車
Kさんは、深夜の高速道路をひとりで走っていた。
仕事の都合で地方の現場からの帰り道。
ナビによれば、あと1時間ほどで自宅に着くはずだった。
車内は静かで、ラジオも切っていた。
ただ、バックミラーに映る後方の闇が、妙に気になった。
何もいないはずなのに、視線を感じる。
Kさんは、ミラーの角度を少し変えた。
すると、後部座席の端に、何かがちらりと映った気がした。
黒い影のようなもの。
だが、振り返っても誰もいない。
「疲れてるだけだ」
そう思い直し、前方に集中しようとしたが、
ミラーの中の“何か”は、少しずつ中央に寄ってきているように見えた。
Kさんは、車を路肩に停めた。
後部座席を確認する。
何もない。
ただ、シートベルトが、誰かが使ったように少し伸びていた。
気味が悪くなり、ミラーを完全に折りたたんだ。
それからは、何も見えなくなった。
ただ、視界の外側で、何かが動いているような気配だけが残った。
自宅に着いたのは、午前2時過ぎ。
車を降りて、玄関に向かおうとしたとき、
後部座席の窓に、うっすらと手の跡がついているのに気づいた。
Kさんは、鍵を開けながら、ふと振り返った。
車の中には誰もいない。
ただ、ミラーだけが、いつの間にか元の角度に戻っていた。