シンクロニシティ
「今日も、まったく同じ色だ……」(……これで今週に入って5回目だ。偶然で済ませるには、さすがに確率がおかしすぎるだろ)
満員電車の揺れに耐えながら、僕は目の前の光景に息を呑んだ。
僕が今日締めているのは、少し派手なマスタードイエローのネクタイだった。
そして、目の前の座席に座る女性が広げている文庫本のカバーも、寸分たがわぬマスタードイエローだった。
窓の外を流れる景色も見ずに、僕はその鮮やかな黄色を凝視した。
心臓の鼓動が、電車のガタゴトという走行音よりも大きく響いていた。
「それは気のせいじゃないのか?」(……サトシはそう言うけど、マスタードイエローのネクタイと文庫本カバーが被る偶然なんてあるかよ)
同僚のサトシが、会社のデスクで缶コーヒーを片手にニヤニヤと笑った。
僕が真剣に悩んでいるというのに、こいつは他人事だと思って面白がっている。
窓の外からは、初夏の眩しい太陽の光が差し込んでいた。
「お前が自意識過剰なだけだよ、きっと」(……いやいや、月曜は青、火曜は緑、水曜は赤。全部、僕のネクタイと向かいの席の彼女の小物が一致してるんだって!)
サトシは呆れたように肩をすくめ、パソコンの画面に目を戻した。
だが、僕には彼女に後をつけられた記憶もなければ、彼女の家を知っているわけでもなかった。
ただ毎朝、同じ電車の同じ車両で向かい合うだけの関係だった。
「だったらさ、明日は絶対に誰も持っていないような変な色のネクタイで行けよ」(……なるほど、その提案は悪くないな。彼女がストーカーかどうかも、それでハッキリするはずだ)
サトシは親指を立てて、悪戯っぽいウィンクをしてみせた。
確かに、それが一番手っ取り早い確認方法、いや、偶然かどうかの証明になるはずだった。
僕はその日の仕事帰り、紳士服店に立ち寄って、普段なら絶対に選ばないネクタイを買った。
「よし、これならどうだ」(……こんなド派手な色の小物を、普通の女の子がパッと持ち歩いているはずがないもんな)
クローゼットの前で、僕は目がチカチカするような蛍光ピンクのネクタイを締めた。
鏡に映る自分の姿は、どう見ても怪しいパーティーの司会者のようだった。
僕は少しの気恥ずかしさを覚えながら、いつものように家を出た。
「あ……」(……うわ、マジかよ! 彼女がバッグから取り出したの、ネクタイと全く同じ蛍光ピンクのマイボトルじゃん!)
向かいの座席に座る彼女を見た瞬間、僕の心臓がドクンと跳ね上がった。
彼女はいつも通り、静かにそこに座して僕をチラリと見た。
僕は鳥肌が立つのを感じながら、彼女が電車を降りるのをじっと待った。
「あの、すみません!」(……あー、ついに言っちゃったよ。後悔してももう遅い、突き進むしかない!)
僕は意を決して彼女の後を追い、少し早足でその背中に声をかけた。
彼女は驚いたように足を止め、ゆっくりと僕の方を振り返った。
駅のホームを行き交う人々の雑音が、急に遠ざかったような気がした。
「はい、何でしょうか?」(……あれ? 全然警戒されてないぞ。むしろ僕が声をかけるのを待っていたような顔をしてる?)
その目は丸く見開かれていたけれど、すぐに悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。
僕は一歩踏み出し、胸元の蛍光ピンクのネクタイを指差した。
心臓がバクバクと音を立てるのを自覚しながら、僕は彼女に問いかけた。
「毎朝、僕のネクタイとあなたの持ち物の色が同じなのは、どうしてですか!」(……よし、ストレートに聞いたぞ。さあ、どんな言い訳でも聞いてやる!)
彼女は僕のネクタイを指差し、楽しそうにクスクスと笑った。
そしてバッグから、僕がモニター応募した企業の社員バッジを取り出した。
「それ、周囲のデバイスと波長を合わせて、自動で色を変える『感情同調型スマートウェア』なんです」(……ええっ!? じゃあネクタイ側が彼女の持ち物の色を読み取って、勝手に変色してたってこと!?)
僕が毎朝「今日はこの色」と選んでいた感覚すら、ネクタイの脳波誘導だった。
すべてがひっくり返った衝撃に呆然とする僕に、彼女はさらに一歩近づいた。
「でもね、この機能、持ち主と対象の『心の相性』が95%以上一致していないと発動しないんです」(……え、それって、僕と彼女の相性が運命レベルで最高ってことじゃないか!)
彼女の顔が、夕焼けのようにほんのりと赤く染まっていくのが分かった。
不気味だった日常の謎は、一瞬にして甘い奇跡へと変わった。
「実験は大成功です。……ねえ、明日の朝も、同じ色にしてくれますか?」
(……最高のハッピーエンドじゃないか! 明日の朝が、今から待ち遠しくてたまらないよ)
彼女は上目遣いで僕を見つめ、嬉しそうに微笑んだ。
僕はしっかりと頷き、彼女の手をそっと握りしめた。




