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竜帝国と光彩の乙女  作者: 天瀬 澪
第1章:光の大陸
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7.《光彩の乙女》①


 竜騎士団は、竜と人が共存するルトアーナ帝国にとって必要不可欠な存在だ。


 五つに分かれた大陸に、それぞれ竜騎士団が設立されている。中でも皇帝が住む光の大陸は、皇帝が最も期待を寄せる光の竜王が存在しており、ここは竜騎士団の本部と呼ばれている。



 光の力を持つ竜王―――キアラ。

 長い間竜王として君臨し、光の竜たちを率いて邪竜と戦ってきた。

 それぞれの大陸に存在する竜王は、パートナーを自ら選ぶ。そして選ばれた者が竜騎士団をまとめる団長となるのだ。


 前竜騎士団長が戦いの最中に命を落としたあと、キアラに選ばれたのがアベルだった。

 そして竜騎士団長であるアベルは、先月光の竜王キアラを失ったのだ。



「ノクト副団長、お疲れさまです」


「ああ、お疲れ」



 竜騎士団の副団長であるノクトは、アベルとキアラを間近で見ていた一人だった。

 すれ違う団員たちと挨拶を交わしながら、窓の外へ視線を投げる。多く立ち並ぶ竜たちの宿舎の一つに、身の程知らずの令嬢を置いてきたばかりだ。



 ルーシャ・オールディスという名前は、社交界で有名だった。

 オールディス伯爵家は、もともと評判が良い家ではない。そこの令嬢は生まれつき病弱で、社交の場に一度も顔を出したことはなかった。


 噂好きの貴族たちは、すぐにあれこれと噂話を始める。『病弱で引きこもり、痩せこけた青白い顔をしているらしい』『日に当たらないせいで性格は暗く、使用人に陰湿な虐めを繰り返しているらしい』―――そんな噂がルーシャという名前を着て一人歩きしていた。

 そして最終的についたあだ名が『幽霊令嬢』だ。



「幽霊令嬢、ねぇ……」



 ノクトはボソリと呟く。少なくとも彼の目に、ルーシャという少女は幽霊のようには映らなかった。

 確かに普通の令嬢より痩せてはいたが、血色の良い肌だった。性格は暗いというよりは気迫を感じるほどで、本人が昏睡状態だったと言っていたことが嘘だと思ってしまう。


 ―――けれど、いくらルーシャが噂通りの令嬢ではなかったとしても、ノクトに馴れ合うつもりは一切無かった。

 ルーシャは、ノクトの尊敬する竜騎士団長であり、友人でもあるアベルを傷付けたのだ。



 百歩譲って、アベルを呼び捨てにしたことは目を瞑る。そのあとノクトのことも呼び捨てで呼んでいたし、社交界から切り離されていたせいで礼儀が身についていないのだろう。

 けれど―――キアラの名前を騙ったことは許せなかった。他の誰でもないアベルの前で、その名前を騙ったことだけは。


 アベルに近付くことが真の目的だとしても、人間が竜であると騙るのは無理がある。



「……ただのバカだったか?あの令嬢」


「門にいた少女のことですか?ノクト副団長」


「ぅわ!?」



 突然顔を覗き込まれ、ノクトは心底驚いて飛び退いた。数人の団員たちがケラケラと笑っている。



「〜お前ら、背後からいきなり現れるなよ」


「副団長が廊下のど真ん中で突っ立ってるんですもん」


「そうそう。それで、あの子は貴族のご令嬢だったんですか?」



 門での騒動は、あっという間に団員たちに広まっているようだ。ノクトは肩を竦めた。



「そんなに気にする相手じゃないさ。自分が《光彩の乙女》だと信じて疑わない他の令嬢と同じで、ただ迷惑を背負ってやって来ただけ」


「ああ……今朝もいましたねぇ」


「結局竜に会わせたら泣いて帰って行きましたよね。どこにいるんですかねー、本物の《光彩の乙女》は」


「きっと聖女みたいな見た目じゃないか?すっごく美人で〜、光輝いてて〜……」



 団員たちが《光彩の乙女》がどんな人物かを楽しそうに話している様子を、ノクトは呆れた目で見ていた。


 《光彩の乙女》とは、遥か昔から語り継がれるおとぎ話の登場人物で、竜帝国ルトアーナに住む国民なら皆が知っている存在だ。

 竜の言葉が分かり、五種族の竜王たちを従える力を持つ少女。希少な力を持つその存在が、過去に実在していたことは文献に記されている。


 けれど、《光彩の乙女》の誕生は、《闇の竜王》の誕生と表裏一体であることもまた、有名な話だった。



「……お前ら、アベルの前で《光彩の乙女》の話はするなよ」



 ノクトが低い声でそう言えば、団員たちがピタリと口をつぐんだ。

 アベルのパートナーであるキアラは、闇の竜王によって命を奪われたのだ。けれど、その亡骸は未だに見つかっていない。


 《光彩の乙女》が現れなければ、《闇の竜王》もまた現れなかった。キアラの命が奪われることはなかったかもしれない。

 けれど、実際に《闇の竜王》が現れた今、《光彩の乙女》がこの国の命運を握っていることは間違いない。問題は、その《光彩の乙女》をどうやって見つけ出すかだ。



 最近では、自らを《光彩の乙女》だと名乗り竜騎士団にやって来る少女が多い。特に貴族の令嬢たちだ。

 その理由は、ルトアーナ帝国で定められているうちの一つの法令が関係している。それは、“《光彩の乙女》は皇族と婚姻を結ぶこと”という法令である。


 令嬢たちは確固たる地位を求め、《光彩の乙女》だと名乗りを上げるのだ。



「……すみませんでした、副団長。アベル団長の前では気を付けます」


「謝らなくていい。俺も《光彩の乙女》の存在自体は気になるしね」


「あ、でも……門で叫んでた子はいつもの感じじゃないんですよね?」


「違う……けど、アベルにとって邪魔な存在には変わりないから、いつものようにグランヴィルのいる宿舎に置いてきた」



 サラリとノクトがそう告げると、団員たちは揃って「あー……」と呟いた。


 ノクトのパートナーである竜のグランヴィルは、気性が荒い。さらにグランヴィルのいる宿舎は攻撃的な竜の集まる場所で、《光彩の乙女》を名乗る者が現れたら真っ先にそこへ連れて行かれる。

 複数の竜に睨まれ威嚇されれば、普通の少女ならその場で叫んで逃げ出すか、失神するかのどちらかである。



「最早……通過儀礼という名の拷問ですね」


「確かに。俺たちですらグランヴィルは怖いですし……というか副団長、それなら早く戻ってあげた方がいいんじゃないですか?」



 失神してたら大変ですよ、と言われたノクトは、頬をポリポリと掻く。この通過儀礼で一つ問題なのは、令嬢の場合だと親が不平不満をぶつけてくることが多いことだ。


 ルーシャの親であるオールディス伯爵は、面倒な人物に当てはまるなと思いながら、ノクトは再び窓の外へ目を向けた。

 グランヴィルのいる宿舎の外に人影はない。つまり、宿舎の中で失神しているのだろう。



「はぁ……めんどくさ。行ってくる」



 ため息一つ吐き出してから、ノクトは宿舎への道へと戻って行く。

 そしてそこで、信じられない光景を見ることになるのだった。






「……ん?」



 宿舎の扉を開いた瞬間、ノクトはいつもと様子が違うことに気付いた。

 竜たちはいつもの自分の定位置に素知らぬ顔で居座り、その中央でルーシャが失神しているものだと思っていたのだが、何故か竜たちが最奥に集まっている。


 そこがグランヴィルの定位置であることを知っているノクトは、一瞬で血の気が引いた。ルーシャが竜たちを怒らせ、襲われたのではないかと思ったのだ。



「―――お嬢さ……ん?」



 素早く駆け出したノクトは、その先の光景を見てピタリと足を止める。

 最悪な想像通りとはならず、ルーシャは無傷でそこにいた。いたのだが、失神していなければ、竜たちを怖がってもいない。むしろ。



「……笑ってる?」



 楽しそうに笑うルーシャが、グランヴィルを含む竜たちとじゃれ合っていた。そのあまりにも信じられない光景に、ノクトは夢じゃないかと自分の頬をつねる。

 痛みでピリついた頬を擦ると、ルーシャの声が耳に届いた。



「どう?グランヴィル、この辺りでしょ?」


「グルルルル……」


「グギャオォ!」


「はいはい、みんな順番ね」



 血気盛んな竜たちが甘えた声を出し、ルーシャを囲んでいる。ルーシャは笑顔でそんな竜たちの鱗を丁寧にブラッシングしていた。

 混乱して棒立ちのノクトに気付いたのは、ブラッシングが終わって満足げな顔をしたグランヴィルだった。



「……グルル…」


「え?」



 ルーシャの黄金色の瞳がノクトを見つけ、サッと顔色を変えた。



「ノクト、ごめんなさい。まだブラッシングが終わってなくて……」


「いや……。ちょっと待って……。言いたいことがたくさんあるんだけど、とりあえず……」



 ノクトは額に手を当て、精一杯の否定の言葉を頭の中に並べた。それでも、目の前にいるルーシャに問い掛けたい言葉は、一つしか浮かんでこなかった。



「―――君が、《光彩の乙女》?」



 今は亡き光の竜王と同じ黄金色の目が、パチパチと瞬きを繰り返していた。



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