第4話 「滅びの紋章と、少年の叫び」
ガル・ゴーレムが地を砕きながら突進する。
巨体の影が森を揺らし、破壊の気配が迫る。
セラの足元に広がった黒い紋章は、渦のようにうねりながら彼女の魔力を吸い上げていた。
「セラ! 下がってろって言ってるだろ!!」
リオが叫ぶ。
だがセラは震える手を胸に置き、首を振った。
「……もう、逃げてばかりは嫌なの……!」
ガル・ゴーレムが巨腕を振り上げた。
空気が裂け、リオの顔が砂埃に包まれる。
「くっ……!」
リオは剣を交差させて受けようとするが――
重すぎる。
「うわっ――!」
少年の体が後ろへ吹き飛び、幹に激突した。
「リオ!!」
セラの叫びと同時に、彼女の胸の奥で“黒”が爆ぜた。
ドン、と空気が震え、黒紋章が巨大に広がる。
(だめ……これは、暴走する……!)
分かっている。
でも――リオが傷ついた瞬間、止められなかった。
黒い魔力が、嵐のように渦巻き始める。
ガル・ゴーレムがその気配に怯え、後ずさる。
四つの目が揺らぎ、森の獣たちは一斉に逃げ出した。
セラの髪が風に浮かび、紅い瞳が鋭く光る。
「……私のせいで誰も傷つけたくない……
だから……だから、お願い……これ以上近づかないで……!」
その声は悲鳴にも祈りにも聞こえた。
黒い紋章が裂けるように光り――
セラの掌に濃縮された黒球が生まれた。
“滅びの系譜”の中でも最も危険な破壊呪。
触れたものの構造そのものを崩壊させる魔法。
セラ自身も制御できない、ほとんど“呪い”と呼ばれる力。
リオがよろけながら立ち上がり、叫んだ。
「セラ! だめだ!!
その魔法は君を――!」
言葉の途中、ガル・ゴーレムが雄叫びを上げてセラに突進した。
セラは迷わず、黒球を握りしめる。
「来ないで――!」
黒球が砕けた。
――ズガァァァァァン!!!
黒い閃光が森を裂き、空へ直進する。
地面は波のように浮き、木々は光の圧力でしなり……
ガル・ゴーレムの巨体は、音もなく崩れた。
破壊されたのではない。
存在の形が“ほどけて消えた”。
セラはその光景に愕然とした。
「……やだ……また……」
その膝が崩れ落ちる。
魔力は制御できたように見えて、最後の瞬間に暴れた。
ガル・ゴーレムだけで済んだのは偶然だ。
「セラ!」
リオが駆け寄り、彼女を抱きとめた。
セラは震える唇で言葉をこぼす。
「私……もう誰とも一緒にいられない……
私のそばにいたら、あなたまで……!」
しかしリオは強く首を振った。
「違う! いまのは暴走じゃない!
“止めようとした”から、あの程度で済んだんだ!」
「止められてない! 私、怖いの!
この力を使えば……絶対、あなたも……!」
涙で滲んだ視界の中で、リオは彼女の手を取った。
「大丈夫。
君が怖いなら、僕が横で一緒に怖がる。
君が止まれないなら、僕が止める。
それでいいだろ!」
セラの瞳が揺れる。
「……どうして……そこまで……?」
リオは照れたように笑った。
「決まってる。
“君を助けるって決めたのは僕だから”。
誰に何を言われても、僕が勝手に決めたんだ!」
その言葉が、胸の奥へ強く突き刺さる。
温かくて、痛いほどに。
セラは俯き、震える声で呟いた。
「……じゃあ……もう少しだけ……一緒にいても、いい……?」
リオは迷わず答えた。
「当たり前だろ!」
森の風が吹き、黒紋章はゆっくりと消えていく。
破壊しか生まなかったはずの少女の魔力が、初めて“誰かのため”に使われた瞬間だった。
そして――
この出会いが、二人を世界の命運へと巻き込んでいく。




