第14話 「破滅は誰のために」
術式が完成するより早く、
世界のほうが耐えきれずに軋み始めた。
空が――割れる。
音はない。
だが確かに、現実そのものに亀裂が走った。
「……始まったか」
アークはもはや立っていなかった。
地面に崩れ落ちたまま、それでも目だけはセラを見据える。
「セラ……それは魔法じゃない
“概念”だ……!」
セラは聞いていなかった。
リオの手を握ったまま、
彼女は静かに詠唱を続ける。
言葉は古代語でも神代語でもない。
滅びの魔道士セラ自身が編み出した、
世界に存在しない文法。
「死は……不可逆?」
地面に描かれた黒い陣が、鼓動するように脈打つ。
「魂は……還るべき場所がある?」
周囲の森が、色を失った。
木も、土も、風も――
“意味”を奪われていく。
アークが呻く。
「やめろ……!
それ以上は……“世界の外”に触れる……!」
セラの声が、冷たく落ちた。
「触れるんじゃない」
黒い光が、彼女の背後に巨大な輪郭を形作る。
それは魔法陣ではない。
“選択肢”そのもの。
「引きずり出す」
その瞬間。
リオの胸が、大きく上下した。
「――っ!」
喉から、空気がこぼれる。
止まっていた心臓が、
ありえない速度で再び打ち始めた。
アークの目が見開かれる。
「……成功、した……?」
だが、次の瞬間。
セラの膝が、崩れ落ちた。
「……っ……!」
黒い血が、彼女の口元から零れる。
魔力が逆流していた。
いや、魔力ですらない。
“代償”が、彼女を内側から削っていた。
「セラ!」
リオが叫ぶ。
確かに、声を上げた。
生きている。
完全に。
だが、その代わりに。
「……リオ……」
セラは、微笑った。
「よかった……ちゃんと……生きてる……」
彼女の影が、薄くなる。
地面に落ちた黒い陣が、
ゆっくりと崩壊していく。
アークは、理解した。
「……そうか……
お前……自分を“死の代替”にしたな……」
セラは答えない。
世界の法則を壊した代償として、
彼女自身が“死の器”になった。
リオは震える手で、彼女を抱き寄せる。
「やだ……!
そんなの……そんなの……!」
セラは、かすかに首を振った。
「……選んだの……私……」
彼女の瞳から、光が消え始めていた。
空の亀裂が、静かに閉じる。
世界は、何事もなかったかのように形を保つ。
ただ一つだけ、違っていた。
滅びの魔道士セラは、
もう“この世界の存在”ではなくなりつつあった。




