虫
映像関係の仕事をしている知人から聞いた話だ。
数年前、心霊スポットの撮影に同行したときのことだという。
場所は県境の山奥にある廃神社。
鳥居は崩れ、社殿も半分土に埋もれていた。
いわゆる“出る”場所らしいが、撮影中は何も起こらなかった。
ただ、虫の音がやけにうるさかったそうだ。
特に、耳に付きまとうような小さな羽音が、ずっと鳴っていたらしい。
そこから家に帰るまで、別段おかしなことはなかったという。
しかし風呂から上がってベッドに入ったとき、再びあの羽音が聞こえてきた。
今度は外ではなく、自分の耳の奥から。
窓を閉めても、部屋を変えても、音は止まらなかった。
病院に行っても異常は見つからなかった。
医師の診断は「ストレス性の耳鳴り」だった。
だが、彼は言う。
「音が、呼吸と同期してるんだよ。
まるで、自分の中で羽ばたいてるみたいに」
ある夜、彼は部屋の壁の隅に虫がいるのを見つけた。
小さくて、羽がある。見たことのない形だったという。
指を伸ばした瞬間、耳の奥で羽音が跳ねた。
指先が痺れたように動かなくなり、音が急に強くなった。
気づいたときには、虫は消えていた。
それから、彼は夢を見るようになった。
あの神社の中。社殿の奥に、何かが蠢いている。
羽音が、心臓の鼓動と重なるように──
最後に会ったとき、彼はこう言った。
「たぶん、音だけくっついてきたんだろうな。
あれは、鳴いてるんじゃなくて、呼んでるんだよ。
仲間を」
その後、彼とは連絡を取っていない。
彼の話を聞いて以来、夜に羽音が聞こえるようになったからだ。
窓を閉めても、止まらない。




