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光の姫巫女  作者: 水月華
2/18

act.2




 空気が、変わった気がした。

 先程とは明らかに異なる清廉な空気を肌で感じ、二人の男は顔を見合わせ頷き合うと、ゆっくりと教会の扉を押し開けた。

 教会内部に足を踏み入れると、埃っぽい臭いが鼻を突いた。

 眼鏡の男が先頭に立ち、光の球体をかざして周囲を観察しながら、注意深く足を進める。

 正面上部には十字架が描かれ、ステンドグラスからは月の光が零れ落ちている。その下には、胸の前で両手を組み合わせた天使の像があった。その天使の像を崇めるかのように、いくつもの長椅子が整然と置かれている。

 全体的に薄汚れており、ところどころ蜘蛛の巣が張っている。

 人の手が入った様子はなく、まさに朽ち果てた教会といった印象だが、彼らが期待したような変化は見受けられなかった。


「肩透かし、というところでしょうか。あまりここには長居したくなかったのですが」


 一歩進むごとに巻き起こる埃に眼鏡の男は顔をしかめ、片手で口元を覆う。

 長髪の男も口元を覆うまではいかないものの、眉根を寄せて不快感をあらわにしていた。


「予言とて最初は信を置くに値せぬと思っていたが……我の代で兆しがあったとなれば、真実として受け止めるしかあるまい?しかし、ここが彼の者が降り立つのにふさわしい場所とは到底思えぬ」

「そうですね……神は何をお考えなのでしょう」


 一瞬の沈黙の後、長髪の男がふうと息を吐いた。


「このままこの場所にいても埃を吸うだけだ。一旦外に出るぞ」


 そう言い捨て、長髪の男は踵を返して扉に向かって歩き出した。

 眼鏡の男もそれに倣い、ゆっくりと天使の像に背を向ける。

 ――刹那。


「――っ!?」


 それは突然のことだった。

 後方から放たれた眩いばかりの白い光が一面を満たし、男達は弾かれたように振り向いた。


「なっ……これは!?」


 視界を覆う光に、眼鏡の男が驚愕の声を上げた。

 長髪の男も、右手で腰に帯びた剣の柄を握ったまま光源をじっと睨め付ける。

 光を発していたのは、天使の像だった。

 警戒の色を強める彼らとは対照的に、天使の像から溢れ出る光は少しずつその強さを増していく。

 もはや目を開けているのもやっとという状態が続き、男達はたまらず腕で視界を遮った。

 しかし、それは唐突に訪れた。

 ぱん、と乾いた音が響いたかと思うと、一瞬にして白い光が消え去った。

 瞼の裏を刺すような光が無くなったのを感じ、男達はゆっくりと目を開ける。

 ――そして、二人は驚愕に目を見開いた。


 粉々に砕けた天使の像の上に、燐光を纏い赤子のように体を丸めた少女が浮かんでいたのである。

 呆然と立ち尽くす男達の前で少女の体はゆっくりと下降していき、やがて静かに床へと横たわる。

 それを確認した長髪の男は剣を鞘から引き抜いて素早く少女に近付くと、見慣れない服装の少女を頭から足先まで観察し始めた。

 肩ほどまである漆黒の髪が散らばるように床に広がっている。瞳は眠るように伏せられており、意識はないようだった。


「この光……その娘、まさか」


 やや遅れてやってきた眼鏡の男が、呆然とした様子で横たわる少女を見下ろした。

 長髪の男は剣をしまうと、眼鏡の男に視線を向けてにやりと笑う。


「ああ……どうやら、当たりのようだぞ」


 そう言うと、長髪の男は屈み込んで少女の体に腕を回し、ゆっくりと抱き上げた。

 横抱きにした瞬間、少女の体を包んでいた燐光が霧散する。


「おやめください、そのようなことは私が」

「良い」


 眼鏡の男の言葉を遮り、長髪の男は腕の中の少女を見る。

 ステンドグラスから降り注ぐ月明かりだけでは、少女の顔を詳細に窺うことなどできないに等しい。

 しかし、それは彼にとってどうでもよいことだった。

 腕の中のぬくもりが、彼女の存在を知らせてくれているのだから。


「目覚めの時、そなたはどのような反応を見せてくれるのだろうな?――光の姫巫女よ」


 くつくつと笑みをこぼし、長髪の男はふと天井を見上げる。

 それからステンドグラスの向こうに満ちた月を見つけると、彼は人知れず目を細めた。


* * * * * *


 気付けば、陽菜は真っ白な空間に倒れ伏していた。

 気だるげに体を起こし、きょろきょろと周囲を見回してみたが誰もいない。

 どこまでも白く、果てがどこにあるかもわからない場所に、ひとりきり。

 陽菜は不安に駆られ、体をぶるりと震わせた。


「ここは一体どこなの?何があったっていうの?」


 呟きながら、陽菜は先程自分の身に起きた出来事を思い起こす。


「学校帰りに不思議なことが起こって、光が――って、そうだ、私どうなったの!?」 


 光に包まれてから意識を失ったことは覚えているが、それ以降の記憶が一切ないのだ。

 陽菜は座り込んだまま額に手を当てて考え込んでみるも、どうしてこの場所にいるのか見当もつかなかった。


「こんな場所知らないし……うーん、誘拐とか?いやでも誘拐なら近くに誘拐犯がいるだろうしなあ……まさか、神隠し!?」


 陽菜が一人でうんうん唸っていると、どこからか鈴を鳴らしたような笑い声が聞こえてきた。

 突然聞こえてきた笑い声に陽菜が身を堅くしていると、後方からこつこつと規則正しい靴音が響いてくる。

 恐る恐る振り向けば、そこには白い服に身を包んだ女性が立っていた。


「――今回の姫巫女は、とてもかわいらしいのね」


 口元を手で隠し、くすくすと笑う女性は同性の陽菜から見てもとても美しかった。

 ゆるやかに巻かれた金髪は腰まで流れ、頭の左側には白い花が飾られている。

 白磁の肌に紫色の瞳が映えており、少女というよりは女性と表現したほうがしっくりくる美貌の持ち主だった。

 レースやリボンがあしらわれた白いワンピースが細身の体を覆い、白いハイヒールが足元を飾っている。


(うわー……すごい美人さんだ)


 ぽかんとした表情で目の前の女性を見上げる陽菜だったが、はたと我に返り急いで首を横に振る。

 思わず見惚れてしまっていたが、彼女は一体何者なのだろうか。


「姫巫女、あなたのお名前は何?」

「えっと、陽菜です。望月陽菜」

「陽菜……いい名前ね。あなたにぴったりだわ」

「あ、ありがとうございます……」


 にっこりと微笑む女性に、陽菜は照れくさそうに笑みを返した。

 名前を褒められたことで嬉しくなり、ついつい心を許してしまいそうになる。

 しかし、先程から彼女が口にする言葉が、それをすんでのところで踏み止まらせていた。


「あの……姫巫女、ってなんですか?」


 おずおずと質問すると、女性はきょとんとした表情で陽菜を見下ろしていたが、やがて何かを思い出したかのように声を上げた。


「ああ、そういえばそうだったわね。数百年ぶりのことだったから、すっかり忘れていたわ」

「え、あの、どういう……?」

「じゃあ自己紹介をしないといけないわね。私はシルヴィア。光を司る者。そうね、人には神と呼ばれているわ」

「えっ!?」


 女性――シルヴィアがさらりと口にした言葉は、陽菜を驚かせるには充分なものだった。


「か、神様!?あなたが!?え、なんで神様がここにいるの!?というか私、なんで神様と話してるの!?」

「あなたが、私の姫巫女だから」

「――え?」


 シルヴィアは、陽菜を見据えて優しく微笑んだ。

 慈愛に満ちた、母のような優しい笑み。


「陽菜、あなたはたくさんのことを知らなければいけないわ。あなたのこと、世界のこと。あなたが“白の世界(ここ)”にいるのがその証拠」

「あ、あの、何を言ってるのかさっぱりわからないんですけど」

「私の陽菜。大切な姫巫女。真っ白なあなたに、私がすべてを教えてあげられたらいいのだけれど……」


 途切れたシルヴィアの言葉に呼応するように、陽菜の体がぼんやりと光を放ち始める。

 陽菜はその光を認めると、狼狽しながら自分の両手を凝視した。


「えっ、えっ!?なにこれっ!?」

「――もう刻限のようね。悔しいけれど、あなたに知識を与える役目は“騎士達”にお願いするわ」

「こ、刻限?ねえ、一体何が起こっているの!?」

「さあ、もう行きなさい。皆があなたを待ち侘びているわ」

「ねえ、一体何が……」


 なおも質問を重ねようとした瞬間、強い眠気のようなものが陽菜を襲った。

 急激な変化に抗おうとする陽菜の意志に反して、瞼は無常にも世界を閉ざしていく。


「大丈夫、すぐにまた会えるわ。大切な私の姫巫女。どうか、私の世界を――」


 急速に呑み込まれて行く意識の中、シルヴィアの声が聞こえた気がした。


 目覚めの時は、すぐそこまで迫っている。

更新が遅くなってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?


次回はようやく騎士達と出会えるはずです(多分)

全員とは言わずとも、何人かとは……うん。

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