第7話 「黒い雷」
風が止んだ。
森の全ての音が、アークの言葉に押し潰されるように消えた。
セラの横で、リオが喉を鳴らす。
震えている――だが逃げる気配はない。
アークはゆっくりと前へ歩いた。
そのたびに、土がきしむ音だけがやけに大きく響く。
「少年。ここから先は、本当に命を賭ける場だ。
立つのなら、それ相応の覚悟を見せろ」
リオは顔を上げた。
泥まみれの外套が揺れ、剣を握る手が震える。
「……セラは、俺が守る。
どれだけ強くても……絶対に、退かない!」
アークの口元がわずかに動いた。
笑ったのか、呆れたのか判別できない。
「ならば、よかろう」
次の瞬間、大気が押し潰された。
アークの周囲に黒い魔力が渦を巻き、
世界がひとつの点へ吸い込まれるような圧力が生まれる。
セラは息ができないほどの悪寒に襲われた。
(……これが、“本当のアーク”……!?)
空が裂ける。
黒い雷が、アークの指先から無音で落ちた。
音が追いつくより先に、視界が白く弾け――
地面が爆ぜ、黒い焦げ跡が円を描いた。
狙いは、リオ。
「リオッ!!」
セラが叫ぶと同時に、リオは踏み出した。
恐怖をねじ伏せ、地面を蹴り、剣を振り上げる。
しかし黒雷は速い。
振り下ろされるより先に――
轟ッ!!
雷撃がリオの足元を抉り、土が爆風のように跳ね上がる。
衝撃でリオは吹き飛ばされ、木に背中を打ちつけた。
「――っぐ!!」
血が口からこぼれ落ちた。
アークは歩みを止めず、冷たい声で言う。
「殺してはいない。
だが、この程度で折れるなら、そこまでの者だ」
セラの胸が締めつけられた。
怒りでも憎しみでもない。
――恐怖だ。
自分が“滅び”を抱えて生きている限り、
こうした戦いが、奪われる命が、ずっと続く。
(いやだ……もう誰も、失いたくない……!)
セラの魔力が暴れ出す。
黒い暴風が足元に走り、魔法陣が勝手に浮かび上がる。
アークの視線が細くなる。
「やはり制御できていないな。
そのまま暴発すれば――君自身が先に死ぬぞ」
「黙れ……!!」
セラは叫び、暴れる魔力を押さえつけようとするが、
焦りが逆に暴走を加速させる。
魔法陣が大きく歪み、
黒い風が樹木を削り取り、砂塵が巻き上がる。
アークはため息をひとつついた。
「仕方ない。
――私が止める」
指先が光る。
黒雷が今度は“セラ”へ向けて落ちようとした――!
その瞬間。
「……やめろォッ!!」
ボロボロの身体で、リオが再び飛び出した。
剣を構え、足を引きずりながら、それでもアークの前へ立つ。
「セラに……触るな!!」
アークが初めて動きを止めた。
ほんの、ほんの一瞬。
少年のまっすぐな眼差しに、かすかな驚きが走る。
その隙に――
セラの魔力が爆ぜた。
黒い暴風が解き放たれ、
アークの黒雷とぶつかり合い、森中が震える。
闇と雷が交錯し、世界が裂けそうな光が走った。




