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竜帝国と光彩の乙女  作者: 天瀬 澪
第1章:光の大陸
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5.竜騎士団①


「よし、準備はこれで大丈夫ね」



 ルーシャは帽子を被りながら、鏡の前でくるりと回転する。

 腰まで伸びた波打つ銀髪は艶を、青白い肌は血色を取り戻していた。体の線はまだ細いが、前のようなすぐに折れてしまいそうな細さではない。

 これで体調が完璧ならば申し分ないのだが、そこは変わらず病弱のままである。


 鏡に映った動きやすいシンプルなドレスを眺めていると、侍女のエドナが眉を下げながら小さな鞄を手渡してきた。



「ルーシャお嬢さま……本当に外出なさるのですか?」


「勿論よ!何のために私が毎日頑張ったと思ってるの?」


「ですが、お嬢さまお一人ではさすがに心配です……!私がついていける日に変更はできませんか?」



 エドナの心配は最もであるが、ルーシャはふるふると首を横に振った。


 優秀なエドナは、この伯爵邸の使用人たちから一目置かれている。それはここで毎日過ごしていて分かったことだ。

 それと同時に、ルーシャの両親は人使いが荒かった。無理難題を押し付けることも多く、使用人や衛兵は常に疲弊していた。


 伯爵邸で働く人たちにとって、エドナは頼れる存在だ。そしてエドナに常に気にかけてもらえているルーシャが、あまり良く思われていないことも分かっている。

 それもそうだろう。病弱でずっと部屋に引きこもり、権力を振りかざす両親を諌めることもできないのだから。



「私がエドナを独占してしまったら、ここで働くみんなが困るもの。大丈夫よ、出先で倒れたりしないように気を付けるから」


「ルーシャお嬢さま……」


「こうして馬車を用意してもらえただけでもありがたいわ。本当は竜に乗って移動したかったけど……」


「お嬢さま、それはまだ許可できません。竜の背中に乗るということを甘く見てはいけませんよ?常に揺れますし、スピードが速すぎてお身体が風にさらされますし……」


「分かってるわよ、今はまだ馬車で我慢するから」



 エドナが竜を移動手段として使うことの注意事項をペラペラと述べ始め、ルーシャはそれを止める。

 光の竜王キアラとして生きていたので、同じ竜のことはエドナよりも詳しいのだ。


 移動手段として訓練を受けた竜も、普段は竜騎士団にいる。観光地で定期的に人を運ぶ竜と、個人的に利用申請が来たら目的地まで運ぶ竜で分かれており、それぞれ利用料も乗り心地も違う。

 それでも、戦闘用に訓練を受けた竜よりも乗り心地はだいぶ優しいはずだ。



 パートナーのアベルを背中に乗せ、大空を駆け回っていた記憶を懐かしみながら、ルーシャはエドナに分かれを告げて伯爵邸の外へ出た。

 門で待っているのはとても小さな馬車だ。伯爵令嬢が乗るような馬車ではないと、ルーシャにでも分かる。


(……この馬車で何かあっても、伯爵家とは関係ないから好きにしろって意味?)


 生まれつき体が弱く、自由に生きられなかった少女。

 エドナから聞いた話では、貴族令嬢が参加するようなパーティーには一度も出られなかったらしい。『オールディス伯爵家の幽霊令嬢』と影で噂されているようだ。



 馬車へ近付くと、若い青年の御者が立っていることに気付いた。ルーシャと目が合うとぺこりと頭を下げてくる。

 思わずじっと見つめてみたが、エドナやクリフの時のように御者の名前を思い出すことはなかった。



「……あの、竜騎士団のところへお願いしたいんだけど……」


「かしこまりました。馬車ですと一時間ほどかかります」


「一時間!?……結構遠いのね。馬車の中で倒れないように気を付けないと」



 ルーシャが呟くように言った言葉に、御者がピクリと反応を示した。



「……病み上がりのお嬢さまのお体に、できるだけ負担がかからないように努めます。ですが、無理をされるのであれば……」


「む、無理なんてしてないわ!お願い、どうしても竜騎士団に行きたいの……!」



 慌てて両手を合わせて懇願したルーシャを、御者は不思議そうな顔で見ている。



「かしこまりました。それではお手を」


「ありがとう」



 安堵のため息を吐きながら、ルーシャは御者の手を借りて馬車の中へ乗り込んだ。座り心地が良いとは言えないイスに腰掛け、そわそわと窓の外を見る。


(乗り物に乗るなんて、初めての経験ね。自分で飛んで好きなところへ行けないなんて、人間てとても不便だけど……誰かに連れて行ってもらうのは楽しそう)


 そんな期待に満ちたルーシャの顔の輝きは、すぐに失われることとなった。




 ―――出発から僅か十分後、ルーシャは思わず叫ぶ。



「……おっそい!!何これ進んでるの!?」



 窓にビタッと両手を当て、流れる景色を確認した。確かに進んでいるのだが、竜が飛ぶ速度に比べたら遅すぎて逆に頭が痛くなってくる。

 ため息と共に額をコツンと窓に当て、ルーシャは先ほどの御者の言葉を思い出した。


 ―――『……病み上がりのお嬢さまのお体に、できるだけ負担がかからないように努めます……』


 あの言葉で、ルーシャが昏睡状態であったこと、そしてつい最近目覚めたことを知っているのだと気付いた。

 御者が知っているのならば、間違いなく他の伯爵邸で働く者たちも知っているだろう。エドナがわざわざ黙っているはずもない。


 それなのに、目覚めてから今日まで、誰からも心配の言葉を掛けられなかった。

 昏睡状態に陥ることが、『病弱なルーシャ』にとって当たり前のことだと思われているのだろうか。



「そんなの……悲しすぎるわ」



 ルーシャはポツリと呟く。たった十日ほど生活しただけで悲しい気持ちになるのなら、昏睡状態になる前の元のルーシャは、いったいどれだけの苦しい感情を抱えて過ごしていたのだろう。


 複雑な想いを抱えながら、ルーシャは長い長い道のりを揺られていた。






 ***



 約一時間後、馬車は見慣れた場所へと到着した。

 御者の手を借り馬車から降りると、ルーシャは竜騎士団の拠点となる要塞を見上げる。高い塀に囲まれた中央に佇む城に似た建物で、竜騎士たちは一日を過ごしている。


 ちなみに、塀が高いのは竜対策ではなく、人間対策だ。竜の価値に目を付け、良からぬことを企む悪党はどこにでもいるのだ。

 この要塞は、竜たちを護るために各大陸に建てられている。



「…………」



 ここへ戻るのは約一か月半ぶりだ。それなのに、とても長い時間離れていたような感覚に陥り、ルーシャはぐっと唇を噛む。

 この姿では、すぐにキアラだと判断してもらえないだろう。頭ではそう分かっていても、気持ちはどうしても逸ってしまう。



「……ルーシャお嬢さま?」



 御者の戸惑った声が背中に届いたが、ルーシャは気にせずに駆け出していた。

 待ち望んだ再会のときが、すぐそこまで迫ってきている。


(アベル……みんな。話したいことがたくさんあるの。あの日、城下町を護ってくれてありがとう。ケガはしなかった?私を攻撃した闇の竜王はどうなったの?……私がいなくなって、寂しかった?)


 心臓の鼓動が速くなる。あまり走ると病弱なこの体には酷なのに、それでも足を止められない。

 ―――けれど。



「君、止まりなさい」

「誰だ?一般人を通すわけにはいかないよ」



 二人の門番が眉を寄せ、ルーシャの行く手を阻んだ。その先にある門はガッチリ閉じられている。

 あまりの仕打ちにルーシャの口からうめき声が漏れた。



「ひ、酷いわ……!せっかく努力してここまで来たのに……!」


「努力?何のことだ?」


「お願い、中に入れて!どうしても会いたい人がいるの……!」


「それはできない。どうしてもというなら、正式な許可を取ってから出直して来てくれ」



 門番の対応は一つも間違っていないし、こうなることを予測して対策を立てなかったルーシャのミスだ。それでも大人しく引き下がれなかった。



「ざ、雑用でも何でもするから!竜のことなら何でも分かるわ!」


「君、いい加減に……」



 一人の門番の言葉の途中で、フッと影が落ちた。すぐに空を見上げれば、羽ばたく竜たちが目に映る。

 ちょうど見回りに出ていたのだろうか、数体の竜が敷地内に降り立ち、その背中から竜騎士が降りる様子が門の鉄格子の間から見えた。


 けれど、目を凝らして見てもそこにアベルの姿はない。がっくりと落としたルーシャの肩に、門番の手が添えられる。



「ほら、竜が見れたからもういいだろう。門から離れて」


「……私が会いたいのは竜じゃ―――、」



 戻ったばかりの竜騎士たちの元へ、一人の人物が遠くから近寄って来るのが見えた。どんなに遠く離れていても、ルーシャには分かる。


(―――アベル)


 ルーシャの中のキアラの魂が、喜びで大きく震えていた。



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