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竜帝国と光彩の乙女  作者: 天瀬 澪
第1章:光の大陸
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4.外出許可


 竜であるキアラが人間であるルーシャとして生きるようになり、早くも十日が過ぎた。


 体調を整え、外出許可が出なければルーシャは竜騎士団へ向かうことができない。竜騎士団長であり、パートナーであったアベルに会うために、ルーシャは慣れない体で懸命に努力していた。



「さぁエドナ、条件を達成したわよ……!」



 息を切らし汗を垂らしながら、ルーシャは「どうだ!」と言わんばかりの表情で侍女のエドナを見る。

 エドナは何かと葛藤するかのように険しい顔をしてから、すぐに肩を落として息を吐いた。



「……中庭を一度も体調を崩すことなく一周する……確かに条件達成です、ルーシャお嬢さま」



 たったそれだけの条件ではあったが、ルーシャにとってはなかなか厳しい条件だった。

 長時間日光に当たれば目眩を起こし、突然発作のような咳が出ては動けなくなる。普通に歩くだけでも、すぐに息が上がってしまうのだ。


 それでも、ルーシャは諦めなかった。

 栄養バランスのいい食事を摂り、適度な運動を続け、どんなに倒れようが、エドナに涙ながらに懇願されようが、竜騎士団へ行くために頑張った。


 そしてようやく努力が実を結び、『中庭を一度も体調を崩すことなく一周する』というエドナが出した条件を達成することが出来たのだ。



「ついにやったわ……!これで竜騎士団に行けるのね?」


「まだですよお嬢さま。旦那さまと奥さまから許可を頂かないといけません」


「あ、そうだったわ」



 条件達成で顔を輝かせていたルーシャは、途端に眉を下げて落ち込んだ。そして、未だに一度も顔を見ていない両親のことを考える。


(滅多に外に出ないルーシャ……私が、意識を取り戻してから毎日中庭にいることは、両親の耳に入っているはず。それでも、一切会いに来ないんだから)


 両親から会いに来たら、その時に外出許可を頼もうと思っていたのだが、その機会が来る前にルーシャがエドナの出す条件を達成してしまった。

 このまま待っていても、両親が会いに来ることはないだろう。



「エドナ、今日の夕食の時に同席しようと思うんだけど。そこで両親から許可をもらいたいわ」


「……分かりました。厨房にお嬢さまの分も一緒に配膳してもらえるように伝えてきます」


「反対しないの?」


「今のルーシャお嬢さまは、いくら止めても無駄だということが分かりましたから」



 エドナはそう言って苦笑すると、頭を下げてから厨房へと向かって行った。

 ルーシャはその背中を微笑んで見送ってから、ずるずるとその場にしゃがみ込む。中庭を一周できたはいいが、既に限界ギリギリだった。


(もう、本当に……病弱すぎるんじゃない?)


 地面をじっと見つめながら、乱れた呼吸を整える。エドナに見られたら、「やっぱりまだお嬢さまには早いです!」と叱られてしまいそうだ。

 早く立ち上がらなければと、足にぐっと力を入れた時だった。



「―――大丈夫?」



 目の前にふと影が落ち、頭上から声が振ってきた。ルーシャが顔を上げると、そこには見たことのない少年が本を脇に抱えて立っている。

 銀の髪が風に揺れ、感情の読めない緑の瞳がじっとルーシャを見つめていた。



「……クリフ?」



 自然と少年の名前が口から零れ落ち、ルーシャは不思議な気分になった。エドナの名前を思い出したときと同じ感覚だ。

 クリフは本を抱えていない方の手を、静かに差し出してくる。



「……立てないの?姉さん」



 その言葉でクリフは弟なのだということが分かり、ルーシャは目を瞬いた。一度も見舞いに来てくれない家族が、ここにもう一人いたらしい。

 けれど、今こうして手を差し伸べてくれている。ルーシャは躊躇いながらもその手を取った。



「あ、ありがとう」


「別に……すぐそこで本を読んでたら見えたから」



 立ち上がったルーシャは、クリフが持つ分厚い本に視線を移してから微笑んだ。



「勉強熱心なのね、クリフ」



 その瞬間、勢いよく手を振り払われる。驚いたルーシャの目に、眉を寄せて唇を噛む苦しそうなクリフの表情が映った。



「……本当に、記憶を失くしたんだね」


「クリフ……?」


「じゃあ、僕はもう行くから」



 引き止める間もなく、クリフは逃げるように走り去って行った。

 取り残されたルーシャは、振り払われてしまった自分の細い手をじっと見つめる。


(……元のルーシャだったら、弟に『勉強熱心ね』とは言わなかった……?)


 ぐっと手を握りしめ、ルーシャは近くのベンチまで歩くとそこへ腰掛けた。今のルーシャの記憶の中に、元のルーシャの言動は何も残っていない。

 先ほどの言葉がクリフを傷つけてしまったのだとしても、正しい謝罪の言葉は分からなかった。



 エドナが中庭に戻って来るまで、ルーシャは空を流れる雲をぼんやりと眺めていた。






 ***



「こんばんは。お父さま、お母さま」



 既に夕食の席に先に着いていたルーシャは、両親が入ってくるとすぐさま立ち上がって礼をした。

 これから食事の途中で外出許可を貰う予定のため、少しでも心象を良くしておこうと思ったのだ。

 ところが、顔を上げたルーシャはその考えが根本から間違っていたことに気付く。


 両親の目は、実の娘に向けるようなものではなかった。



「まさか……本当に瞳の色が変わったというの?」



 母親が震える声でそう言った。

 ルーシャの元の瞳の色は赤だったと、既にエドナから聞いて知ってはいたが、まるでおぞましいものを見るような視線を向けられている。



「……赤だったときも闇の竜と同じ不吉な色だとは思っていたが、金だと……?また竜と同じじゃないか、気味が悪い……!」


「ねぇあなた、とてもじゃないけれど同じ空間で食事なんてできないわ……!」


「そうだな、私室へ運んでもらおう。それからルーシャ、お前は明日から部屋で食事をすることにしろ、いいな?」



 父親に指をさされ、ルーシャはテーブルに隠れた位置で両手をぐっと握った。言い返したいことは山程あったが、なんとか飲み込むと笑顔を作る。



「……分かりました。では代わりに、外出許可をください」


「外出許可だと?」



 父親は眉をひそめたが、すぐに嘲笑うように口角が上がる。



「その体で外出を?……まぁいい、どこかで倒れても私たちに迷惑を掛けるなよ」


「はい、勿論です」



 ルーシャの言葉を聞く前に、父親は母親の肩を抱いて部屋を出て行った。

 給仕をする使用人たちがとても気まずそうにしている。ルーシャはストンとイスに座った。


(腹立たしいけど……外出許可はもらえたわ。これで明日はようやく竜騎士団へ行ける……!)


 親から厳しい言葉を向けられたにも関わらず、ルーシャはにこにこと笑顔で食事に手をつけ始めた。

 カトラリーの使い方は最初こそ不安だったが、体が覚えており自然と使いこなすことができている。


 長いテーブルには四人分の食事が並んでいた。その内両親の分を使用人がカートに移動し始める。このあと両親の部屋に運ぶのだろう。

 隣に並んでいる食事は、弟のクリフの分のはずだ。一緒に食べるのは嫌なのだろうかと思っていると、ちょうどクリフが現れた。



「……何か怒らせるようなことをしたの?」


「あら、失礼ね。私の瞳の色を見て不気味がって出て行っただけよ」


「ふーん……」



 自分から訊いたにも関わらず、クリフはルーシャの返答に関心がないようだった。隣の席に腰掛けると、慣れた手付きで食事を始める。

 ルーシャは食事の手を止め、そんなクリフをじっと見つめていた。


 両親の反応は酷いものだったが、瞳の色が変われば誰でも戸惑った反応をするだろう。侍女のエドナでさえそうだったのだ。

 それでも、クリフは中庭で会ったとき何も気にしていないような反応だった。


(両親もクリフも、瞳は緑だわ。そこで一人だけ赤い瞳を持つ(ルーシャ)……そして今は光の竜王だったときと同じ黄金色。前も今も、決して気味の悪い色なんかじゃないのに)


 少なくともクリフは、ルーシャに対して蔑むような感情は持っていないと分かる。中庭では失望させてしまったかもしれないが、こうやって隣に座って一緒に食事をしてくれているのだ。



「……何?」


「ううん。可愛い弟がいて良かったなと思って」


「はぁ?……やっぱり記憶がなくなっておかしくなったんだね、姉さん」



 パクパクと食事を口に運ぶクリフの耳元がほんのりと赤く染まっていることに気付き、ルーシャはくすりと笑う。

 例え両親に酷い扱いを受けたとしても、この家でルーシャは独りではない。それが分かっただけでも、安心して過ごしていけると思った。


 竜のときには味わうことのなかった美味しい食事を噛み締めながら、ルーシャは明日が来ることをただ楽しみにしていた。



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