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光の姫巫女  作者: 水月華
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act.8




 翌日から、国王が“保護”した珍しい容姿の少女は、国王の客人として迎えられることとなった。

 国王の口から詳細が語られることはなく、話を耳にした者の間ではさまざまな憶測が飛び交った。

 曰く、唯一無二の漆黒を身体に宿した異国の姫君。

 曰く、国王に気に入られた幸運な娘。

 好意的なものからそうでないものまで、噂は少しずつ、密やかに広まっていく。

 しかし、少女本人はどの噂についてもさほど気にした様子はなく、比較的のんびりと日々を過ごしていた。


「人の噂も七十五日、とはよく言ったものだよねー」


 陽菜は、程よい甘みの焼き菓子を口に運びながら、しみじみと呟いた。

 陽菜がシルスフェリルに降り立った日から、今日で一週間。思い起こせば、戸惑ってばかりの毎日だったように思う。

 客人として迎えられてから、陽菜はまるでどこかの姫君のような丁重な扱いを受けていた。そのため何から何まで侍女が世話を焼いてくれるのだが、一般家庭に育ってきた陽菜にとってそれらは馴染みのないものばかり。そこで、陽菜はレティシアに頼み込み、自分でできることは自分でするという約束を取り付けることに成功した。おかげで、入浴なども初日のように丸洗いされることはなくなった。


「噂などすぐに消えて無くなりますわ。わたくしは陽菜様が気に病んでしまわれないかと不安ですけれど」


 微笑みを浮かべつつ、レティシアは陽菜のティーカップに紅茶のおかわりを注ぎ入れた。

 陽菜はありがとう、と礼を言いながら傍に立つレティシアを見上げる。

 レティシアは侍女を取りまとめる侍女長でありながら、陽菜の専属侍女も兼任しているのだそうだ。陽菜に仕えながら本来の仕事も同時に担っている彼女は本来とても忙しいはずなのに、陽菜の傍にいることを最優先に考えてくれる。それが嬉しい反面、レティシアに対して申し訳なく思ってしまうのだが、彼女は笑顔で言うのだ。

 ――“わたくしは陽菜様に仕えることができて本当に嬉しいのです”と。


「そりゃあ、まったく気にならないって言ったら嘘になるけど、気にしすぎても良いことないし。さすがに、光の姫巫女の噂については参ったけどね」

「陽菜様の漆黒の御髪と御眼はどうしても目立ってしまいますし、予言の存在もありますものね。きっと陛下も予測済みでしたでしょう」


 クロスティアの民であれば当然知っているはずの予言。

 それを踏まえれば、陽菜が光の姫巫女ではないかというまことしやかな噂が流れてしまったのは仕方がないことなのかもしれない。しかし、当人からそれらしい話を聞くことはできず、国王であるゼイルからも正式な発表はないため、すべて噂どまりだ。

 ちなみに、もうひとつの証である“花の聖印”も服で隠している。これもゼイルの命令のひとつであった。


「陛下は絶対わかってやってたでしょ。ていうか、あの人何か不都合があれば噂ごと揉み消しそうじゃない?」

「ふふ、それは確かに。……ところで陽菜様、お茶の後はいかがなさいます?わたくしはご一緒できませんけれど、昨日のようにまた城内を散策なさいますか?」

「うん、もちろん!レティシアと一緒に行けないのは残念だけど、せっかくだから気分転換も兼ねて散歩してこようかな。よし、そうと決まれば早速行ってくるよ」


 陽菜はレティシアに笑顔を向け、紅茶を一気に飲み干した。


* * * * * *


「陽菜さん」


 教えてもらった道順を頭の中で確認しながらのんびり廊下を歩いていると、後方から誰かに呼び止められた。

 振り向くと、そこにはリードが立っていた。


「あれ、リードさんこんにちは!奇遇ですね!」


 陽菜が笑顔で駆け寄っていくと、リードは穏やかな笑みを浮かべた。


「こんにちは陽菜さん。お一人でどちらへ向かわれるのですか?」

「散歩ですよー。いつもはレティシアがいてくれるんですけど今日はいないので私一人なんです。単独で出歩くのは初めてなので迷っちゃわないか心配ですけどね」

「ふむ、そうですか……」


 そう言うと、リードは思案するように顎に手を当て、すぐに陽菜に視線を戻した。


「僕もご一緒してかまいませんか?」

「へ?」


 間の抜けたような声で聞き返す陽菜に、リードは優しく笑いかける。


「時間が空いたので少し休憩しようと思っていたところなんです。せっかくなのでご一緒したいと思ったのですが……どうでしょう?」

「そんな、断る理由なんてないですよ。リードさんさえよければ一緒に行きましょう!」

「よかった。では行きましょうか」

「はいっ!」


 そう返事をしてから、陽菜はリードに行き先を告げてゆっくりと歩き出した。



 城の中央に位置しているという庭園は、ため息が出るほどに美しかった。

 そこかしこに咲き乱れた色とりどりの花々はよく手入れされており、短く刈り取られた草が緑の絨毯のように広がっている。その先には、澄んだ水を勢い良く噴き上げる大きな噴水があり、ところどころに白いベンチのようなものが置かれていた。


「うわーあ……」


 美しい景観を前に、陽菜は思わず感嘆の声を上げた。


(すごいっ……!こんなの日本じゃなかなかお目にかかれないって!映画の世界だよここ……)


 今は庭園の花が見頃ですよ、とレティシアに勧められるままに足を運んでみたものの、これほどまでとは思わなかった。まるで絵画をそのまま切り取ったような光景に、ただただ圧倒される。


庭園(ここ)を訪れるのは初めてですか?」


 呆けたような表情のまま動かない陽菜に、リードが声をかける。

 陽菜は慌てて意識を現実に引き戻し、リードを振り仰いだ。


「はいっ、初めてです!まさかこんなに綺麗だとは思ってなくてびっくりしちゃいました」

「気に入っていただけたようですね?……この美しさは手入れが行き届いている証拠。腕の良い庭師のおかげで僕達もこの景色を楽しむことができるんですよ」

「ふふ、それは庭師さんに感謝ですね。リードさんはよくここに来るんですか?」

「それほど頻繁ではないのですが、そうですね。息抜きにはちょうどいいので」

「わかる気がします。なんだか見てるだけでも癒されますもんね」


 うんうんと頷きながら、陽菜は庭園の風景に視線を移した。

 人工的な音は何一つせず、ただゆっくりと時間が流れていくような錯覚さえ覚えてしまう。仕事の合間を縫って訪れるにはもってこいの場所だろう。


「少し歩きませんか?もう少し近くに行ってみたいんですけど」

「かまいませんよ。ついでに、噴水の傍で少し休憩していきましょうか」


 リードは陽菜の提案に頷くことで応え、二人揃って噴水近くのベンチを目指すことにした。

 他愛もない話を交えながら、庭園の中を進んでいく。

 やがて大きな噴水の傍まで辿り着くと、二人は一つのベンチに並んで腰かけた。


「……こちらの生活には慣れましたか?」


 唐突に、リードの口から穏やかな声が滑り落ちる。

 そちらを見やると、リードの気遣わしげな瞳と視線がかち合った。


「まだまだ慣れないことばかりですけど、ちょっとだけ慣れました。……リードさんにも、陛下にも、これ以上無いくらいよくしていだだいているし。感謝しているくらいですよ」


 これは、紛れもない本音だ。

 ゼイルやリードを本当に信頼してもよいのか、と最初は悩んでいたけれど、すぐに馬鹿らしくなって考えることを放棄してしまった。


(だって、私って他の人にしてみればわけわかんない存在のはずじゃない?それなのに、陛下は私に居場所を与えてくれてるし、リードさんもことあるごとに私の心配をしてくれる。平和ボケしすぎてるって言われるかもしれないけど、どうしても彼らを悪く言うことができないんだ)


 それは、きっと自分が彼らを受け入れ始めている証拠に他ならない。

 もともと思慮深いほうではないことは自分でも自覚していたので、それを認めてしまえば早かった。

 帰ることができないのであれば、戻る方法を見つけるまで日々を過ごすだけだ。


 一方のリードは、どこか驚愕したような表情で陽菜を凝視していた。


「……?あの、私何か変なこと言いました?」

「……あなたは、憎んでいないのですか?」

「えっ?」


 不思議そうに首を傾げる陽菜に、リードは複雑そうな顔でさらに言葉を重ねる。


「この世界を――そして僕達を。いくら予言といえど、それがあなたの生活を奪ってしまったことは変えようもない事実です。憎まれても仕方がないと、思っていました」

「そんな、憎むなんてとんでもない!」


 リードの真剣そのものな表情を見て、陽菜は思い切り首を振った。


(なんて答えればいいんだろう……でも)


 自分も真剣に答えなければいけないと、思った。


「もちろん、帰れるものなら今すぐにでも帰りたいです。だけど、それは無理なんでしょう?帰りたいって気持ちは変わらないし、家族や友達に会えないのはすごく寂しいけど、悲嘆に暮れていてもやっぱり朝はやってくるんですよね。だったら、人を憎んだり嫌ったりしながら毎日を過ごすより、少しでも前向きに過ごせればなって……それに」

「……それに?」

「こんな風に私の心配をしてくれるリードさんを憎むなんてできませんよ」


 そう言ってにっこり笑う陽菜に、リードは虚をつかれたような表情で目を瞬かせた。

 数秒の沈黙の後、彼は小さく息を吐いてからふっと相好を崩した。


「あなたは……とても、お優しいのですね」

「ええっ!?どこがですか!?」


 今度は陽菜が驚愕する番だった。

 特別なことは何も言っていない。自分の思いを素直に口にしただけだ。

 それなのに、リードはどうしてそんなことを言うのだろうか。

 けれど、リードは微笑みを浮かべるだけで、陽菜の質問に答える気はないようだった。


 代わりに、リードは緩慢な動作で片手を持ち上げ、手の平を上に向けたまま何事かを呟いた。

 そこに一瞬だけ光が集まったかと思うと、光は即座に形を変えてリードの手の平へと落ちていく。

 それは、一輪の白い薔薇。 

 陽菜がこの世界に来て初めて見る、“魔法”だった。


「え……まほ、う?」

「おや、もしかして魔法を見るのは初めてでしたか?」

「え、あ、はい。いきなりでちょっとびっくりしましたけど……すごいですね」

「ふふ、驚かせてすみません。……少し、失礼しますね」

「……っ!?」


 言うや否や、リードは自然な動きで陽菜の髪に触れる。

 突然のことに思わずぴくりと身体を震わせる陽菜にかまわず、リードは先程魔法で出現させた白薔薇を陽菜の髪に挿し、柔和な笑みを浮かべた。


「よくお似合いです」

「あ……これ、さっきの薔薇?」

「ええ。どうしてもあなたにそれを差し上げたくなったんですが、庭園の花を手折るわけにもいかなくて。……受け取っていただけますか?」

「いいんですか?」

「もちろんです。先程のお礼、とでも言っておきましょうか」


 口元に人差し指を当て、リードは茶目っ気たっぷりに笑う。

 陽菜は白薔薇に触れながら、素直に礼を言った。


「ありがとうございます!」

「ふふ、どういたしまして」


 リードがそう返すと同時に、どこからか金属を打ち合わせるような甲高い音が聞こえてきた。

 どこから聞こえてくるのだろうと耳を澄ませる陽菜の前で、リードは懐から懐中時計を取り出し、合点がいったように頷いた。


「ああ、もうこんな時間でしたか。時間の流れがいつもより速く感じるのは、陽菜さんと一緒だったからでしょうか?とても有意義な時間でしたよ」

「そんな、私のほうこそ。お話できて楽しかったです!またお話できますか?」


 そう言うと、リードはどこか嬉しそうに顔を綻ばせた。


「ええ、もちろん。……そろそろ僕は戻らなければなりません。最後までお付き合いできないのが心苦しいのですが……ああ、そうだ」

「?」

「風に乗って聞こえてくるこの音。これは我が国が誇る騎士隊が訓練を始めた証拠なんですよ。興味があるようでしたら、見に行ってみるのもいいかもしれませんね」


 リードは続けて訓練場への道順を口頭で説明すると、踵を返して城内へと戻っていった。

 一人残された陽菜は、断続的に鳴り響いてくる金属音を耳にしながら、これからどうするかを考え始める。


「うーん、このまま庭園を散策してもいいんだけど、騎士隊ってのも気になるなあ。せっかく教えてもらったんだし、ちょっとだけ見に行ってみようかな?」


 そう決めると、陽菜は音のする方向へと歩き出した。

お気に入り登録&評価等ありがとうございます!

励みになっています!


今回は少し時間が飛びました。

少しだけリードと仲良くなれた……かな?。

白薔薇は意味があるようでないような……という感じですけど(笑)


次回はようやく他の“騎士”と出会います。

男性キャラがようやく増える……!

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