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遺品整理4

 蓮は、施設の廊下に置かれた回収袋の重さをふと思い出した。

中には、封筒や、小さなペンダント、くすんだ布の端切れが含まれていた。

 部屋が物で溢れないよう、判断能力が不安定になった入所者の担当は「不要物」を自らの裁量で処分することが許されていた。

 

 彼女が入所してから、何度も渡してきた手紙。

震える文字で「ごめんなさい」「ありがとう」と書かれた文面。

彼はそれを“ゴミ”として処理していた。

誰にも見せず、誰にも伝えなかった。


 文恵は手渡すたびに、少し申し訳なさそうに笑った。

吐き戻した食事、失禁に糞便の片づけ。繰り返される感謝と謝罪。

後始末をする蓮にとってそれは“不快な記憶のスイッチ”にすぎなかった。

業務に支障をきたさなくとも、ただ面倒で目障りだった。

彼は目を通したふりをして、それを廃棄した。

机の下で袋に押し込みながら、指先にわずかな抵抗を感じた。

だが、それもすぐに消えた。

 

 湯に手を沈めようとした瞬間、蓮は指を引いた。

肘の内側、皮膚の下が、ざらりと軋んだような気がした。

目を凝らす。

血管の脇で、光が反射している。

腕を傾けて、角度を変える。

それは粒のように見えた。細く、透明で──光の加減ではなかった。

蓮は息を止めて、触れようとした。

けれど、爪の先が乗った瞬間、内部で何かが“逃げる”ような感覚がした。

心臓が一拍、音を外した。

居間に戻ってすぐ棚の上からスマートフォンを取る。

「皮膚の下 透明な粒」と検索窓に打ち込もうとする指が、微かに震えた。


「いくつか、硬い粒のようなものがありますね。少し光って見えるので、ガラスに近いかもしれません」

 医師はモニターを示しながら蓮の目を見た。

「ガラス……?」

「ええ。ただ、外から入ったような形跡はありません。ぶつけたり、何か刺さった覚えは?」

「ないです」

 医師は小さく息を吸ってから、言葉を選ぶように言った。

「炎症は起きていませんし、今すぐどうこうということではありませんが、念のため詳しく調べましょう。近日中に再検査に来ていただけますか?」

 口調は穏やかだったが、蓮は胸の奥が冷たい手で撫でられたような気がした。


 帰宅後、蓮は水を飲もうとして棚の前に足を止める。

そこにある写真──文恵の笑顔が、硝子の中からこちらを見ていた。

蓮は無意識に一歩だけ横に動いた。

 ──気のせいに決まっている。

けれど胸の奥には、確かに見られている感覚が残っていた。

 硝子細工を手に取ると、文恵と自分の顔がうっすらと重なる。

肌がざわつく。

裏面のざらつきに指を這わせると、刻まれた文字が現れる。

── レン

── 03.06

息が詰まり、指が動かなくなった。

思考が急停止する。

スマートフォンを取り出し、メッセージを打ちかけては消す。

やがて届いた返信──文恵の死亡日は三月七日。


蓮の体温がわずかに下がったような感覚。

硝子が汗ばんだ指先に重くのしかかる。

文恵の目が、静かに蓮を捉えていた。





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