21.ルーシャの提案①
竜騎士団本部の一室で、ルーシャは宿舎で起こった事の経緯を説明し終えた。
目の前に座るアベルは、険しい顔でこめかみを押さえている。
「つまり……《光彩の乙女》であることを否定したが食い下がられ、困っているとグランヴィルが威嚇し、ランベルトが気絶した……と」
「ええと、その……ごめんなさい」
ルーシャは潔く頭を下げた。これ以上アベルからの評価が落ちていくことだけは避けたかったのだ。
けれど、アベルからはすぐに「顔を上げてくれ」と返事が返って来る。
「君が謝る必要はないだろ、ルーシャ。君を困らせ、竜騎士なのにグランヴィルに威嚇されて倒れた、不甲斐ないランベルトが悪い」
倒れた竜騎士はランベルトというらしく、やはり入団して間もない新人だった。
ルーシャがグランヴィルたちと話しているところを聞かれてしまい、ぐいぐいと《光彩の乙女》だと迫られ、怒ったグランヴィルがけたたましい咆哮を上げたのだ。
その咆哮で何事かと竜騎士たちが集まり、やがてノクトとエドナ、ダリウスが駆けつけた。
ルーシャの弁解を聞いたエドナが、静かに怒りを燃やしながら倒れているランベルトと冷や汗をかくノクトを交互に見て緊迫した空気に包まれた中、アベルが宿舎に入って来た。
―――そして今に至る。
ノクトはランベルトを医務室へ運び、エドナとダリウスは別室で待機している。
ルーシャはゆっくりと顔を上げ、またあの冷たい視線を向けられないか心配しながらアベルを見た。
「……ランベルトは大丈夫?」
「ノクトがついてるから問題ない。起きたら再度謝罪させるから」
「え!?謝罪なんていらないわ。誤解させちゃった私も悪いし、今回のことで竜騎士を辞めたりしないといいんだけど……」
闇の竜王が現れ、光の竜王を失った竜騎士団は、今とても不安な状況だろうとルーシャは思っている。
ルトアーナ帝国を救う《光彩の乙女》を、一刻も早く見つけ出したいだろう。またいつ闇の竜王が現れ、闇の竜たちを従えて襲ってくるか分からないのだ。
(そういえば……他の大陸の被害はどうなのかしら)
ふと疑問に思い訊ねてみようとしたルーシャは、アベルの銀の瞳に見つめられて口を閉じた。
この部屋に入ったときからずっと、何かを探るような視線を向けられている。
「……ルーシャ」
「な、なに?」
「君は本当に、《光彩の乙女》じゃないのか?」
ルーシャはポカンと口を開けてから、慌てて大きく首を横に振った。アベルにまで疑われているとは思っていなかったのだ。
「どうしてそう思うの?竜が懐いてくれるから?」
「それもあるが……だからそこ、君が自分を《光彩の乙女》だと主張しないのが不思議なんだ」
《光彩の乙女》ならば、皇族と婚姻を結ぶことになる。それは平民であっても例外ではない。
だからこそ年頃の少女たちは、自身が《光彩の乙女》であるのではないかと夢を見て、夢を現実にするために竜騎士団へ訪れる。
(もしかして……親に見放された伯爵令嬢の私だからこそ、《光彩の乙女》だと主張して権力を手に入れようとしないことがアベルの目には不審に映るってこと……?)
正直、ルーシャにとって権力や立場などはどうでもよかった。ただ竜騎士団の皆と―――アベルと笑い合って過ごすことができれば、それで満足なのだ。
「……私、は……」
ルーシャの反応を見逃さないよう、じっと見つめてくるアベルの瞳に冷たさはない。けれど、キアラであったときに向けてくれた優しい眼差しとも違う。
(……私がキアラだって、今なら言える……?だから竜たちの言葉が分かるんだって、そう言ったら信じてもらえるの……?)
ドクンドクンとルーシャの心臓が早鐘を打つ。無意識のうちに両手を強く握りながら、次に口にする言葉を迷っていた。
その時、グランヴィルの言葉が突如脳裏を掠める。
―――『それが問題だ。光の竜王の魂はここにある。ルーシャの体の中に、魂が生きているだろう』
伯爵令嬢ルーシャの中にあった記憶は、キアラの魂が入ったからなのか思い出せなくなっている。けれど、肉体に染み付いている記憶はそのまま残っていた。
当たり前のように人間の言葉を話し、読み書きもでき、二本の足で歩くこともできる。今まで深く考えずに受け入れてしまっていたが、ルーシャの中に疑問が芽生える。
(あれ……?竜の言葉が分かるのは、竜の魂があるからなの?それとも、ルーシャに元から備わっていた力なの……?)
ぐるぐると巡る思考の中、ルーシャは同じように視界が回り始めたことに気付いた。
「……ルーシャ?」
「ア……ベル、くる、しっ……」
ルーシャが胸元を押さえて屈み込むと、アベルがガタンと席を立った音が聞こえた。
徐々に荒くなる呼吸に混乱していると、背中に温かい手のひらが添えられる。次いで、すぐ耳元でアベルの声が響いた。
「落ち着け、ルーシャ。ゆっくりと呼吸をするんだ。吸って……吐いて……そう、その調子だ」
アベルの心地の良い声で、ルーシャの心は落ち着いていく。深呼吸を一つしてから、ルーシャは涙目でアベルを振り返った。
「……突然ごめんなさい。もう大丈夫よ」
「いや、俺も問い詰めるような言い方だったかもしれない……ごめんな」
眉を下げて本当に申し訳なさそうな顔をするアベルは、ルーシャのよく知る優しいアベルだった。
滲む涙を指で拭いながら、もう一度深く呼吸を繰り返す。
「アベルは……私が《光彩の乙女》だと思うの?」
それを訊いてどうするかと自分で思いながらも、ルーシャはアベルに問い掛けてしまった。輝く銀色の瞳は、至近距離でルーシャを見下ろしている。
「……俺には、君が《光彩の乙女》かどうかは分からない」
「そ、そうよね。私ってば変なことを……」
「でも―――キアラなら、ルーシャのことを認めていたと思う。……君が《光彩の乙女》でも、そうじゃなくても」
アベルの口から出たかつての自分の名前を聞いて、ルーシャは息を飲んだ。勝手に涙が溢れ出てきてしまい、アベルがぎょっと目を見開く。
「どうした?そんなに《光彩の乙女》に間違われるのが嫌なのか?」
「……違うの。キアラの名前を聞けて……嬉しいの」
もういなくなってしまった光の竜王キアラの存在が、アベルの負担にはなってほしくない。そう思っていたはずなのに、忘れないでいてほしいとも思ってしまう。
ポロポロと零れ落ちる涙を、ルーシャは自分の意思で止めることはできそうになかった。
アベルは動揺からか視線を彷徨わせながら、ポケットから取り出したハンカチでルーシャの目元を拭ってくれる。
「本当にキアラのファンなんだな。……キアラがいれば、背中に乗せてやれたんだけど……」
「いいの、アベル。その言葉だけで……私は胸がいっぱいだから」
ルーシャは心からの笑顔を浮かべた。
この体での出会い方は失敗してしまったが、今こうやってアベルと向かい合い、言葉で話すことができているのだ。
(私は今この瞬間が、とても幸せ。でもアベルの幸せには、闇の竜王と対抗できる《光彩の乙女》が必要だわ……)
一つの名案が思い浮かんだとき、部屋の扉がノックされる音が響いた。
アベルが返事をすると、ノクトとランベルト、そしてエドナが入って来る。三人は明らかに泣いたであろうルーシャを見ると、それぞれ表情を一変させた。
「アベル、今度は何したんだ?まさか無理やり手を出したりしてないよな?」
「すみませんすみません!僕がしつこくてすみません!気絶してすみません!」
「ルーシャお嬢さま!私がぶっ飛ばすのは誰ですか!?全員ですか!?」
「お前ら……」
アベルが片手を額に当て、大げさにため息をつく。
一気に騒がしくなった空間にルーシャはくすりと笑いながら、今が名案を口にするタイミングだと片手を小さく挙げた。
「―――私、火の大陸に行って、火の竜王に会おうと思うんだけど」
見事に「は?」と「はい?」がそれぞれ二人分ずつ重なり、意気揚々と目を輝かせるルーシャの耳へ届いた。




