畑
実家から少し離れた畑道に、崩れた石垣の跡があるんですよ。
戦時中は防空壕だったそうです。
うちの祖父が、そこに入ってたって言ってました。
昭和二十年の三月、空襲で家族とはぐれて、ひとりで逃げ込んだんです。
中は狭くて、湿ってて、昼でも真っ暗だったって。
サトウキビの根が天井から垂れてて、風も通らないのに葉が揺れていた。
その夜、壕の中には七人いたそうです。
空襲が止んで、順番に外へ出た。
祖父は最後でした。
外に出た瞬間、空気が違ったって言ってました。
風は吹いてないのに、葉が揺れていたそうです。
背後で足音がして、振り返ると、壕の入口に人影がいた。
輪郭はあるのに、目も鼻も口もなく、ただ、立っていたと。
そこから、おかしな話なんですが、気がついたら、また壕の中にいたそうです。
出た記憶はあるのに、壁の湿気、土の匂い、誰かの息遣い──全部、さっきと同じだったって。
そしたら奥の方から声がした。
“まだ出ちゃだめだ”
誰の声かは分からない。
気味悪く思ったものの、外に出る気にもなれず、そのまま壕で夜を越しました。
夜が明ける前、祖父はそっと壕を出ました。
外に出たとき、葉はまだ揺れていたそうです。
風はなかったのに。
振り返らずに歩いたといいます。
後になって、元の壕にいた人たちは全員亡くなっていたと聞きました。
爆撃ではなく、崩落によって入口が潰れ、誰も出られなかったそうです。
祖父はずっと「順番を守れ」と繰り返していました。
食事のときも、風呂のときも、バスに乗るときも、必ず順番を確認してました。
家族で写真を撮るときも、並び順を何度も直すんです。
「順番が違うと、戻れなくなる」って言ってました。
理由は聞いても、教えてくれませんでした。