キッチンカー
大学の近くに、週に一度だけ現れるキッチンカーがあった。
毎週水曜の昼休み、校門の前に静かに停まっている。
メニューはカレーのみ。
チキン、ポーク、野菜の三種類。
どれも500円で、量が多くて美味しいと評判だった。
自分も何度か買ったことがある。
店主は無口な中年男性で、注文を聞いても一言も発さず、黙って盛り付ける。
レジはなく、現金を手渡しするだけ。
それでも、いつも行列ができていた。
ある日、友人のKが「この店、なんか変じゃない?」と言い出した。
「何が?」
「先週、ポーク頼んだら、チキンが入ってた。で、今日チキン頼んだら、肉が入ってなかった」
「ただのミスじゃない?」
「いや、なんか…味が違う。カレーの匂いはするけど、食べてると気持ち悪くなる」
自分は気にせず、翌週も買いに行った。
その日は、いつもより空いていた。
店主は相変わらず無言で、僕の顔を一度も見なかった。
食べながら、ふと違和感を覚えた。
味が薄い。
でも、スパイスの匂いだけは強い。
肉は噛んだ瞬間、ぬるりとした膜の様な感触があって、舌に残る味が泥臭かった。
野菜も、見慣れない葉が混じっていた。
ほうれん草に似ているが、茎が妙に硬く、噛むと青臭さとともに舌の奥がじんわり痺れた。
食べ終わったあと、胃が重くなった。
その夜、軽い吐き気があった。
翌週、水曜になってもキッチンカーは来なかった。
大学の掲示板に「保健所の調査が入ったため、営業停止中」と書かれていた。
理由は書かれていなかった。
それから数日後、Kが大学を休んだ。
連絡がつかず、家に行ってみた。
Kの母親が出てきて、「最近、ずっと部屋にこもってる」と言った。
「食欲がないみたいで…カレーの匂いがすると、泣き出すんです」
僕は何も言えなかった。
あのキッチンカーは、もう来ていない。
でも、たまに大学の前を通ると、スパイスの匂いが風に混じっている気がする。