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光の姫巫女  作者: 水月華
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act.6




「……もう一度おっしゃっていただけます?」

「は。ですから、“陛下が姫巫女様のもとに参られる”と申し上げた次第ですが」

「それは何度もお聞きしましたわ!わたくしは“何故”陛下が陽菜様のお部屋にいらっしゃるのですかと質問しているのです!」

「そ、そのようなことを申されましても……」


 噛み付くような勢いのレティシアと、それに気圧されてしどろもどろになっている憐れな男性兵士。

 目の前で続くやりとりを遠くから見守りつつ、陽菜はこっそりと嘆息した。


 事の発端は、夕食中に銀色の甲冑に身を包んだ兵士が陽菜の部屋を訪問したことに始まる。

 甲斐甲斐しく給仕してくれるレティシアと談笑しながら、程よい味付けの野菜スープに舌鼓を打っている最中にやってきたのが彼であった。

 何事かと食事の手を止め、伝言を持ってきたという兵士の話を聞いてみると、どうやら国王――ゼイルが二時間後に陽菜の部屋を訪問するとのことだった。

 部屋に飾られた壁掛け時計を見ると、現在時刻はちょうど二十一時。

 シルスフェリルの暦は日本とそう変わらず、一日二十四時間であるとのことだった。一年は十二か月で、花の月、水の月、(くれない)の月、雪の月、と四つに区切られており、日本でいう四季になぞらえているらしい。区切られているといっても、一年を四つに分けただけではどうにもわかりづらい。そのため、一期をさらに四等分し、三十日をひと月と定めたのだという。

 例を挙げると、陽菜がシルスフェリルに降り立ったのは、花の月の第一期――日本でいう、四月に相当することになる。


 これらを踏まえると、ゼイルが指定した二時間後というのは、訪問するにはかなり遅い時刻となる。

 そのことを理解しているのだろう、レティシアは話を聞いた途端、陽菜が止める間もなく眉を吊り上げながら相手を問い詰め始めたのだ。

 (いわ)く、国王が夜分に女性の部屋を訪問するのは一大事件なのだとか。


「えーっと、レティシア?私もよくわかんないんだけど、陛下がもうすぐここに来るってだけでしょ?時間は確かに遅いかもしれないけど、何か問題があるの?」

「何をおっしゃるのです!これ以上ないくらい大問題、ですわ!」


 レティシアは素早く陽菜に顔を向け、悲鳴のような声を上げた。

 兵士はレティシアの攻撃から逃れられたことで、あからさまにほっとしたような表情を浮かべ、そそくさと退室していった。

 レティシアは陽菜の傍に戻ってくると、言いづらそうに話し始める。


「陽菜様、陛下は正妃を娶られておりませんし、側室などもおられません。“氷の王”とあだなされるほど陛下は笑顔をお見せにならず……とにかく、他人を寄せ付けないお方なのですわ」

「……?うん?」

「光の姫巫女様である陽菜様に何か御用がおありなのだと思うのですけれど……万が一ということもありますので」

「どういうこと?レティシア、はっきり言って?」

「……陛下が陽菜様のもとへお渡りになる可能性、ですわ。お渡りとはその、一夜を共にされるという意味で」

「なっ……!」


 あまりのことに陽菜は言葉を失った。

 周囲に鈍い鈍いと言われていた陽菜でも、レティシアの言葉でようやく理解する。

 つまりは、そういうことなのだ。


「な、ないない!絶対ありえない!だって相手は国王だよ!?私みたいな庶民で明らかに普通の小娘を相手にするはずがないって!」


 ぶんぶんと勢い良く首を振り、レティシアの言葉を否定する。

 恋愛のひとつやふたつ経験があれば違ったのかもしれないが、あいにく陽菜にはそれがない。

 友人の話を聞いて満足しているだけで、いつか恋人ができればいいなと思いながら、積極的に恋愛をしようとはしていなかった。

 恋愛に関して免疫があるかと問われれば、間違いなく無いと断言できる。


(ま、普通に話が聞きたいとかそんなもんじゃない?絶対大丈夫でしょ)


 あくまで楽観的に考える陽菜とは違って、レティシアはどこか気遣わしげに眉尻を下げる。


「ですが……」

「大丈夫大丈夫!危険だったら相手が国王といえど蹴り飛ばして逃げるからさ!……ね?」

「……陽菜様がそうおっしゃられるのでしたら。それでは先に、お食事を済ませてしまいましょう。その後浴室にご案内致しますわ」


 レティシアはまだ心配そうではあったが、笑顔で見つめてくる陽菜にそれ以上何も言えず、諦めたような笑みを浮かべた。


* * * * * *


 約束の二十三時まで、あと数分。

 だというのに、陽菜はひとりぐったりとベッドに身を預けていた。


「うう……聞いてない。聞いてないよあんなの」


 ぶつぶつと恨みがましく呟きながら、陽菜はつい先程の攻防を思い出す。

 食事を終えてからしばらくしたところで、レティシアが入浴のために浴室に案内してくれたのだが、その後が問題だった。

 広い浴室に感動しながらレティシアに入浴する旨を伝えた途端、突然数人の侍女が現れ有無を言わさず服を脱がされ、あれよあれよという間に体の隅々まで洗われてしまったのだ。何度も自分で洗うと言ってみたのだが、そのたびにやんわりと断られ、恥ずかしさでいっぱいのまますべてを終えてしまった。


「いくら同性とはいえ何かこう……大切なものを失ってしまった気がするのは気のせいかな……」


 枕に顔を埋めたままため息をつく陽菜の耳に、ノックの音が飛び込んできた。

 陽菜は急いでベッドから降りると、薄絹でできた夜着の上からあらかじめ用意してあった肩掛けを羽織り、慌てて扉に駆け寄っていく。

 扉を開けた先には、ゼイルが立っていた。


「い、いらっしゃいませ?」


 何と言っていいものかわからず首を傾げるも、ゼイルは表情を変えることなく微動だにしない。

 今まで仕事でもしていたのだろうか、服装は出会ったときのままのようだ。

 陽菜は、ゼイルを中に招き入れることにした。


「遅くまでお仕事お疲れ様です。どうぞ中へ」


 何気なく口にした一言に、ゼイルがぴくりと反応したように見えたのは気のせいだろうか。

 けれど、ゼイルは何も言わなかったので、気にしないことにする。

 ゼイルがソファーに座ると同時に、陽菜はテーブルの上に準備されたティーセットとお茶菓子に手を伸ばした。もちろん、ゼイルへのささやかなもてなしのためである。


「ごめんなさい、私こういうのに慣れていなくて美味しく淹れられるかわかりませんけど」

「かまわぬ。我は茶会のために来たわけではないからな」

 

 耳に心地良い低音が響く。

 陽菜は見よう見まねで紅茶を淹れ、ティーカップをゼイルに手渡した。

 ゼイルは無言でそれを受け取ると、優雅な動作でティーカップを口に運ぶ。

 陽菜はそれを眺めながら、自分も着席するかどうかを考えていた。


(まさかソファーに座るとは思わなかったよ……でもずっと立ってるのもつらいし。かといってテーブル側の椅子に座るのも距離が離れてなんだかなーって感じだし。え、隣?ないない)


 そんな陽菜の思考を見抜いたのだろうか。

 ゼイルはティーカップを片手に、陽菜に視線を向けた。


「そなたは我の臣下ではない。どこへ座ろうと我は何も言わぬ」

「でも、テーブル側(そっち)の椅子に座るのもなーと……」

「ならばこちらへ座ればいいだろう」


 ゼイルが視線で指し示したのは、候補に挙げてすらいなかった彼の隣。


(……本気ですか?)


 表情という表情が感じられないので、表情からゼイルの考えを読み取ることはできなかった。

 陽菜は迷いつつも、ソファーの端にちょこんと腰掛ける。

 ゼイルは陽菜を一瞥し、おもむろに口を開いた。


「姫巫女、リードから話は聞いているな?光の姫巫女のことや、この世界のことを」

「はい、お聞きしました。でも、私はそんな大層な人物ではないと思うんです。何かの間違いでこの世界に来たとしか思えません」

「……なるほど、リードの話は誠であったようだな」

「えっ?」


 怪訝そうに聞き返す陽菜を、ゼイルの怜悧な瞳がとらえる。


「我はそなたが普通の少女である、との報告を受けた。魔力が感じられぬ、とも。それらの真偽の程を確かめにきたのだが――報告通り、魔力は欠片ほども感じられぬな」

「ま、魔力?」

「この世界の人間には、魔法を使える者とそうでない者がいる。それを魔力の有無で判断するのが手っ取り早いのだが……そなたには魔力が無いようだな」


 ゼイルの言葉に、陽菜は苦笑を禁じ得ない。


「それはそうですよ。地球――私のいた世界では魔法なんて物語の中でしか存在しないですもん。だからこそ、何の力もない私は光の姫巫女ではないと思うんです」

「だが我はリードと共にこの目で見たのだぞ。予言通りの場所に、光を纏ったそなたが出現したのを」


 そう言うと、ゼイルは紅茶を一口飲んでから、陽菜が目覚めるまでの出来事を語り始めた。

 簡単に話されたそれは、気を失っていた陽菜にとってそれらは身に覚えのない話であり、陽菜は大いに混乱した。けれど、これで自分の身に起こった出来事の一端がわかったような気がする。

 ゼイルが話し終えるとともに、室内に沈黙が下りる。

 陽菜は何か喋らなければと口を開きかけたが、こちらを観察するようにじっと見つめるゼイルの視線に耐えられず、勢い良くソファーから立ち上がった。


「そ、そうだ!クッキー食べませんか?甘くておいしいですよ」


 間食するには遅い時間だというのは気にしてはいけない。

 綺麗に並べられたクッキーが乗った皿を手に取り、ゼイルに勧めてみる。

 しかしゼイルは、小さく首を振るだけだった。


「甘い菓子は得意ではない」

「そ、そうですか……でもこれそんなに甘ったるくないですよ?ひとつだけでも食べてみませんか?」


 陽菜は皿を抱えながらソファーに座り直し、クッキーをひとつつまんでゼイルに差し出した。

 深く考えた上での行動ではない。友人や家族相手にするような、自然な行動だった。

 そのはずなのに、ゼイルは目の前に差し出されたクッキーを視界に入れたまま何故か固まってしまっている。ここで、陽菜は自分の間違いにようやく気が付いた。 

 ――ゼイルの立場を、すっかり失念していた。


(やばっ、またやっちゃったよ!こんな雲の上の存在相手に何やってんの自分!)


 内心冷や汗ものであるが、ここで手を引っ込めるのも許されない雰囲気がそこにはある。

 無表情でクッキーを見つめる国王と、クッキーを差し出したまま動けない異世界の少女。

 他人が見ればとても奇異な光景であることに、二人とも気付いていない。


(そろそろ腕が疲れてきた……やっぱり受け取ってくれなそうだし、もう謝っちゃおうかな)


 陽菜がそう思った矢先。

 先に動いたのは、ゼイルだった。


「え……?」


 それはとても自然な動作だった。

 ゼイルは差し出された陽菜の手首を掴むと、そのままクッキーを口に含んだのである。

 唇の感触が指先から一瞬だけ伝わり、離れていく。

 陽菜はゼイルの突然の行動に硬直したまま動けない。


(……今、一体何があった?え、あの、私の手からクッキー食べた?あれ、ってことは私一国の主相手にあーんしてしまったってこと……?)


 頭で理解すると同時に、陽菜の頬が急激に朱に染まっていく。

 まさかこんなことになるとは思わず、自分の行動が恥ずかしく思えた。

 しかし、ゼイルは挙動不審な陽菜を意に介した様子もなく、無言でクッキーを咀嚼し飲み込むと、眉根を寄せて口に紅茶を流し込む。


「ケーキの類よりは甘くないが、甘い」


 陽菜は文句を言われなかったことだけが救いであると自分に言い聞かせ、赤くなった顔を隠すように自分の紅茶を取りに行った。


「……陽菜」

「は、はい!?」


 ティーカップに触れようとしたところで唐突に名前を呼ばれ、陽菜はくるりと振り返る。

 ゼイルは空のティーカップを横に置き、こちらをじっと見据えていた。


「そなたの魔力についての確認は済んだ。しかし戻る前に、もうひとつ説明しなければならないことがある」

「説明……?」

「今後のそなたの処遇についてだ」


 陽菜は、ゼイルと目線を合わせながら、静かに息を呑んだ。

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クッキー関連の場面での主人公は完全に無意識だったのですが、ゼイルのほうはどうなんでしょうね?

早めに書きたかったシーンでした。

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