1 前世を思い出したよ
前世を思い出したのは、何気ない家族との会話だった。
「ギスレーヌももう少しでグランメルキュール王立学園へ入学だな。月日が経つのは早いものだ」
「まだまだ幼いと思っていたけれど、本当ね。同じ学年にはエヴァルト王子も入学するのよね。粗相をしないように気をつけるのよ」
両親の言葉を言葉をフンフンと聞いていた私は、ちょっとしたひっかかりを覚えた。
グランメルキュール学園、エヴァルト王子⋯⋯
「エヴァルト王子と同学年だったか。婚約者のアデライド・ドゥ・モンクール嬢も今年の入学だから、女学生どうし接することも多いだろう。フェリゴンド侯爵家の娘として恥ずかしくない振る舞いをだな⋯⋯」
アデライド・ドゥ・モンクール⋯⋯
「あぁっ!」
突然、淑女にあるまじき大声で叫んだ私に、お父様が目を見開いてのけぞり言葉を止めた。
お母様は眉間に皺を寄せたけれど、今はそんな事を気にしていられない。
お小言は後で聞くから、見逃して下さい、お母様!
それよりも!
思い出したわ、乙女ゲーム『聖なる花冠の乙女』の世界じゃない、ここ!
今まで最低限の社交だけで、ぼっち暮らししていたから気付かなかった⋯⋯
『聖なる花冠の乙女』は、平民の女の子が聖魔法に目覚めたことにより貴族学園に特待生で入学し、身分社会に苦悩しながらも、前向きな明るさで周りに溶け込み、聖魔法を使って王子を始めとするイケメン達と危機を乗り越え、結ばれる王道ストーリー。
神絵師さんの美麗なスチルは垂涎もので、私もスマホの背景にしていたぐらい。
そして私、ギスレーヌ・ドゥ・フェリゴンド!
王太子の婚約者候補の悪役令嬢⋯⋯の取巻きの1人で出番も少なく噛ませ犬程度の扱いだった。
悪役令嬢の周りでヒロインに嫌がらせする地味〜な役どころ。
まぁ、三下だ。いや、モブ悪役令嬢ぐらいにしておこう、うん。三下よりは、モブ悪役令嬢の方がマシじゃない、多分。
「⋯⋯ギスレーヌは何かブツブツ言っているけれど、大丈夫なのか?」
「様子がおかしいのは、いつもの事ですわ。
入学までに、礼儀の基礎から教育しなおしですわね。王子や王子妃と同学年なのですから、フェリゴンド家の印象を悪くしないためにも、キッチリみっちりとね⋯⋯」
急に頭に湧いてきた怒涛の記憶を整理する事に必死で、お母様の絶対零度の微笑など気付くことなどなかった。
————その後、しっかりとお母様のお小言を受け止めた後、疲弊しながらヨロヨロと自室に戻り、思い出したことをノートにまとめてみる。
まず私は、ギスレーヌ・ドゥ・フェリゴンド。現在15歳。
フェリゴンド家の侯爵令嬢。
モブ悪役令嬢。
ヒロイン『ナエマ』
平民で、聖魔法をもつ事が発覚し、学園に入学
王子や攻略対象とキャッキャッウフフの日々。
王子『エヴァルト』
この国の第1王子で、婚約者とはあまり仲が良くない。平民のヒロインをサポートしていくうちに、健気な姿に惹かれる。
攻略対象その1『シルヴァン』
公爵令息で優しく、健気なヒロインに惹かれる。
攻略対象その2『ロイド』
騎士団長の息子で、健気なヒロインに惹かれる。
攻略対象その3『レミ』
最年少魔導士で、以下同文。
正直、王子ルート以外の攻略対象ルートはプレイしていないんだよね。まとめようにも、よく分からない。
……そして、『聖なる花冠の乙女』の悪役令嬢は、アデライド・ドゥ・モンクール様!
冷徹冷酷な氷の公爵令嬢とも呼ばれる、美しすぎる私の推しであ〜るッ!
もうね、神絵師描く冷たい美貌に秒で一目惚れして、スマホにパソコンは彼女のイラストを設定していたわ。
おはようからお休みまで、ずっと眺めていても飽きないアデライド様!
この世界が『花冠の乙女』だなんて、それも取巻きだなんて、何のご褒美ですか!?
最前で推しを堪能できるなんて、私、前世でどんな徳積んだの?覚えてないけれどッ。
今後起こるイベントも、あんなアデライド様もこんなアデライド様も堪能できるだなんて、顔がニヤけて戻らないわ。
アデライド様が出るエヴァルト王子ルートを周回していた前世の私に教えてあげたい。
ノートにゲームの記憶を書き出しながら、ふと、ペンの勢いが止まる。
アデライド様は悪役令嬢で、ゲームのラストで断罪されるんだったわね…
取巻きの私も一緒に、お決まりの修道院コース。
え、アデライド様と一緒に、永遠に修道院?
それはそれで美味し過ぎるけれど、出来たらアデライド様の王妃姿も見てみたい……
やっぱり、推しの幸せな姿が一番だし、王妃スチルはゲームに存在しなかったから、せっかくだし見てみたい!
綺麗だろうなぁ、アデライド様の艶やかな銀髪に、色とりどりの宝石が装飾された黄金のティアラ……
似合うに決まってる!
ニヤニヤを通りこして、グフグフと人に見せられない笑みが漏れだしたけれど、些細なことだ。
アデライド様を皆に布教しよう!そうしよう!!アデライド様の事を知れば、沼るのも時間の問題だ。
私は同担ウェルカムなオタクである。
なんなら、推しの素晴らしさを語り明かしたい。
皆でアデライド様を讃えて、王妃になってもらおう!
とりあえず、見る目のないエヴァルト王子から布教しなくちゃね。
確かに、ピンクブロンドの髪のヒロインちゃんも可愛いよ?
しかし、クールビューティーなアデライド様を婚約者におきながら、そっち走るかな!?
どれだけ恵まれた環境下にあるか、知って頂かないと!
鼻息荒くノートを閉じ、これから先の明るい未来を思いながら、眠りに落ちた——
「母上、何かあったのですが?ギスレーヌの部屋から薄気味悪い笑い声が聞こえていたのですが……」
「あの子はまた……!先ほどあれだけ伝えたというのに、まだ理解出来ていないようね。明日からマナーの時間を1時間増やそうかしら」
「ジスラン、帰っていたのか。いや、何だ。今度通う学園の話をしたら、ギスレーヌの様子が
おかしくなってだな…」
「あなた!おかしいだなんて人聞きが悪い、言葉を選んで下さいなッ。浮かれているだけですわ。フェリゴンドの娘たるもの、おかしいなんてあるわけありません。⋯⋯よいですわ、マナー教育を強化して、入学までにあの子を私のような立派な淑女に仕立てあげます!」
「いや、お前が先に様子がおかしいと言って⋯⋯」
「あなた、何か?」
「い、いや、何でもない。ギスレーヌの事はお前に任せるよ」
「……あぁ、ギスレーヌは通常運転なんですね。母上もあまり興奮されないように。淑女の名が泣きますよ」
「!、そうですわね、私としたことがはしたない。それにしても、一体あの子は誰に似たのかしら。ジスランは落ち着いているのに……」
——あなた方、両親にそっくりですよ……。
フェリゴンド侯爵家長男ジスランは、貴族らしく感情の読み取れない柔和な笑顔で呟いた。




