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遺品整理5

 硝子細工の前で、蓮は決断した。

もともと売り払って金にするために持ってきものだ。

それをずるずる引き延ばし、手元に置いていたのが間違いだった。

写真を外す。他に選択肢はない。

工具箱からペンチを掴み、慎重に硝子の底へ差し込む。

 その瞬間、部屋の空気が軋むように歪んだ。 玄関の鍵が「カチン」と内側から音を立てる。

駆け寄り、鍵を回そうとしても、まったく動かない。

中で何かが噛み合ったまま固まっているようで、力を入れても手応えすらなかった。

窓の鍵も同じだ。

脱衣所の壁面、四角い通気口には、外れた棚板が内側から打ち付けられている。

出口はすべて塞がれていた。

壁紙が波打ち、染み込むように濃淡が浮かび上がる。

灰色の線が広がり、輪郭を持つ物へと変わっていく。


古着 18/9/41 カメラ 20/12/21

畳には湯呑みの形が、押入れの木目にはペンダントの金属輪が日付とともに浮かび上がる。

 

 突然、腕に痒みが走った。

蓮は無意識にかきむしり、袖を捲る。

皮膚の下を何かが這う──粒ではない。細い線。赤い、動く、文字。

「ごめんなさい」

「ありがとう」

血管の流れに沿って、文恵の筆跡が浮かび上がっていた。

そしてひときわ太い文字。

 

岸本蓮 7/6


ポケットからスマートフォンを取り出す。

通話画面に指を滑らせるが、履歴が浮かんでは消え、繋がらない通知音だけが虚しく鳴る。

 蓮は枕代わりのクッションをつかみ、コンロの前に立った。

煙なら気づくかもしれない──外の誰かが、この異常に。

クッションを点火したコンロにのせた。

布がじりじりと焼け焦げ、繊維が縮れながら黒ずんでいく。

煙は出なかった。代わりに、鼻の奥を刺すような刺激臭だけがじわじわと漂い始める。

化学繊維が焦げる酸味のある匂い。

喉を焼くような熱に、呼吸が浅くなる。

吸っても満たされない。 肺が動いても、それが意味を持たなくなる感覚。

最後の力で硝子細工へ手を伸ばす。

そこには、笑っている自分が映っていた。

頬は動かず、目の奥には知らない意志が宿っていた。

静かに、部屋の音が消える。





都内アパートでボヤ けが人なし


6日未明、東京都内のアパートで火災が発生した。近隣住民の通報により消防が出動し、火は約30分後に鎮火した。けが人はいなかったが、室内の一部が焼けた。

火元は現在、空室とされる部屋とみられており、警察と消防が原因を詳しく調査している。

現場の状況などから、放火の可能性もあるとして警察は近隣への聞き込みを進めている。



以上でテーマ「遺品整理」は終了です。


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