会社
― 会社 ―
おれをつかまえた男がはいったのは、大きくて暖かい建物だった。
男にきかなくてもこれが『会社』という建物だとおれにはわかった。たくさんの人間がこの男に声をかけてきて、男はどんどん歩いて奥へ進み、階段をあがり、壁がつづく廊下をすすむと、とつぜん壁の一部をたたいた。どうやらそこはドアだったらしく、それがひらくと、あきらかにおれがよく知っている人間の匂いがした。
「ボスの命令でおまえらに渡すよういわれた」
「・・・なんだよコルボク、おまえが突然来たってだけでこわいのに、なにを渡すって?」
この声をきいておれはポケットからあわてて顔をだした。
「 『 か、かわいいぼっちゃま ごきげんよう 』 」
いつものあいさつをしたのに『かわいいぼっちゃま』は顔をしかめた。
「 ・・・おまえ、シスターのところのネズミか?」
なんと、教会にときどきお茶をのみにくるあの『かわいいぼっしゃま』が、おれをつかまえたオオカミみたいな男の『上司』だったのだ。
「あ!あのしゃべるネズミじゃん!ひさしぶりだなあ」
おれをのぞきにきたのは、いちばんはじめに『かわいいぼっちゃま』といっしょに湿地の教会に来た『若い若い勇敢な男の子』だった。おれはそいつにもあいさつをする。
「なんだあ?ほんとうにしゃべるネズミかあ」
つぎにのぞきこんでき大きな男は、なんだか懐かしい匂いがした。こういう匂いの男たちはむかしよく《湿地の教会》に泊まりにきていた。
「 『 武骨で勇敢な正直者よ ごきげんよう』 」
あいさつをすると、おれのことか?と丸い目をさらにまるくしてみせた。
「なんかニコルのこと言い当ててるよ。かっこいいなあ。あ~、ケンとルイのこと、何てよぶかききたかったなあ」
『若い若い勇敢な男の子』が残念そうに眉をよせる。
ここまでおれを運んできた男がポケットからおれをつかみだし、白いテーブルの上に置くと、あとはおまえらで好きにしろ、と出て行った。
「 ―― で?なにしにこんなところへ?シスターはしってるのか?」
『かわいいぼっちゃま』が、かがみこんでおれをにらむ。
「まあまて、ウィル。彼はあの湿地のむこうからここまで来たんだぞ。一人できたのかい?えっと、勇敢なネズミくん?」『武骨で勇敢な正直者』がふとい指でおれのあたまをなでた。
「 『 はんす は しすたーにいわれた 届け物がある 』 」
からだに結わきつけていたバッグをはずすと、バッグはもとの大きさになった。
そこからビスケットやキューブチーズをどけて、おれはシスターから託された麻袋をとりだした。中にはさらに麻布に巻かれたものがある。そっと布をひらいて、テーブルをかこむ男たちにしめしてみせた。
「 『 ならす べる しすたーが つくった 』 」
「なに?それがベルだって?どこが?」
『かわいいぼっちゃま』が馬鹿にしたようにベルをつまみあげた。
キューブチーズとおなじくらいの大きさだが、かたちは丸い。
「洋服のボタンだろ?白くてなんかキラキラしてるし。こういうのみたことあるよ」
『若い若い勇敢な男の子』が『かわいいぼっちゃま』の手からベルをうばう。
「いや、糸を通す穴がどこにもないだろ。こっちは丸みがあるのに、うらは平らだ」
『武骨で勇敢な正直者』が、裏返してみる。
「 『 おいて 』 」
おれはつかいかたを教えてやることにした。
テーブルに『武骨で勇敢な正直者』が太い指で丁寧に置いた。いわなくてももとのように丸みのあるほうを上にして置いたのは、ほめてやってもいい。
「 『 かわいい ぼっちゃまが おす 』 」
立ち上がって前足で押すまねをしてみせる。
「はあ?ぼくが? これを『おす』ってなんだよ?」
眉をよせながらも『かわいいぼっちゃま』は立てた指をこちらにだしてきた。そのゆびをかかえたおれは、ベルのうえにおいてやる。
「 『 おす 』 」
「いや・・・・これ、押したらなにになるんだよ?だいたいこれのこと、『ベル』って言わなかったか?」
いやそうにしたが、指はベルをおした。
ジリリリリリリリリリリリリリリ
「なんだよっ」
「鳴った!」
「おいおい、火災報知器と同じ音だな」
人間の男たちがおどろいたようにあたりをみまわしたとき、足もとにとびはねるようにしておれの仲間が湧き出てきた。そのままベルのおかれたテーブルにのぼって整列すると、みんながおれをみる。
おれは誇らしい気持ちで前あしのかたほうをあげ、うなずいてみせる。
おごそかに
うつくしく
『かわいいぼっちゃま』が誕生した日を祝う歌がはじまった。
次の章でおわります




