自転車
高校時代、Hさんは通学に自転車を使っていた。
駅前の駐輪場、番号はA-17。いつもそこに停めていた。
朝はワイヤーロックで施錠し、学校へ向かう。
それが習慣だった。
ある日、夕方に戻ると、鍵が二重にかかっていた。
自分の鍵の上から、見覚えのないU字ロックが通されていた。
鍵は外されていない。誰かが重ねて施錠したのだ。
管理人に頼み、U字ロックをワイヤーカッターで切断してもらった。
管理人は「誰かのいたずらかもしれない」と言ったが、Hさんは違和感を拭えなかった。
翌週も同じだった。
今度はチェーンロック。
鍵の種類は毎回異なり、自分の鍵は常にそのまま。
さすがに気味が悪くなり、警察に相談した。
制服の警官が二人、駐輪場をざっと確認して、調書を取った。
管理人と短く言葉を交わしたあと、Hさんには何も説明せず、
「また何かあったら管理人さんに」とだけ告げて、足早に立ち去った。
それ以来、HさんはA-17を避けるようになった。
だが、通りかかるたび、そこには自転車が停まっていた。
しばらくして、A-17に停めていた自転車が盗まれる事件があった。
持ち主は、Hさんと同じ高校の生徒だった。
その週、彼は行方不明になった。
数日後、近くの貯水池から、持ち主のわからない自転車が引き揚げられた。
フレームはねじ曲がり、タイヤは裂け、ガソリンで燃やされた様な痕跡があったという。
Hさんは、それ以降自転車通学をやめ、駐輪場の前を通ることもなくなった。