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きみの手をとる物語  作者: 百賀ゆずは
第九章 メーデー
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第四節 彗星の堕ち行く先は

 一係二係、円陣を組んで最終の打ち合わせをする。

 トウゴたち二係は全員が【キャリア】だが、タカシのいる一係は違う。

 【一族】の能力者、中でも戦闘を得意とする者の集団だ。

 全体的にトウゴたちより年嵩でもある。

 トウゴと年近いタカシが一係の中では一番年下というところで、大体の見当はつくだろうか。

 もっとも、そこは妖怪とも言われた【一族】、中でも生え抜きの実力者たちのこと、みな実年齢よりも若く見える。せいぜい三十路になるやならず、くらいにしか思えない。

 八人構成の彼らだが、今この場にいるのは六人。

 特殊捜査課課長にして一係係長兼任のヒトミ刀自とじが、万一に備えて署内待機をしており、秘書その二にして通信係のヨシノ嬢がそばに控えているはずだ。

「確かに今回二係うちの人数は少ないが――こうして一係おとなりさんと組めるのは、むしろ幸いかもしれんな」

 トウゴが一人一人を確認するように見やる。

「【キャリアおれたち】の優位は、対SPで相手の力を利用してこその部分があるから。この間の地下独房で心底思ったよ」

「バカ言え。オレっちだってあんな化け物が相手じゃ分が悪すぎらァ」

 ツンツン赤毛頭のタダトモが、鼻の付け根に皺を寄せて笑った。

 パンクファッション、と言えばいいのか、やや刑事にはふさわしくないような出で立ちのこの男は、言動もそれに見合って、やや過激かつ危なっかしい。

 歩く火炎放射器とも呼ばれている。

 【キャリア】イコール化け物、と言い切ることに、特に何の遠慮も感じていない。――トウゴたちを前にしても。

 もちろん悪気はないのだが。

「ま、あんなんが待ち受けていないのを祈るのみだな」

 それがわかっているので、トウゴも軽く肩をすくめるだけだ。

「それでは、流れの確認を。まずは体育館を廻る結界の、術的解除及び介入をレイジ」

 うなずいたのは、学者か研究者かといった風情の男。結わずに後ろへ撫でつけた総髪が、いよいよ時代がかってそれっぽい。

 その目は軽く閉じられている。常に内なる宇宙を見つめて集中している、のだそうだ。

「同時に熊さんがドアを開ける」

「応」

 縦横共に周りの一・五倍はありそうなヤスヒコが大様おおようにうなずく。

 ファーストネームで呼び合うのが一、二係の慣習だが、彼だけは名字「熊谷」から取って「熊さん」と呼ばれていた。

 その体躯、その膂力、そしてそのひげもじゃの顔に豪放な性格、それでいてたとえば森の中で出くわしたお嬢さんに対しては紳士で優しいようなところは、正に「熊さん」という呼称がふさわしい。

「最速で術者の首根っこを押さえる必要がある――」

 トウゴはカスミに目を注ぐ。

「対象はステージ上。やれるな?」

「目視後なら、距離的には余裕です」

「目視後の方がいいだろう。感覚で探るとどんな目眩ましがあるかわからんし、おれたちのフォローも遅れる」

「おれも行こう」

 タカシが買って出た。

「二人分、いけるか?」

「はい、もちろん!」

 花の咲くような笑顔で返事をしたカスミが、がらっと表情を変えてライムに向き直る。

「というわけで、非常に不本意だがお前に頼んでやる。ちゃんとタイミング合わせて僕にぶち当たって来いよ」

「へえへえ」

「返事に誠意が足りない! いいか、今回はタカシさんも一緒なんだからな、みっともない真似するなよ。万が一にもこの人の長い足を引っ張るようなことをしたら、お前の秘密をネットにばらまいてやる!」

「やめてくれ、犯罪だ」

 静かに止めたのはタカシだ。

「大事な養い子に手錠を掛けたくはない」

「タカシさん! はい、もちろん、そんなことしません」

 うーわ。ライムが何とも言えない表情をした。

 あえて表現するなら、塩と間違えて砂糖で揉んだきゅうりに、さらに醤油と間違えてコーラをかけて食べてしまったような顔だ。

「あら、それってけっこうイケるかもよ? メロンみたいで」

 チサトがにまりと笑った。

 紐の端を口にくわえて、長い髪をひとつにまとめている最中。

 赤い唇、つり上がりぎみの目尻、蠱惑的――というより惑的な女性だ。

「――今の感想は言葉には出してないんだが」

「きゃは、ごっめーん、混乱しちゃったわ。通信モード中なもんで」

 違う、わざとだ。

 彼女は秘書その一、つまりヨシノの相方である。

 このやりとりもヨシノに、それを介してヒトミ刀自に、伝わっていることだろう。

 やれやれ。作戦会議が井戸端会議状態だと思われてはたまらない。

 トウゴはまとめに入ることにした。

「カスミたちのフォローにライム、タダトモが追走。おれとマコト、熊さんが他の敵に備える。レイジとチサトは生徒達の保護、誘導を中心に」

 もの問いたげに見つめているショウコには最後に視線を合わせた。

「連絡係、頼んだ」

「――はい」

「じゃあ! いつもの通り、これ預けちゃうっ」

 チサトがショウコに抱きつくようにして、その掌に光る物を押しこんだ。

 珠だ。直径三センチほど、大きめのビー玉くらい。

 中にうっすらと文字が透けている。

「わっちだと思って大事にしてね。通信モードのままにしてあるからね」

 ぐっと握りしめて、その存在を確かめるようにするショウコ。

 ショウコの能力――サイコメトリーは、証拠品から情報を読むほかにも多少の応用が利く。

 触れた機械・道具類の性能を十二分以上に引き出せるのだ。

 だから本気で無線を扱えば、タイムラグ無し、術式による妨害もある程度無視して、高性能の通信が出来る。

 ユミが来る前、高度の連携が必要な場合には、そうやって対応してきたのだ。

「――緊張するわ、久しぶりだし」

「だーいじょうぶ、多少マジックアイテムだけど、道具って事にはかわりないし。ばば様から何かあったら、そこに連絡来るから」

 一係の人間になら、拡散を念じるだけで届くという。

「現場責任者はおれ――でいいんだな」

 トウゴがマコトに念を押す。

 一係係長代理、すなわち実質的リーダーのマコトは、引き締まった表情、鷹のような目をした男で、長い髪をポニーテールに結っている。

 うなずくと、もみあげがさらりと揺れた。

「ああ。背中は任せて、存分に揮え」

「感謝する」

 その言葉を最後に、打ち合わせは終わり。

 一同は、戦いの場――体育館に向き直った。

「――強化術式、はじめ」

 マコトが静かに命じて、自らの右頬先に指で触れた。

 と、そこに紋様が浮き上がる。

 鱗粉をはたいたように白く光っているそれは、複雑な花びらが幾重にも重なった形で、敢えて言うなら牡丹に見える。

 一係の他の面々も、マコトに倣いおのが体の一部に触れた。

 タカシは左腕、チサトは右肘……。

 服の下に隠れていても透ける光は、しかしあくまでも仄かで温かく、穏やかですらある。

 吸気の音がした、と思った次の瞬間に、全員が祝詞を唱え始める。

これところいづ斎庭ゆにわと祓い清めて神籬ひもろぎ刺し立てき奉りせ奉る……」

 六人の声はぴたりと合わさり、響き合って、一つのうねりのように空間を震わせる。

 紋様からの光は、祝詞に合わせて明滅し拡がって、体全体を包みこんだ。

「……かしこみ恐みもうす」

 祝詞が終わる。すると光も、身に染みこむように、吸い込まれるように消える。

 ただ最初の紋様だけが、夜光塗料で描いたように残った。

「よっしゃあっ! これで六人りきィッ」

 タダトモがぱちりと拳を掌に打ち付ける。

「あんまり強そうじゃないよね、六人力ってさ」

 チサトが笑った。

六掛ける六ろくろく、三十六人力?」

「いっそ六乗とかになればいいのにぃ」

 軽口を叩きながら配置につくその背中には、歴戦の自信が溢れている。

「ええなあ、あれ。――オレらもああいうのやりません?」

「――無理だな」

 メンバーの個性と適性を考えて、トウゴはライムの思いつきを却下した。



 前もって合わせた針が十四時を指す。

 レイジ、ヤスヒコがこじ開けた道に、タダトモが躍り込んだ。

 カスミはその背中越しに体育館内部を透かし見る。

 目標、ステージ上の人物、視認。

 そのタイミングで、ライムが自分の質量をカスミに当てる――はずだった。

 だが。

 思いも寄らぬ光景に、全員が立ちすくむ。


 地には魔法陣。それは聞いていたとおりだ。

 そして、倒れ伏している生徒達。そこまでも、まだ予想の範囲だ。

 しかし、壁も天井も消え失せ、ただ闇が拡がっている情景は、理性を超えたところでこちらの意気を呑み込む。

 ましてその天に――


「――彗星!?」


 長く尾を引く、凶兆の姿。


 恐らくは模造品だが、美しい。

 それ故に禍々しい。


 闇の中、彼方にステージだけが存在した。

 異質な空間。人形をしまうケースのように。

 明かりが詰まったその中に、二つの人影。

 一人は、小柄な男性。

 年の頃六十がらみ、白髪白ひげ、少し鼻が大きめで、そこに小さいメガネがちょこんと乗っている。

 童話に出てくる優しいおじいさん然とした表情はそのままだが、今は白衣ではなく白いローブをまとっていた。

 医師、星宮。

 そしてその足下に横たわる、人形のように白い体。

 角度的に細部は見えない。

 だが、二係の面々――トウゴ、ライム、カスミは直感した。

 あれは――「解」だ。


「ちぃっ! とりあえずぶち当たるで、カスミちゃん!」

「待て!!」

 カスミの鋭い制止が飛ぶ。

「だめだ、ノイズが多すぎる――。この粒子、裏にも干渉してる」

 真っ暗に見えた空間だが、白銀の細かい粉が大量に飛散していた。

 光に埃が舞うように、辺りを煙らせている。

 ちらちらと、それは倒れている生徒達の体から零れ出ているようだった。

 不規則にうねっているように見えて、しかし全体的にはゆっくり確実に、天に向かって昇っていく。

 その先に、かの彗星があった。

 彗星は、白銀の粉、光の粒子を吸いこんで、力を内部に蓄えているように見える。

「SP……彗星……」

 誰ともなく、つぶやいた。

 年若いカスミやライムは、それを直に見た記憶は無い。

 最初に現れた年はもちろん生まれていなかったし、直近の時でもまだ幼くて、物心もついていない。

 だが、わかるのだ。

 散々見てきた映像資料と重ね合わせてのことではない。

 わかるのだ。否応なく。

 これは、あの彗星だ。

 少なくとも、それを目指して作られている、模造品だ。


「ようこそ、不忍署の皆さん」

 朗々たる声が響いた。

「ちょうどいいところへいらした。今から奇跡の実験がクライマックスを迎えるところです」

 ステージの星宮が腕を広げた。

「そうか、それは残念」

 トウゴが返す。

「見届けられないぜ。潰させてもらうからな」

 カスミの前に出て踏み込もうとした、その体に、白銀の粒子が渦巻き襲いかかってくる。

「――つっ」

 じりりと感じたその痛み。

 解と戦ったときに、彼から零れ出ていたものと、同質の力だった。

 肉が、存在が、分解されて持って行かれる感覚。

「大人しくそこにいた方がいい。濃硫酸の海を泳ぎ渡るようなものです」

 星宮がくつくつと笑う。

 それが癪に障ったのか、タダトモが声を張り上げた。

「――どきな、トウゴ! こんなんこうして――」

 素早く数種類の印を結ぶ。

「燃しちまえ!!」

 突き出した手から、紅蓮の炎が噴き出した。

 ばちばちばちっと、大音声を立てながら確かに炎は粒子を焼いて――。

 ――まずい。

 トウゴは咄嗟に飛び出した。

 炎の流れに、腕を突き立てる。

「『固まれ』!」

 己の力を解放するワードを口にして、白銀の粒子を操った。

 間一髪、炎が止まる。

 油が火を導くように、炎は粒子を辿って倒れた生徒たちまで届いてしまうところだったのだ。

 火傷と、相殺しきれない白銀の粒子に侵される痛みとで、脂汗がにじむ。

 空間に肉の焦げる匂いが漂った。

「炎術解除! うかつに動くな!」

 マコトが炎を打ち消し、タダトモ以下に命じた。

 しかしライムは

「『流す』!」

 結界を展開し、トウゴの傍らに駆け寄る。

「大将、ちょ、腕黒焦げですやん!」

「――こら、うかつに動くなと」

「せやかて、睨み合ってても千日手や。この間と同じ防御は使えるみたいやし、オレらが切り込むしかないやんか」

「言っておくがライム、お前の電撃も使うなよ。粉塵爆発でも起こしたら、体育館ごと吹っ飛ぶぞ」

「く――」

「ははは、それは避けたいですな」

 星宮が、世間話のように笑った。

「もう間もなくですからね。そんなに焦れずに見守っていただきたい」

「――何をする気だ」

「星に願いを」

 す、と右腕を掲げ、人差し指で彗星を指さす。

「人形に、命を」



「この素体は、十四年前の事件の際に手に入れた物です」

 星宮は足下に横たわる白い体を顎で示した。

「ステージという密室に残された、藤沢『来栖』の体ですね。ご遺族には、検体として提出していただく形を取りました。あなたがたのいう【キャリア】の中でも、非常に特異なサンプルですから、そのまま捨ててしまうなどはもったいない」 

 そして実際、今こうして役に立つ訳です、と鼻に乗せた眼鏡を押し上げる。

「そして、この生徒たちには、長期間例の薬剤――ケリュケイオンを投与しました。あれはつまり、解の細胞でもあり、凝縮された力であり、抽出されたSPウィルスでもあるわけです」

 応えるように白銀の粒子がぐるぐると舞う。

 相殺の結界を維持し続けることが困難で、トウゴとライムも最初の位置に撤退を余儀なくされていた。

 全員が入り口の境界付近に並び、星宮の話に耳を傾けざるを得ない。

「生体に蓄えた粒子を、今ここで取り出しました。彗星の形を取るのは、それが象徴だからです。我らが力の源、拠って立つ所、懐かしき起源――」

 くい、と星宮が凧揚げのように手首を動かす。

「さあ、今。再び『解』は生まれ来る。今度は余計なことを考えぬ、全くの従順な人形として」

 呼応して、彗星が震えた。

 そしてまばゆく光り、長い尾を揺らめかせながら、白い体めがけて落ちていった。


 どかん、というより、むしろ、ずるん、と。

 卵の殻から卵白だけが抜ける感触で。

 彗星は人形の中に入り込んだ。

「この十年間研究を重ねてまいりました」

 ぶるぶると震え始めた解の体を足下に、星宮は笑う。

「我々の『錬金術』でもね、ある程度彼の能力をなぞることは出来るようになりましたよ。ただ、やはり効率が悪い」

 錬金術と来たか。

 こちらが唇を歪めたのを見て取ったのか、星宮は続ける。

「もちろん『錬金術それ』は便宜上の名称です。私どもも、あなた方が事象を『SP』や【キャリア】と分類するように、独自の名称、体系を有しております」

「『七角錐』内部で、ということか?」

 組織の名前をぶつけてみたが、星宮は否とも応とも答えず、薄く笑うだけだった。

「――【一族】の皆さんが『妖怪』であるならば、わたしたちが『錬金術師』を名乗ってもいいでしょう。さて、頃合いのようです」

 『解』の白い体が、ひときわ大きく痙攣する。

 仰向けの姿勢から寝返りを打ち、右側面を下に。

「さあ、目覚めなさい。私の可愛い人形ホムンクルス

 呼びかけに応えるように、胎児のように身を丸めた後、地面に腕をついて、ゆっくりと起き上がった。

 長い髪が顔にかかり、表情はうかがえない。

 葛原医師よりも細い体は、よく見れば女性の特徴を示していた。

 薄いけれども乳房には丸みがあり、下腹部はなだらかに落ちくぼんでいる。

「最初の仕事です。あいつらを――消しなさい」



 その刹那。

 ――払え!

 という命令が空間に響いた。

 タカシが受けて、見えぬ刀を居合いで抜く。

 腰の高さで薙いだ。

 やや薄くなっていた白銀の粉の霧が、そこだけ払われて真っ黒い隙間が空く。

「うっりゃああああああッ!!」

 タダトモが、腰より上の部分だけに炎を吹いた。

 隙間が幸いして、今度は生徒達まで延焼しない。

『カスミちゃん、跳んで!』

 無線からショウコの声。

 同時に、チサトがカスミに、襲いかからんばかりの勢いで飛びついた。

「さもないと捕まえちゃうぞ!」

 ひっ、と悲鳴のような音を残して、カスミの体がかき消える。

 炎がノイズである白銀の粒子を払った、その道筋を抜けて、一気にステージへ。

 チサトも、その勢いのまま、後に続いた。

 空中に見えぬ足場を作ってはそれを蹴り、時折蜻蛉を切りさえして、ごく身軽に宙を駆ける。

「防護術式――」

 マコトの令に、レイジが唱和する。

 横たわる生徒達を光る薄衣が覆い隠す。

「――行け、トウゴ、ライム」

「おおきに!」

 駆け出す二人、そしてタカシ。

 幸い、星宮以外に「敵」の姿は無い。

 すでにカスミはステージに現れている。

 捕れる――そう思った刹那。

 妨害は、思わぬ方向から現れた。


 足首を、掴まれた。

 反射的に逃れたが、バランスを崩す。

 咄嗟に突っ張った足が、何かを踏んだ。

 ――いや、「何か」は一瞬の間に足の下に滑り込んできて、敢えて踏まれたのだ。

 それは、女生徒の手だった。

 細い骨が軋む、嫌な感触。

 だが彼女は悲鳴一つあげず、手を踏まれたままで起き上がろうとすらする。

 慌てて飛び退く、その膝に後からすがりつく――別の生徒。

「うわ、何やねん、これ!!」

 むしろ悲鳴を上げたのはライムの方だ。

 タカシも、ライムほど無様ではないにしろ、難儀している。

「――おや」

 楽しそうな声で笑うのは、星宮一人。

「これはとんだ――誤算だ。肉体の方に引っ張られたか――『繰素くるす』」

 ステージの上でスポットライトを浴びて立つ『解』は、うつむいたままで軽く腕を掲げている。

 まるでピアノでも奏でるように、その指が閃く。

 呼応して、一人また一人と、生徒達が起き上がり、立ち上がり、トウゴたち特殊捜査課を押さえ込もうとする。

 もちろん彼らの力は弱い。

 一対一では、本気を出したトウゴたちの障害にはなり得ない。

 だが――本気を出せない故に、それは恐るべき障害だった。

 まして、これだけの人数が一気に襲いかかってくれば、その質量たるや言わずもがな。

 巨躯を誇るヤスヒコですら、その分多くの生徒に取りすがられて、動きを制限されている。

「カスミは!」

 ステージの上に跳んだまではよかったが、彼は彼で苦戦を強いられていた。

 『解』の力――全てを解く結界もまた健在なのだ。

 星宮に近づこうとしても、阻まれる。

 チサトが援護するも、うまく行かない。

 そもそも攻撃力よりも機動力が高い組み合わせで、その機動力が十全に生かせない状態では、じりじりと押されていくばかりだ。

 そうして時間ばかりが経つうちに、一度は炎で焼き、払い上げたあの白銀の粉たちが、空から舞い降りてきた。

 トウゴたちの髪を、眉を、頬を、触れた先から分解していく亜物質。

 ――まずい。

 生徒たちに更なる危険が及ばないとも限らなかった。

 先程までは、自らの中から引き出されたばかり故にか、常に上に昇って戻ることがなかったからか、彼らを溶かすことはなかった。

 しかし今、一旦離れて再び接触することとなったとき、粉にとってはトウゴたちも生徒たちも等しく「異物」である――その可能性も高いのだ。

 生徒たちの安全が最優先。

 だが、手詰まりだ。

 どうすれば――どうすれば。

 トウゴは無意識のうちに、自らの【チタン】に指を伸ばしていた。

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