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きみの手をとる物語  作者: 百賀ゆずは
第二章 きみに惑う
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第二節 聴取(「傷つけられてもいい」)

 取調室は――留置所など、被疑者が出入りする施設は全てそうだが、特殊な素材で囲まれていて、集中を乱して能力発動を阻害する微弱な電磁波が出ている。

 故にユミのほうでも、肌同士で直接接触しないとうまく読み取れないらしい。

「質問はこちらでするから、それに対する反応を読み取ってください」

 諒が説明した。

 制服に身を包んだユミがうなずく。

 諒、記録係の巡査、そしてアキラとユミとの四人に囲まれて、吉岡は居心地が悪そうだった。

 一晩経って、最初の印象よりもやや角が取れたというか、険はなくなっているが、それでも協力的とはいいがたい態度で、うつむいて口を尖らせている。泣き出す一歩手前にも見えた。

 なるほど、不貞腐れている。

「失礼します」

 ユミが吉岡の右辺の席に座る。

「彼女が読み取る。腕を出しなさい」

 諒に促されても、吉岡は動かない。

 奥歯を軋らせて、ただ低くつぶやくだけだ。

「……冗談じゃねえよ」

「君の個人的な秘密をいたずらに暴き立てるようなことはしないし、捜査に必要と思われる以外の情報は記録から永遠に削除される。プライバシーには最大限の配慮をするから」

「ふざけんな!」

 優しく諭すような話し方が、かえって神経を逆撫でしたらしい。

「気持ち悪いんだよ、触るんじゃねえよ! わかったよ、何でも話せばいいんだろ! 読むなよ!」

「――っ」

 振り回した手がユミを掠める。

 同時に投げつけられる言葉の刃にアキラのほうが思わず激昂しそうになる。

 何とかこらえられたのは、トウゴにさされた釘が効いていたのと――

「そういう言い方はよしなさい」

 諒が静かにたしなめてくれたおかげだった。

「すべては君自身がしてきたことの結果なんだ。万引きをしたのも、質問に答えずに沈黙し続けているのも、君だ。高校生は完全な大人ではないかもしれないが、子供には子供の、責任の範疇というものがある。自分で始末が出来ないなら他人が介入するのも仕方ない」

「うるせえ! 説教なんざ聞きたくねえ!」

 多分ライムがこの場にいたら「反抗期のテンプレセリフやな」と評しただろう。

「だから話すって言ってんだろ。さっさと出てけよ、いなくなれ!」

「……ごめんなさい」

 静かに謝るユミの表情は、髪に隠れて見えない。

 立ち上がり、そっとアキラに触れて、退室をうながす。

「それではわたしたちはこの部屋から出ます。宮本さん、後はよろしくお願いします」

「――わかりました」

 諒は真顔でうなずいた。



 言葉の通りその部屋から出た二人は、そのまま隣の部屋に入る。

 薄暗い。

 目撃者が面通しなどを行うための部屋で、マジックミラー越しに取調室の様子が見える。

 そこから差し込む光が、主な照明だった。

 隣の声はマイクで拾われて、スピーカーから聞こえていた。諒が説明をしている。

「……それでは、念のためにポリグラフをつけさせてもらうよ」

 アキラたちと交代で入った技術者が、吉岡の袖をめくり、腕に電極を貼りつけている。

 額と、耳、首などにもだ。

「少し物々しいが、より正確な調書を取るためだから辛抱してほしい。このような装置をつけていることによる緊張、取り調べそれ自体に対する緊張は結果から考慮されるので、気を楽にして……」

 もっともらしいことを言いながらも、ちら、とこちらに目が泳ぐのは、本質的にやはり嘘がつけない正直者だからだろう。

 吉岡につけられているのと同様の細いコードは、この部屋にも何本もあって、同じく先に電極状のものがついている。

 反対側の端は仕切り壁へ伸び、さらに辿ると吉岡に行き着く。

 途中で噛んでいるポリグラフは本物の機械ではあるけれど、ダミーだ。

 ユミが椅子に腰掛け、慣れた手つきでその電極を自分の肌につけていく。

 前述したように、取調室は特殊な素材で囲まれて微弱な電磁波が出ている。

 が、このマジックミラーを含んだ仕切り壁にはその素材は使われていない。

 世の中はよくしたもので、超能力を阻害する素材もあれば、補助するような素材もあって、今ユミと吉岡を繋いだコードは思念波を伝えることに長けていた。

 ――なるほどなあ。

 アキラはその能力の特性ゆえに、捕り物ばかりやってきていたので、こんな仕組みで取調べが行われているのは知らなかった。

 なお、諒は一言も「それでは精神感応による取調べは中止します」とは言っていない。

 限りなくグレーだが、嘘はついていない、というわけだ。

「準備、出来ました」

 ユミに促されて、アキラはヘッドセットのマイクに繰り返した。

「準備できた。いつでもいいよ」

「準備は出来たみたいだね。それじゃあ始めようか」

 耳栓型のイヤホンでこちらの指示を受けている諒の声が、スピーカーから聞こえた。

 質問は、名前や生年月日など、当たり障りのないところから始められる。

 時折、事件と全く関係のない質問を挟んで、ポリグラフらしく体裁を整えている。

 ――もっとも、詳しい人がこの様子を見たら、質問がまったくなっていないと眉をひそめるだろう。

 しかし、自由にイメージを読み取るためには、二択などで回答を迫らないほうがよいのだそうだ。

「――動機は?」

「……むしゃくしゃしてて」

「あのコンビニで繰り返していたようだけれど、何か理由があったの?」

「……ずっと前に、お釣りを間違えられたから。困らせてやったら面白いかと思って」

「盗ったものはどうした?」

「大体食べ物だったから、食べたり……友達にやったり……あとは捨てた」

「転売したりはしなかった?」

「してない。金になるようなもの盗らなかったし」

「――この能力に気がついたのはいつ?」

「ゴールデンウィークの……入る前」

「最初に熱が出て気がついた?」

「熱はあんまり出なかったと思う。だるいなあって思ったけど、計んなかったからわからない」

「病院へは行かなかった?」

「……行ってない」

 スピーカーからやり取りが流れる中、アキラは息を詰めて、ユミを見守っていた。

 目を閉じたユミは、呼吸をしていない。

 一分……二分……。時計の針が進んでいく。

 アキラのほうが先に息苦しくなる。

 肺活量には自信がある。

 潜水だったら五分くらいはどうということもない。

 だからもしかしたらユミも、外見に似合わない身体能力を持っているのかもしれない。

 そうは思っても、ただじっと動かないその顔を見ていると……息苦しいのだ。とにかく息苦しい。

 何だか、泣き出したいような息苦しさ。

 ちょうど三分経ったところで、諒が質問を止めた。

「ああ、すまない、ちょっと機械の点検を……」

 打ち合わせどおりだった。

 ふう、とユミが息をつく。静かに息を整えている。

 一分ほどそうしてから、アキラを見上げた。

 無言のまま、真っ黒くて真ん丸の、動物の子供のような瞳で促す。

「――諒、次の三分、行ってくれ」

「ごめん、待たせたね。それでは続きだ――」



 集中の方法として呼吸を止める、というのはよくあることだ。

 しかし、ユミの場合はそれこそが【枷】なのだ。

 【枷】とは、アキラたちが能力を発動するために必要となっている条件のことで、個人個人で異なっている。

 たとえばトウゴであれば、『睡眠状態にあるときのみ念写が行える』。

 ライムであれば『始動には言葉での指示が、継続には言語を発し続けていることが必要』。

 カスミの場合は『二つの物体の距離が急速に近づいて衝突しそうな場合にのみ、どちらか一方を瞬間移動させられる』。

 そしてアキラは――。


 三分を三回繰り返し、取調べは終了となった。

 マジックミラーのあちら側では吉岡の体から電極が外されているが、ユミは静かに息を整えることを優先させて、まだコードに繋がれていた。

「……大丈夫か?」

「……大丈夫です。久しぶりに長く潜ったので、少し」

 はにかみながら、額の電極を外した。『少し』頭痛でもするのか、そっとこめかみを押さえる。


「俺の【枷】は『見ること』だよ」


 唐突だと思いはしたけれど、どうしても今、それを告げたい気持ちになった。

「『対象物を凝視すること』」

 言ったからといって、何がどうなるというものでもない。

 だが【枷】は、自分たちにとってアキレス腱で、同じ部署の仲間であっても初対面で晒すことには抵抗があるし、臆面もなく尋ねることは出来ない類のことで――だから、ユミのそれを知った以上は、自分も言わなくてはいけないと思った。

 知ってほしかったのだ。

 ユミはじっとこちらを見上げている。

 小さく開きかけた唇がほのかに赤く、マジックミラー越しの光が黒髪に輪を作っていた。

 少しの沈黙。

「――わたしの【枷】は、『息を止めること』なんです」

「うん」

「……最初に、謝ってしまってもいいですか?」

 おずおずとユミが続ける。

「――いいよ」

 何を謝るつもりか見当もつかないけれど、彼女が心から謝ることを許せないなどとということはありえない気がする。

 だからこの「いいよ、許すよ」で話が終わってもアキラとしては問題が無かったのだが、ユミは「謝ってもいいよ」の意味にとらえたようで、膝の上に手を置いて、改まって言った。

「わたし……【枷】がこんななのに、息を止めてしまう癖があるんです。何か別のことに集中したり、緊張したり、あと驚いたときとか、知らない間に息を止めてしまって――」

 言いながらも息を詰めそうになったのか、意識して大きく、はあ、と吐き出す。

「人の思考が流れ込んできて、それで『ああ、今息を止めてたな』って気がつくことがあるんです。つまり……その……傍にいる人の考えを、決してわざとではないのですけれど、読んでしまうときがあって」

 だから、ごめんなさい、と深々と頭を下げる。

「本当は昨日、会ってすぐにお話しするべきだったんですけど、あの、その、タイミングが……ああ、いえ、今のところは大丈夫です、皆さんの考えとかは、読んでませんから! でも、その、これから多分そういうことが、絶対に無いとは言えないというか」

 そんなに焦らなくてもいいのに、一生懸命に伝えようとする。

 浅い呼吸を繰り返して、だから彼女は、気がつかない。――今のアキラの心の中に。

「お仕事以外の時は、なるべく近づかないようにしますから。それでも万が一読めてしまったら……って、先に予防線を張るのはちょっとずるくて申し訳ないんですが――!!」

 ぴくん、とユミの体が跳ねて、言葉が途切れる。

 アキラがそっと手を伸ばし、彼女の頭に置いたのだ。

 そうせずにはいられなかった。

 小さい。少し熱い。すべらかな黒髪がためらいがちに指に纏いついてくる。

「だから、いいよ、って」

 精一杯優しく伝えた。

「俺のほうは全然、構わない。気にすることなんてない。それよりも――もしも傷つけたら、ごめん」

 心の中身は綺麗なものばかりではないから……それを嫌でも読めてしまうというのは、どんなにか苦痛だろう。

「……アキラさんが」

「ん?」

 ユミが小さくつぶやいた。頭に手を置かれて、うつむいたまま。

「わたしを傷つけるなんて、ありえませんから」

 アキラは苦笑する。

「信頼はありがたいけど、俺だって人間だし、嫌な部分のひとつやふたつはあるよ」

 たとえばこうして、その髪に無性に触りたいと思ったことなどは、ユミにとっては「嫌な部分」かもしれないのだ。――次からは気をつけよう。

「ごめんなさい」

 しかし、アキラの言葉には何故か謝罪が返ってきた。

「本当に、ありえないんです――だけどわたし」

 静かに静かに、消え入りそうな声でユミは続ける。


「アキラさんになら、傷つけられてもいいですから……それを、忘れないでください」

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