コンサート
Yさんは、あるアイドルグループの古参ファンだった。
グループは10人でデビューし、Yさんの推しはKというメンバーだった。
Kはダンスが得意で、パフォーマンスや表現力にも定評があり、初期のセンター曲も多かった。
だが、2年目の春、Kは突然活動休止となり、数ヶ月後に「卒業」とだけ発表された。
卒業ライブもなく、SNSも非公開になり、ファンの間では「何かあったのでは」と囁かれていた。
それでも、YさんはKの存在を忘れず、ライブ映像や雑誌を大切に保管していた。
それからグループは9人編成で活動を続け、人気はさらに高まり、ついに東京ドーム公演が決まった。
Yさんは迷った末、久しぶりに現地に足を運ぶことにした。
開演前、スクリーンに流れるメンバー紹介映像を見て、Yさんは違和感を覚えた。
最後に、一瞬だけKの顔が映った気がした。
でもすぐに画面が切り替わり、周囲のファンは何事もなかったようにペンライトを振っていた。
ライブが始まると、9人のメンバーが登場した。
演出も照明も完璧で、観客の熱気は最高潮だった。
ただ、ある曲のフォーメーションで、奇妙なことが起きた。
センターの後方、空いているはずの立ち位置に、誰かが立っていた。
衣装は他のメンバーと同じ。髪型も、Kの卒業直前のスタイルに似ていた。
Yさんは目を凝らしたが、スクリーンには映っていない。
隣の若いファンに「今、10人いたよね?」と聞くと、
「え?ずっと9人だよ。10人だったことなんてない」と返された。
その言葉に、Yさんは背筋が冷えた。
Kは確かにいた。初期のライブ映像にも、雑誌にも、ソロ曲にも。
だが、最近発売されたベストアルバムのブックレットには、Kの名前がなかった。
公式サイトのメンバー履歴にも、Kの記載は消えていた。
ライブ後、SNSでは「一瞬10人に見えた」「誰かいた気がする」という投稿がいくつかあった。
だが、公式がアップした映像には、9人しか映っていない。
しかも、Kの話題を出すと、なぜか投稿が削除されたり、アカウントが凍結されたという報告もあった。
Y
さんは、昔のライブDVDを再生した。
Kがセンターを務めていた曲の映像。
その立ち位置は、今回のライブで“誰かがいた”場所と完全に一致していた。
そして、最後のアンコール曲。
観客のコールに、誰も言っていないはずの「Kちゃーん!」という声が、微かに混じっていた。
Yさんは、もう一度公式サイトを開いた。
メンバー履歴のページ。
そこには、こう書かれていた。
「このグループは、結成当初から9人で活動しています」