49.結婚は墓場
晴れ舞台にふさわしい青空と爽やかな風が吹き、花がそれに合わせて踊っている。
今日はテオと私の結婚式。
準備に忙しくて思ったよりもあっという間に日々が過ぎていった。
その間に綾はビクトール様の弟さん、エディン様と婚約した。私達よりも年下だけどしっかりしていて、お姉さん風を吹かせている綾が凄く微笑ましかった。
綾を見守るエディン様の瞳が愛おしいって感情を切々と物語っていて自分のことのように嬉しかった。
直接出席の返事をもらったので、式場のどこかに二人揃っているだろう。
二人に会うのは授爵式以来になる。ビクトール王太子がエディン様を焚きつけたらしく、以前よりも苦労人感がなくなっていた。振り回されて疲労漂うのはとんと変わりない。
私はというとその際に爵位を賜ったことで立花瀬奈改め、セナ・リュ・タチバナ精霊爵になった。
リュは精霊契約者の意で、リィが王家の直系子孫を表す。テオのご先祖様は王位継承権を放棄して臣下に下った元王族。数世代前には王女殿下が降嫁してきてもいるらしい。高貴な人と私が夫婦になるのかと思うとちょっと不思議だ。
さて、物思いに耽っている間に着付けを終えたようだ。
緻密なレースを贅沢にあしらった純白のドレス。
この世界の結婚式にウェディングドレスという概念はなかった。それぞれの貴族家によって家紋ならびに家色があり、その色を取り入れるのが一般的だ。私ならアルガータ公爵家のサファイアブルーの同系色を家色とするべきなんだけど、テオが婿に来る形式のため最終判断は当主の私にあった。
で、選んだのが白。
単純にウェディングドレスはやっぱり白だよねって思って決めた。
これによって必然的に我が家の家色もホワイトに決まって、同系色を選択しなかったことでアルガータ公爵家との不仲説が社交界に駆け巡って火消が大変だった。
その当時はそんなこと知らなくてやたら青を推してくるなと不思議に思っていたけど、そんな大事なことなら先に言っといてよ!と思いました。
回想はこれくらいにして、そろそろ時間だ。
立ち上がったと同時にノックが鳴る。
応対したメイドさんが戻ってきたその後ろにはタキシード姿のテオがいた。相も変わらない美しさに余念がない。本当におんなじ人間なのかな?と今でも疑問に思う。
「綺麗だ。セナ」
「ありがと。テオもとっても素敵」
「気に入ってくれたなら何よりだ」
テオの衣装デザインを考えたのは私とデザイナーさんだ。テオは確認くらいしかしておらず、ついついハッチャけてしまった。こんな言葉が彼から出るのも仕方なく、人生に一度の晴れ舞台だというのにちょっと申し訳ない。
時間とあって最終チェックをサッとしてからメイドさんに誘導されて移動する。
あっちと違ってこっちにはバージンロードを父親と歩く風習はなかった。これからの人生を共に歩む。その意を込めてバージンロードをふたり、並んで歩くのだ。
「新郎新婦の入場です!」
扉が開かれ、優雅な旋律と共にゆっくりと歩を進める。
黒髪で見つけやすい綾が前列に居る。溌溂とした笑顔で小さく親指を立てていて、エディン様の視線が釘付けにされていて、ビクトール王太子が頭痛そうにしていて。こんな時なのに普段通りで笑ってしまった。
第八魔法省のみんなが一か所に固まっている。微笑みかけてくれるユリアさんと省長に、無表情なマックさんが対照的だった。
テオのお兄様とお姉様にその伴侶の方々と子供達に加えて、前当主夫妻も参列しているのだ。今でも考えなしに白を選んでしまって、と申し訳ない気持ちになる。笑って許してくれた皆さまには本当に感謝しかない。
フィンさんと総帥、セシル殿下。そして、その隣には宰相閣下夫妻と王太子夫妻という一国の重鎮が勢ぞろいしている。
見渡しているうちに神官さんとの距離はなくなっていた。
打ち合わせ通りの位置で二人ともが歩みを止める。
神官さんから恭しく羽ペンを手渡されたテオがそれで婚姻届にサインをする。今度は私が羽ペンを彼から受け取り、サインをする。これを神殿と王家への提出用と自分達の控え用の合計三枚分繰り返す。
「ここに。生涯を共にする一組の夫婦が誕生致しました」
神官さんの宣誓と共にダイアモンドダストのような光に空間が満ち溢れ、花びらが宙を舞い彩る。
シルフィ様達、精霊からの祝福。幻想的なこの景色を私は一生忘れない。
皆はこのサプライズに夢中になっている。やるなら今が絶好の機会だろう。
「テオ」
「どうし…?!」
私の行動に会場が湧き立つ。
たった一瞬だけ触れていたテオの唇から唇を離して引っ張ったネクタイも一緒に手放した。
折角の結婚式に誓いの言葉もキスもないのは流石に寂しい。そう思う私は結婚式というものに憧れていたのだろう。
私が踏ん切りをつける意味もなくはなかったけれども。
事前にお義姉様とお義母様には相談してある。ゴーサインが出ているから出来たことだ。
覚悟を決めていてもやっぱり恥ずかしい。
「いつまで放心してるの?行きま…!?」
やり返されてしまった。先程よりも遥かに会場は騒がしくなる。
すぐにテオは離れたかと思ったら今度は抱き上げられてしまった。いわゆるお姫様抱っこと謂われる奴だ。安定性を求めて彼に縋りつき、顔を見遣る。彼のサファイアの如き瞳には抗いようのない熱が宿っていた。
囃し立てる参列者達に挟まれた道をテオは迷いなく進んでいく。
一年前の私ならきっと全力でご遠慮願っていただろう。けれど、今は。
まあいっか、と思う私がいたのだった。
この機を境にエヴィルシア王国内にて結婚式で誓いのキスが取り入れられるようになり、ミュラ公国でも第二王子夫妻が行ったことで定番化されていくのだが、それはまた別のお話。
最後までお読みいただき本当にありがとうございました!
当初の構想ではテオドールは素晴らしい紳士のはずでした。ですが、キャラ設定を決定していく流れで「高位貴族が家事するかな…?」「使用人がしてくれて当たり前の生活環境でそんな理解が及ぶかな?」とリアルに考えてしまっていつの間にか“……お前は駄目だ”と言われるヒーローキャラになりました(本当に感想が届きましたwww)。
そして、一人で生きて行けるだけの地力がある瀬奈は早々に諦観を抱いてそれなりの距離を保って付き合いを心掛けていきますが、効果はなく。「一生を捧げるのはちょっと…!」となりまして婚約者チェンジ!を直談判しました。まあ、王家の威光に阻まれましたが。
つまり何が言いたいかといいますと、作者自身も「何故こうなった…?」と割と初期から疑問を持ちながら書いていたということです。出来ることならば、いつか初期案の溺愛を書きたいなぁ…!
さて、ここからは先は番外編です。
色々な視点からの日常を気分転換に投稿する…かも?
他にも色々執筆しておりますので、お暇でしたらぜひぜひそちらも一読下さい!
それではまたお会いしましょう!




