから……買ってみた。
いや、本当に大爆笑。あんなに笑ったのは久し振りだったわ」
なごりん――情報屋の名残なごりの名を出すと、獅子神は心底嫌そうな顔をした。確かに、なごりんに情報が流れてしまえば撤回はかなり難しい。帝国軍組にも〈解放軍〉組にも、彼女を信頼している者はかなり多い。
なごりんは一期生の脱走組の一人で、今はどの勢力にも所属していない中立の情報屋だ。もちろん帝国軍の捕獲対象ではあるものの、なかなか彼女を捕まえることは難しい。そもそも、あたしたちはなごりんを真面目に捕まえようとしてないし。
「……十和子、それを誰にも言ってないな!?」
「まぁ今はまだね」
「誰にも言うな! これは上官命令だ! 分かったか!?」
「えー、んじゃ今度一回手合わせしてくれる?」
「ああしてやる! 何回でも!」
あたしは内心ガッツポーズをとった。獅子神の魔法はそれなりに厄介なので、対応策を試したいと前から思っていたのだ。
「じゃあ早速……って、どこ行くの?」
訓練施設の出口に向かって歩き出していた獅子神の背中に問い掛ける。折角勝負できそうだったのに。
「原因のところに行ってくる。これ以上広められたら面倒だ」
ああ、なごりんのところね。っと、そういえば……ああ、獅子神もういないし。結局なごりんのとこ行くみたいだから、獅子神への伝言は伝えなくても大丈夫かな。
遠くで訓練施設の大きな門が閉まる音がした。今からじゃ追いつけないだろう。
「別に獅子神が〈解放軍〉ごときに殺される訳ないし」
さっそくお気に入り登録をしてくださった方がいたようで、とても嬉しく思います。
今回、新キャラが出てきましたが、次回はもっと増える予定です。とはいえ、一同に会することはなかなかないでしょうが……。
一応名前が出てくるキャラは、一度は必ず活躍できるようにしたいと思います。意外なところでは、羽場あたりも。
<次回予告>
<解放軍>サイドの話になる予定です。長くなってしまうかも。時間軸的には、この話よりも少し前の話です。
同じく、一週間以内には投稿いたします。