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竜帝国と光彩の乙女  作者: 天瀬 澪
第1章:光の大陸
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1.光の竜王キアラ①


 ―――竜帝国【ルトアーナ】。



 竜と人が共存するこの国は五つの大陸から成り、それぞれに特性のある竜たちが住まう。

 そして竜を使役し国民を護る団体として、竜騎士団の存在があった。



 光の大陸にある〈夢追いの谷〉にて、光の竜が空を駆ける。



「―――キアラ!!」



 名前を呼ばれた光の竜キアラは、光の竜たちを統べる女王だった。


 大きな体は銀の輝く鱗に覆われ、どんな天候でも空を斬るように飛ぶことができる。鋭く伸びた爪と牙を駆使し、敵である邪竜を一瞬で葬った。

 その猛々しさとは裏腹に、双眸は常に温かみを宿した黄金色だった。谷底へと落ちていく邪竜を最後まで見送り、ゆっくりと地面へ着地する。



 キアラの背中からひらりと舞い降りたのは、竜騎士団の団長であり、キアラのパートナーのアベルだ。

 他の光の竜も背中にパートナーを乗せ、次々と地面へ降り立つ。邪竜と戦う竜と竜騎士団の関係は、パートナーとの信頼関係で成り立っていた。



「よくやった、キアラ」



 アベルの銀の瞳が優しく細められ、その手がキアラの鱗をそっと撫でる。キアラは褒められたことが嬉しく、グルル……と喉を鳴らした。



『ありがとう、アベル!アベルの指示が的確なおかげよ!』


「ははっ、分かった分かった。帰ったら一番良い肉な」


『うん、全然合ってないけど……お肉は好き!』



 竜の声は、普通の人間には聞こえない。会話が出来るのは竜同士の場合か、数百年に一度現れるという稀有な存在―――《光彩の乙女》だけだ。

 キアラはパートナーであるアベルが大好きで、いつか会話をしたいと思っていた。けれど、それは無理な願いだと分かっている。



「アベル団長、キアラ、お見事でした」


「ん。お前たちもお疲れ。それぞれ竜の状態を確認してから、竜騎士団へ戻ろう」



 そう言うと、アベルはキアラの爪に付着していた邪竜の血を優しく拭う。竜騎士たちは一斉にパートナーである光の竜の手入れを始めた。



「それにしても……最近は邪竜の動きが活発ですね」



 誰かがポツリと放った言葉に、竜騎士たちが次々と反応を示す。「他の大陸でも……」「闇の竜が……」と心配そうな言葉の数々がキアラの耳に届いた。


 竜帝国ルトアーナにおいて、五つの大陸にそれぞれ点在する竜騎士団の共通の敵は、二種類いる。

 邪竜と、闇の竜。この似て非なる竜たちから、帝国に住む人々を護ることが竜騎士団の使命であり、キアラの使命でもある。



 キアラの爪を綺麗に磨き上げたアベルが、団員たちをぐるりと見渡した。



「おい、辛気臭いぞお前ら。どんな悪しき竜が現れても、それを撃退するのが俺たち竜騎士団の役目だ」


『そうよみんな、アベルの言う通りよ!』


「大丈夫だ。俺たちには光の竜がついている。……全ての竜の頂点に立つキアラが、ついている」



 な?と歯を見せて笑いながら、アベルがキアラの首元を撫でた。その言葉に応えるように、キアラは再び喉を鳴らす。



『うん、大丈夫よアベル。私がいる』



 ―――この五日後、光の大陸は闇の竜の大群に襲われることになった。






 ***



 黒い竜が空を覆い尽くしたとき、城下町を行き交う人々は自分の目を疑った。

 曇天模様の濁った色の空からポツリポツリと雨が降り出す瞬間を狙ったかのように、闇の竜たちが一斉に降下する。



「うわぁぁぁぁ!!」

「闇の竜の大群よ!みんな逃げて!」

「早く竜騎士団へ連絡を!!」



 城下町は一瞬で混乱に飲み込まれ、人々が悲鳴を上げ逃げ惑う。

 竜の咆哮が幾重にも重なり、闇に覆われた空に稲光が走った。

 赤い瞳をギラつかせ、人間を目掛けて牙を向く闇の竜に、突如として現れた光の玉が直撃する。



「グオォォォオ!」



 苦しげな竜の雄叫びと、目が眩むほど放たれた光に、人々は足を止め空を見上げた。光の竜が次々と闇の竜を倒していく光景に、ワッと歓声が上がる。



「竜騎士団だ!!」

「ああ、助かったわ……!」

「……竜王さま、なんて綺麗なの……」



 光の竜王であるキアラは、光の竜の中で唯一闇の竜を攻撃できる光の力を持っていた。闇の竜は闇の力が強大のため、他の光の竜の攻撃ではたちまち闇に掻き消されてしまう。



「キアラ!小さくてもいい、光の玉を全ての闇の竜に向かって放てるか!?軌道がずれても竜騎士(俺たち)がどうにかする!」


『ええ、もちろんよアベル!』



 キアラの周囲に無数の光が集まり、闇の竜へ向かって一斉に放たれる。光の力で弱体化した竜へ向かって、竜騎士や竜が次々にトドメを刺した。

 光の玉を避けた数体の闇の竜が、キアラに向かって飛んで来る。

 キアラが振り下ろされる爪を避けると、アベルが鱗の隙間を狙って剣を入れた。闇の竜が痛みで叫ぶその間に、キアラはまた光を放つ。



「いいぞ、キアラ!」



 アベルに褒められることが、キアラにとっての喜びだった。容赦なく光の玉を放つキアラを、他の光の竜たちが褒め称える。



『さっすが光の竜王!』

『強く気高い我らが女王!』

『アベルに全てを捧げる(オンナ)!』


『……ちょっと、最後に言ったの誰?その通りだけど』



 キアラは仲間をじろりと睨んでから、まだ続々と現れる闇の竜へと視線を移す。キアラが光の竜王として生を受けてから、闇の竜の大群が襲ってくることは今まで一度もなかった。

 闇の竜は普段は洞窟や崖、谷底に住み着き、凶暴な性格から群れることはない。ところが、今こうして群となって城下町を襲って来ている。


 どこか不穏な空気を感じ取ったのは、キアラだけではなかった。



「何だ……?何が目的だ?」



 背中の上に乗るアベルの呟きは、キアラの耳に届いた。

 次々と現れる闇の竜たちは、竜騎士団が現れると獲物を国民から竜騎士団へと変えた。まるで、最初から竜騎士団が目的かのように。



『急に群れた闇の竜……行動を指示する竜が現れた……?まさか……!』



 考えうる最悪の予想が浮かび、キアラはすぐに大きな咆哮を上げた。光の竜たちが一斉に反応し、キアラに視線が集中する。



『みんな聞いて!闇の竜王が現れた可能性が高いわ!私はアベルと先に皇帝のところへ向かう!』


「……キアラ?どうし…ぅわっ!」



 急に翼を動かし方向転換したため、アベルが背中でバランスを崩したようだ。けれどこれくらいで落下するような男ではない。

 一刻を争う状況のため、キアラは皇城へ向かって最速で飛ぶ。こんなとき、アベルと会話が出来ないことをもどかしく思った。


 ―――闇の竜王。光の竜王であるキアラと対極の存在。

 全ての竜王を統べる《光彩の乙女》が現れる時に生まれる、破滅を司る闇の存在。

 そんな竜が真っ先に狙うのは、竜帝国の皇帝のはずだ。



 雨足が徐々に強くなり、キアラは背中に乗るアベルを心配しながらも皇城の上空へと辿り着いた。城が攻撃されている様子はない。

 そのまま旋回しながら黄金色の目を細めていると、アベルが名前を呼んだ。



「……キアラ!皇帝陛下が危険なのか?」



 キアラは首を曲げ、雨に濡れたアベルを見て頷く。アベルは視線を下へと落とした。



「分かった、一旦訓練場に降りよう。俺が急いで陛下の元へ……」



 どこか遠くで雷鳴が響いた。それと同時に、キアラの胴体を黒い刃が貫く。

 それは一瞬の出来事で、痛みを感じたときにはもう、キアラの体は落下していた。黒い刃は消え、傷口から全身を蝕むように闇の力が広がっていく。



「―――キアラ!しっかりしろ、キアラ!!」



 身を引き裂かれるような痛みに、キアラは耐えきれずに大声で叫んでいた。それでも、このまま地面に叩きつけられればアベルが危ないと、その思いが強く頭を駆け巡る。

 キアラは体を捻りアベルを背中から払い落とすと、すぐにその体を両手で潰さないように抱きかかえた。



「キアラやめろ!俺を護ろうとするな!」


『……ア…ベ、ル……』



 絶対的な闇の力を感じながら、キアラの黄金色の瞳が薄暗い空に浮かぶ一体の黒い竜を捉えた。



『―――さらばだ、光の竜王よ』



 キアラの体は皇城の庭へと落下し、大地を大きく揺るがした。



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