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きみの手をとる物語  作者: 百賀ゆずは
第七章 無貌の告白
28/42

第一節 山手線ゲーム

≪主な登場人物≫


アキラ:主人公。サイコキノ。

ユミ:ヒロイン。テレパス。

ライム:アキラの相棒。テレキネシス。

カスミ:情報担当。テレポーター。

ショウコ:事務担当。サイコメトラー。

トウゴ:係長。念写。


葛原櫂:鷹群高校嘱託医「星宮医院」に勤務する医師。


藤沢来栖:十四年前の事件で遺体となって発見された少女。

藤沢解:来栖の兄。

 翌六月五日、日曜日、未明。

 アキラたちは星宮医院の前に待機していた。

 葛原医師確保のためだ。

 星宮院長の自宅は診療所と同じ敷地に建っており、葛原はそのうちの一室に起居していた。


 昨日土曜日の午後から夜にかけて、例の人形たちが相次いで目撃された。

 今度は万引きではないものの、もっと直接的な騒ぎになった。

 ファーストフード店にふらりと入ってきた学生数人組が、奥の方の席に座った――かと思うと消えている。

 あとに残る大量の砂。

 かと思えば、鷹群高校内複数箇所で、不審な生徒が目撃される。

 制服は確かに鷹群のものだが、顔に覚えがない。

 というよりも顔が認識できない。

 違和感を覚えて、見回りの職員が声を掛けるも――次の瞬間には消えている。

 あとに残る大量の砂。

 一番ひどかったのは駅構内での事件だ。

 鷹群高校の制服を着た生徒が、電車とホームの間に落ちた。

 多数の乗客が目撃し、乗員に知らせた。

 発車を遅らせて救助に駆けつけた車掌が見たのは――

 あとに残る、大量の、白い砂。


 こうなって来ると、目的だの正体だの、また容疑がどうの令状がどうのとは言っていられない。

 とにかく糸口は葛原櫂だけなのだから、早急に押さえるしかない。

 とはいえ、準備無しに踏み込むことも出来なかった。最悪の場合近隣の一般人を巻き込んでしまう恐れもある。

 ほぼ徹夜で準備をして、今ようやくそれが整うところだった。

 無線が入る。環境係のホヅミ氏からだ。

『お待たせしたねえ。結界強化終わったよぉ』

 のんびりした口調、チューバのような声。そのしゃべりは少し独特だ。

『もうこれで多少暴れられても大丈夫だからあ』

「ありがとうございます」

 代表してトウゴが礼を述べる。

『ゆーあーうぇるかーむ。じゃあがんばってねえ』

 アキラが意識を集中すると、確かに道路や壁に細い光の筋が見えた。

 複雑な文様を描き、縦横無尽に張り巡らされている。要所要所にはお札が貼られて、力を調整しているに違いない。

 SP能力者とは違う、アキラたちとも違う、【一族】の手法だ。

 彼らのフォローなしではアキラたちは充分に働けない。

 以前に述べたとおり、【キャリア】はSP能力者に対して有利な立場にある。

 彼らの力を反作用で逸らし、逆にそれを利用して押さえ込むことも出来るからだ。

 だが、何しろ絶対数が少ない。

 一斉に多数を敵に回しては、先に消耗し倒れてしまう。

 その消耗を極力抑えつつ、SPの力も殺ぐ結界には、本当にお世話になっていた。

 アキラには違いはよくわからないが、今回の結界は特に、対【キャリア】も想定してのものになっているらしい。

 ユミの声が脳内に響く。

『――応接間に、気配があります。以前と同じく、心は読めません。気をつけてください』

 同時に家の間取りが浮かぶ。

 不思議な感覚だった。

 見取り図ではないし、実際に目に映る景色とも違う。

 ただ、高さや幅、奥行きなどの距離感が「わかる」。

 物の存在が「わかる」。

 敢えて映像化して説明するなら、黒地に白い線で書いた立体迷路、だろうか。

 そして同時に、これが瞬間移動を使う際にカスミがいつも把握している情報なのだということも「わかる」のだった。

「線画か。渋いなあ」

 傍らのライムが小さくつぶやいた。彼にも同じものが見えているようだ。

「……やりこんだからね」

 声は背後に突然現れた。カスミだ。

 一度後衛のユミの元へ戻り、情報を「読ませて」帰ってきたのだ。

「何か、変な感じだ。言語ならともかく感覚を伝達するのって」

 しきりに眉の上をこすっている。

『星宮院長は――』

 再びユミの声。

『二階の寝室にいて、夫人とともに眠っているようです』

「オーケイ」

 夫妻は、突入後、カスミが飛んで保護する予定になっていた。

「では」

「行こか」

 アキラとライム、そしてカスミは、門を抜け玄関へ向かった。


「玄関口付近には何もいない」

 カスミの走査に目配せをしあう。

 彼が銀玉鉄砲を玄関のノブに向けて撃つ。

 と、ドアがほんの少し開いた。

 デッドボルトとラッチボルトは出っ張らせたまま。鍵付き引き出しを開けたのと同じ要領だ。

 テレポートでの侵入は避けた。一度に運べるのは一人が限界だし――万が一の待ち伏せの可能性を考えれば、複数人数で一時に踏み込んだほうが確実である。

 ドアを開け、ライムとアキラが滑り込んだ。カスミもその後に続く。

 靴のまま応接間へ向かう。

 白木に模様ガラスの嵌ったドアは、開いていた。

 気配を探りながら飛び込んだ。

「警察や!」

 ライムが名乗りを上げる。

 葛原医師がいた。静かにソファに座り、膝の上で手を組んでいた。

 薄暗い部屋に、カーテンの隙間から仄かな光が差している。

 まだ日の出前であり、本当に微かな明るさだが、葛原の白い顔を薄闇の中際立たせるのにはかえってふさわしく思えた。

 スポットライトみたいだ、とアキラは場違いな感想を抱く。

「葛原櫂、やな」

 彼の表情は動かない。

「薬事法違反、危険特異能力所持及び不正使用容疑で、緊急逮捕する」

「――どうぞ」

 葛原はそっと両手首を差し出した。

 予想外の行動に、思わず身構えたが、静かな声はさらにアキラたちを促す。

「抵抗はしません。こうなることはわかっていましたから」

 罠を疑いたくなるが、しかしこのまま睨み合っていても埒は明かない。

 ライムが見守る中、アキラだけが近づいて、手錠をかけた。

 通常のSP用とは異なる、対【キャリア】仕様のものだ。

 アキラもその昔、短期間ながら繋がれたことがある――。

「こ、れは、一体……」

 背後で声がした。振り返ると、六十歳くらいの小柄な男性がパジャマ姿で廊下に立っていた。

 少し鼻が大きめで、そこに小さいメガネがちょこんと乗っている。白髪頭で口元にも同じ色の髭をたくわえている。

 童話に出てくる優しいおじいさんのような外見だ。

 その向こうで、夫人らしき女性が気遣わしげに様子を伺っている。

「だから、警察ですって言ってるのに」

 さらにその後で、星宮夫妻を保護しに階上へ跳んだはずのカスミがふくれていた。

 だから物わかりの悪いやつは嫌なんだ、と口癖の幻聴が聞こえる。

「星宮先生ですね?」

 アキラはそっと確認した。

「葛原――被疑者を、緊急逮捕します」

「逮捕……!」

「恐れ入りますが、先生にもいくつか伺いたいことがあります。支度をしていただいて、後からでけっこうですから、署までおいで願えますでしょうか」

「……何かの、間違いでは」

 星宮医師は泣き出しそうな声で、ライムとアキラ、カスミを順繰りに見て、それから葛原に目を向けた。

「葛原くん――」

「ご迷惑を、おかけしてしまって……」

 微かに、ほとんどうつむくように頭を下げた。

「いや、そんなことはどうでもいいんだよ。待ってくれ、弁護士を……」

「刑事さん」

 星宮の言葉を遮り、葛原が頭を上げる。

「お話は署でします。星宮先生には一切関係がありませんから、これ以上は」

 このような局面でも、葛原の表情はどこか透明で、思いが読み取れない。傍らのアキラを促すように、進んで歩き出した。




「何や、拍子抜けやな」

 ライムがあくびを一つする。詰め所の席で、机にだらりと身を投げ出した。

 ほぼ完徹だったところで緊張が解けて、果てしなく眠いらしい。一応仮眠はとったが、足りないようだ。

「もっと激しいドンパチがあるんやないかと思ったんやけど」

「したくはないけど、同意」

 カスミもさすがに眠そうだ。ライムほどだらしない格好ではないが。

「【チタン】もさくっとついてもうたし。あとオレらは何したらいいんやー」

「バーカ。取調べとか、これからが本番だろう」

「そうだぞ」

 見かねてアキラも口を挟む。

「星宮医院で押収したファイルで、例の薬を投与されてた人を調べて、検査と治療をしなくちゃいけないし」

「そっちは医局へお任せや」

「背後関係も調べなくちゃ」

「背後関係、なー。あのコンガリコーンが」

「コンプリート・コーン」

 カスミが冷たいツッコミを入れる。

「お前でもわかるように訳すと『完全な円錐』、かな」

「コーンてトウモロコシちゃうのん」

「それはcorn。あの会社はcone」

「そんなん今初めて聞いたがな」

「お前ほんとに人間か?」

「何でそこまで言われなあかんねん」

「お前らいい加減にしろよ、話がちっとも進まない」

 アキラとしては二人のこんなやりとりを聞くのは久しぶりで、まあまあ楽しくなくもなかったのだが、それはそれ。

 こんなにだらだらしていると、そのうちに暇を持てあまして言い争いがヒートアップするのは目に見えている。こまめな牽制が必要だ。

「まあまあ、コーヒーでもいかが?」

 ショウコとユミがお盆に乗せたカップを配る。

 アキラの分はユミが配った。

 思わず手首を見てしまう。

 アキラの【罰】を引き受けて負った火傷は、もうすっかり治ったようだった。

 こっそりと、安堵の息をつく。

「久しぶりよね」

 ショウコもアキラに近い感想を抱いていたらしい。

「みんなで揃ってお茶を飲むのも」

 コーヒーメーカーがやっと活躍、とにこにこしている。

「トウゴさんがいませんけど?」

「医局で打ち合わせしてるわ。その、お任せする諸々の件について」

「ほらやっぱり。餅は餅屋や」

 ライムはすっかり丸投げで、エンディングモードだ。

 頼りになる相棒だが、飽きっぽいのが時としていただけない。

 アキラとしては、どうにもしゃきっとしないのだ。

 体調不良やなんだかんだで、事件全体に関わる割合が少なかったせいもあるだろうが、これで自供を待ってめでたしめでたしはあり得ないだろうという気がする。

 もう少し、話し続けていたい。この件について。

 話して、自分の頭の中も整理したい。

 コーヒーをすすりながら考えて――閃いた。

「――山手線ゲームでもするか」

「何やて?」

「山手線ゲームだよ。古今東西でもいいけど」

「古今東西が何だって?」

 カスミも怪訝そうだ。

「古今東西、この事件の未解決な部分、疑問点について」

 ゲームならやる気になるだろ? と聞くと、ライムが「あーあ」という顔をした。

「アキラお前、まさかとは思うけど『楽しみながら勉強が出来ます』とか『食べながらダイエットが出来ます』とかいう通販番組に騙されるクチか?」

「いや、全然」

「……まあええか、こんな会話も久しぶりやし。付きおうたる」

 椅子に座り直したライムが仕切り始める。

「じゃあオレから行くでー。古今東西以下略でー、動機!」

「その、ざっくり過ぎる答えはやめろ」

「次カスミちゃんやで」

「……星宮医師は本当に事件に関与していないのか」

 星宮は、葛原のカウンセリングについて、自分は一切立ち入っていなかったと証言した。

 もちろん、院内で行うことを許可をしたのは認めている。

 しかし、提案したのも担当したのも葛原で、星宮はその内容も、投薬の事実さえ知らなかった。

 ――私は心理学は専門外ですし、生徒さんたちは葛原くんを信頼して話をしに来るのですからね。同じ病院であるとはいえ、生徒本人の許可無くその情報を分け合うことは、プライバシーの侵害に当たると感じました。

 というのが、彼の言い分であった。

 一理はあるのかもしれない。まかり通る理屈であるかは別として。

「はい、ショウコさん」

 なんだかんだと言いながら、カスミもバトンを回す。

「え、ええと」

 ショウコは胸前で細い指を絡め合わせた。

「薬剤K――ケリュケイオンの入手先」

 瞳の色がほんの少し、深くなる。「読んだ」ときの感触が思い出されたのかもしれない。

 その目を向けられて、ユミが瞬きする。

「Kの投与は人体にどんな影響を及ぼすのか。二次感染の原因となり得るのか。――アキラさん、一周回りました」

 うなずいて、アキラは口を開く。

「葛原医師は本当に藤沢解なのか」

「そこからか?」

 ライムがツッコむ。

「それはそうだよ、結局推論の域を出ていないんだから。本人の供述と科学的な裏づけ調査と、検証が必要だろ」

「それ言うんやったら、『藤沢兄妹に対してオレらが立てた仮説は正しいのか?』もアリやろな」

「――そこは葛原医師に突きつける肝だからなあ。間違ってるとまずい」

 声は入り口付近からした。トウゴが戻ってきていたのだ。

「大将いつからそこにおったん?」

「アキラが通販番組には騙されないという辺りから」

 面白そうだったんで見てた、とぬけぬけと言う。

「じゃあリーダー、僕の前にどうぞ」

 お手並み拝見、とカスミが譲る。

「駆けつけ三杯、だな」

 太い首をすくめて、トウゴが部屋の奥へ進んできた。

 ショウコがすっと立ち上がり、コーヒーを持ってくる。

「……藤沢兄妹の覚醒は」

 カップを受け取り、一口すすって、おもむろに話し出した。

「あの日の体育館ステージではなく、恐らく来栖が高校に上がる前に起こったのだと思う。ここまではいいな?」



 二重人格。

 それが、アキラたち二係で立てた仮説だった。

 しかもそれはいわゆる精神病理的なものではなく――物理的な意味での、二つの魂の同居。

 ショウコが来栖の台本から読んで、トウゴが念写した写真は、少し奇妙なことになっていた。

 数枚ある写真の色調が、二種類のものに大きく分けられたのだ。

 赤やピンク、オレンジ黄色といった暖色系と、青や緑の寒色系。

 全体にうっすらとその色がかかっていることもあれば、全体には彩度の落ちた白黒写真のようになっているのに、暖色・寒色の部分だけその色が残っているような、加工したような色合いになっていることもある。

 いずれにしてもとにかく、印象として二種類。

 そして、暖色の方の写真の中で、「来栖」はカラフルなペンで書き込みをし、仲間と大口を開けて笑いあい、追いかけっこをしたりする。

 寒色の写真の方では、黒いペンで書き込みをし、深刻な表情で議論をし、物思いにふけったりする。

 さらに面白いことに、混色の写真も見られた。

 数枚ある演技中の写真を、練習の進行度合いを推測して並べ替えてみる。

 芝居作りの最初の方らしき、ジャージ姿での読み合わせが暖色。

 同じくジャージ姿で、台本片手の立ち位置決めも暖色。

 だが時折、刷毛で塗ったような寒色の筋が現れることがある。

 そんなとき、来栖は決まって台本を外しているのだ。

 他の役者たちがまだ手放せないでいる段階でも、もうすっかり台詞も動きも覚えたというように、自信に満ちた顔つきで――。

 衣装が出来上がり、それを着けている来栖の姿は、確かに少年探偵の趣で、纏う色合いも寒色。透き通ったブルー。

 そして、休憩時間にその格好のまま友達と笑いあう姿には、さらにピンクが塗り重ねられている。覆い隠すように。

 いびつに混色した紫は、しかしやがて青に寒色に押し切られていき、最後の方では仲間の前でおどけている表情にすら、落ち着いた青以外の色は混ざらない。

「人体を分解し、再構築する、というのが、おれたちが想定した『解』の【力】だが」

 検証時、トウゴは給湯スペースから砂糖とクリームパウダーを持ち出してきた。

「もしその力が、兄妹同時に発動したらどうなるだろう」

 言いながら、二種類の白い粉を混ぜる。

「お互いがお互いを分解してしまい――再構築しようとする。だが一人しか生き残れない。そのとき」

 もう選り分けようのない粉の山が机の上にあった。

 ショウコの、話に参加できない、外国語の中に取り残されているようなたたずまいが、仮説の大方が正しいことを告げていた。



「来栖の高校入学前に事件が起こった。だから中学と高校では顔が違う、ということでしたよね」

 仮説の検証を脳内でなぞり、アキラが確認する。

「そうだな」

「何故顔が違うのに、来栖として生きることになったんでしょう」

「その辺りはわからんが、表人格が来栖だったか、もっとごまかしようのない特徴――性別が女だったから、ということかもな」

「解の――兄の昔の写真は、結局見つからなかった」

「そう」

 カスミが答える。

「大方、処分されたんだと思う。小さい頃から入退院を繰り返して、数も少なかったろうし。でも、あの顔がもともとの解と同じだとも限らないよ」

「病みがちやった兄貴の方が亡くなりましたぁ、の方が処理しやすかったちゅうことやないか?」

「でも出てないんだよね、兄の死亡届」

「家族の方では、出来るところまで隠蔽するつもりだったんだろうよ」

 トウゴがもう一口コーヒーをすすった。

 ちなみにあのとき混ぜた砂糖とクリームパウダーは、その後何回かに分けてトウゴが美味しくいただいた。

「……遺体が、なかったんだろうなあ」

 あったとしても、形をとどめない、さらさらの砂だったのかもしれない。今回の一連の事件のように。

「そうして、一体に再構築されたあとも、兄と妹は戦っていたんだ。生き残りをかけて」

 来栖が忘れっぽい性格だというのも、人格が入れ替わるたびに記憶に混乱があったのかもしれない。

「ここまでが仮説の整理ですよね?」

 アキラが尋ねる。

「トウゴさんは何を疑問点としてあげるんですか?」

「分解、再構築、二重人格。そして兄妹は再び分かれる時を迎えたと仮定して――何故、舞台の上に来栖の死体があったのか。いろんな意味で」

「いろんな意味ってズルないか?」

「一番最初に動機とか答えたヤツが何言うんだよ」

「ほれ、次はカスミだ」

 トウゴがバトンを回す。

「ええと、……篠原史行はどこへ消えたのか? 彼が犯人だなんて、もう誰も思っちゃいないだろうけど」

 次はショウコが、唇を人差し指でゆっくりとなぞる。言葉を取り戻しているように。

「……何故、彼は、脚本、の見返しに、『流星群へ捧ぐ――』などという言葉を書いたのか?」

 それから、ユミの手にそっと自分の手を重ねた。

「サイコメトリーの結果についてですよね?」

 ユミが後を引き継ぐ。

 彼女の能力を以てしても、サイコメトリーで読んだ情報を直接拾うことは出来ないのだが、今のショウコ自身の混乱から言いたいことを掬うことは出来た。

 最近ショウコはユミにこのフォローを頼んでいる。体に触れるのがその合図だ。

「篠原少年の脚本からは、流星群の写真が撮れました。ちょうど見上げている視点です。恒星の位置などから新おとめ座流星群――SPだと推定されます」

 しかし、かの脚本の中には流星のりゅの字も出てこない。

「――そして、何故かほとんど同じ写真が、藤沢……さんの脚本を読んだことによっても『現像』された。これは一体何を意味するのか」

 そしてその一枚には、淡いブルーがかかっていたのだ。年若い恒星の炎の色。

 ショウコがゆっくりとうなずき、肯定した。

 ユミは文末の疑問形で自分のターン終了としたらしく、アキラを目で促す。

 うなずいて、一言。

「何故ステージは密室だったのか」

「アキラはいつでも大上段やな」

「正眼や八相も好きだよ」

「何でアキラは天然なのか」

「うぉーい、真面目にやれー」

「それはアキラに言うたってや、大将。ええっとぉ、何やみんな十四年前の話ばっかりになってきたから目先変えよ。ええと、『人形』『K』の原材料はどこから調達されたんか」

「……葛原櫂は、何故大人しく捕まったのか」

 トウゴがあごをさする。

「そしておれたちは、こんなことをしていていいのか」

 一同はそれぞれの表情で考え込んだ。

「疑問、まだあります」

 カスミが手を上げる。

「コンプリート・コーンの正体、結局まだわかってない。表向きは普通の企業だ。鷹群高校には出欠管理システムを、その嘱託医には電子カルテを売り込み、一元管理できるようにしたのは偶然か」

「お前はどう思う?」

「そりゃあ何かあるでしょう。鷹群高校に狙いをつけたのは十四年前の事件があって売り込みしやすかったからだろうけど……」

 しかしそもそも、十四年前の事件を調べてそれを糸口にしようというのが――否、超能力風邪の管理用とも言えるシステムを開発しようというのが、あまりにピンポイントなこだわりに過ぎる。

「まだまだ現段階ではニッチ産業だ。市場開拓、企業努力と言われればそれまでだけど」

「にっちもさっちも」

 予想の範囲だったのだろう、カスミはライムの茶々を無視する。あるいは期待してその単語を口にしたのかもしれないが。

「海外の企業、海外の留学先、海外の研究機関……」

 ショウコが首を傾げる。

「外国で医師免許を取ったからと言っても、日本で許可を得るのって確か大変だったはずよね。――葛原医師があっさり通ったのって、何故かしら」

「……日本でもごり押しできる位置にいるってことかな」

 トウゴが低い声でつぶやいた。

「さっきのライムの疑問だが、『材料』調達は葛原一人の力では難しい。いや、調達は出来ても、相応の行方不明者が出るのを隠しきれるもんじゃない」

 もちろん、年間に発生する行方不明者の数は膨大だが……全国各地で届けられるそれらの案件がすべて、東京で普通の生活をしている医師ひとりの手によると考えるのもおかしな話だ。

「Kの材料は葛原がせっせと分解して作るとしても、薬剤の形にしたのは誰だ。ご丁寧にあんな、市販の薬の体裁で」

 葛原の力を利用している組織があるとして――。

「何故やつはわざと捕まった?」

 トカゲの尻尾切りか――それとも。

 そのとき、館内に警報が鳴り響いた。

 アキラたちは弾かれたように顔を見合わせる。

 次の瞬間には駆け出した。

「葛原は今どこに?」

「独房だ――。ショウコはここに残れ、第一係に連絡して、外部からの侵入を警戒しろと伝えろ」

「わかった、気をつけて」

「葛原の方は、おれたちで何とかする。助けが必要になったらユミ経由で連絡するから、そっちも備えておくように――」

 緊急放送が、独房内での異常エネルギー発生と、危険因子の暴走を告げた。

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