46.溝を埋める、最初の一歩
カレーライス試食会はライスの食感に驚いてはいたが、おおむね好評だった。
食事中もずっと綾の視線が突き刺さってもいたが、それは知らぬ存ぜぬを貫かせてもらった。
さて、後片付けをメイドさん達に任せて私とテオは連れ立って王城内の私室に戻る。
メアリさんに紅茶と茶菓子を出してもらった後、適当な理由を付けて退室してもらった。
「で、何で俺が呼ばれたわけぇ?」
フィンさんが茶菓子を頬張りながら問いかけた。その傍らにはシルフィ様も一緒である。
「通訳要員です。テオの思考回路があまりにも酷かったので。これはフィンさんに来ていただくほかないと思いまして」
「俺はこいつのお守りか何かか?」
「今すぐ職務に戻って構わないが」
「い~や。サボれるチャンスをこの俺が見逃すわけねぇだろ?」
ふたりの流れるような掛け合いを紅茶片手に眺める。
シルフィ様は会話に加わる気がさらさらなかったのか、いつの間にか姿を消していた。
「俺のことは良いんだよ!勝手にそっちで話を進めてくれよ」
「それもそうですね。気になる事があったらその都度発言してもらう形でどうでしょう?」
「りょーかい」
クッキーを一枚口に放り込んで、傍観者の立場を表明するフィンさん。何かあればいつもの如くツッコんでくれるだろう。
「それで、テオの希望を聞きたいのですが」
「…やりづらいんだが」
「ふぉれふぉこほはふうひはほほもっへふれほ(俺のことは空気だと思ってくれよ)」
「飲み込んでから喋れ。ひとまずお前のことは存在しないものとして扱う」
「ん」
フィンさんは紅茶で口内の食べ物を流し込んですぐにマドレーヌを頬張っていて、それに呆れてテオは溜息を吐く。
「…セナ、愛している」
「ブハッ!ゲホッゴホッ!!!!!」
愛の告白が発せられた瞬間にフィンさんが飲んでいた紅茶を噴き出し、それに侮蔑の視線を向けて「汚い」とだけテオは呟く。この惨状はテオのせいなのにとばっちりを受けてフィンさんが可哀想だ。
紅茶が掛かってないからこう思えるんだろうけど。
「ッそういう話しは余所でやってくれよ!婚約者も恋人もいねぇ俺への嫌がらせか!?」
恨めしげにテオを睨みつけるフィンさん。そこに込められた思いはこの場に限った物ではないように思う。きっと今までにも色々とあったのだろうと察せられた。
「最後まで聞くと頭痛がしてきますよ、きっと」
ただ今回に関しては客観的なあま~い成分はここまでしかない。少女漫画のようなキュンは異世界まで来ても現実に訪れないのだ。
「…ひっどい言われようだが、お前何言ったんだ?」
「私の感情を蔑ろにして婚約者になったけど、ちゃんと愛情は返して欲しいそうです」
「え、ヤバ」
「…辛辣だな」
「今までの実績を思い出せよ」
理解者がいてくれてなによりだ。
フィンさんほど身近にまともな感性の人がいてくれて本当に心強い。ただ、それでもこれだけの恋愛観の拗れっぷりはどうなっているのか…。ご令嬢達の捕食者めいた言動がこうならざるを得ない状況に彼を追い込んでしまったのかもしれない。
それでもあれはない。あれは。
「これから改善する」
「…挽回できる余地はあるのか?」
あるないの話ではなく、なくても捻出するしかないのだ。それだけこの婚約は絶対的な効力を持っている。
「正直顔面で瞑れる段階を超えていると思いますが、私も歩み寄る姿勢ではなかったなと反省しています」
「では!」
期待に満ちたテオの瞳が光を宿した。綾だったらきっと「眼福♪眼福♪」と喜ばせられるだけの美貌だ。
私も面食いだったら良かったのに。
「まずは自己紹介といきましょう」
「…なぜに自己紹介?」
フィンさんが首を傾げて問う。テオも訳が分からないという表情をしていた。
「テオの自身のことを他人からしか教えてもらっていない状況ですから。それに私自身のことも主に綾との会話中に聞いてただけのことしか知らないでしょう?最初っから順を追って双方の価値観を擦り合わせましょう。言うなれば、今までの溜まりに溜まったマイナスを全部水に洗い流しますので、初めからやり直してください」
うん。私は何様なんだろう?そして、何でこんなことを言わないといけないんだろう?
本当にゲームみたいにはじめからにできないものか…。
「了解した!では、…」
当の本人が気にしてないみたいだからいっか。
かくして、私達による遅すぎる自己紹介が開始された。
第八魔法省の皆から聞いた事に加えて年齢が26歳と自分より年上で安堵を覚えたこととか、騎士団長になったのは割と最近になってだとか、フィンさんによる過去の失敗談や思い出などがちょいちょい挟まれて、日本との違いにファンタジーを感じた。
逆に私が24歳で思った以上に年を食っていたことや地球に魔物も魔法も存在しないこと、科学が発達していてライフラインが充実していることなどに目を見開くように驚かれたり、こっちに来てからの不運さに同情されたりと思いのほか充実した会となったのだった。
フィンさんはツッコミ役兼進行役を務めて終始忙しそうで「サボりにならなかった!」と嘆いていた。
お互いを語ろうの会、でした!
書けば書くほどセナもテオも面倒な性格になっていくなと作者自身が不思議に思っていました。さっさと話し合えよと何度も思ったのは本当に意味不明です。フィンが唯一の良心。なぜこうなった…。




