41.異世界人
東條綾乃。
私より少し背の低い活発な幼馴染。
関西出身の母親の影響を受けて、お調子者でアクティブ。休日になると、必ずどこかに出掛けないと気が済まない超行動派で、違う大学に通っていた私もよく誘われて色々な所に行った。
おかげで試験前にはよく泣きつかれてたけど。
その頃と比較すると少し肌が白くなったように思う。それでも健康的な小麦肌って感じで、少し癖のある茶髪も燦燦と輝く太陽のような瞳も何も変わらなくて。
「久しぶり!元気してた?」
日本に残してきたはずの友人との感動的再会に私の口から出たのは、そんなありきたりな言葉だった。
「意外とドライ!私達逢うの四年とかぶりなんやけど?」
「もうそんなになるっけ?」
「だってこっち来た時はあたしまだ21だったもん!」
「それでもこっちじゃ既に行き遅れだぁ」
もう、そんなにも経つのか…。
それにしても、こっちに来てこんなに砕けた会話をしたのはトムおじいちゃんと暮らしていた時以来。
さっきまでの頭で熟考して無難な発言していたのが嘘のようにするすると飾らない言葉が紡がれる。
なんて気楽なんだろう。
「あんたもやろ!っていうか、昨日誕生日だったんちゃう?おめでと~」
……………………誕生日?
「…完っ全に忘れてたわ。ありがと」
12月29日。
そういえば誕生日なんてすっかり忘れてた。
「誰にも祝われてないん!?婚約者おるのに!?」
綾が驚愕の表情で私とテオの間を視線が交互に行ったり来たりしている。
でも、こっちに来てから一度も祝われたことがないのだから仕方ない。最初はそれどころではなく、トムおじいちゃんもあまりイベント事に関心のない人だった。
拾ってもらった時は既に誕生日を過ぎていたし、次こそはと息込んでいたタイミングでトムおじいちゃんは亡くなっちゃったし。
テオに伝えるタイミングも逃しちゃったし。
「本人が存在忘れてるのに、誰がどうやって誕生日知るのよ?」
「いやぁ…普通気になるん違う?」
「まったく」
「…もしかして自分も相手の誕生日知らん感じか」
「うん」
「日本におった時はそうじゃなかったのにどしたん?」
確かに彼女の言う通り友人の誕生日にサプライズを計画したり、プレゼントを用意したりしていた。自分の誕生日も日にちが近いクリスマスパーティーと兼任ではあったが、お祝いを欠かしたことは一度もなかった。
でも、強いて言うならば。
「こっちに来てから色々ハードだったからねぇ」
これに尽きる。
誕生日なんてことを気にしている余裕なんて私にはなかった。
「…何があったか聞いてもいいやつ?」
「いいよ~。まず、どこかの邸っぽいとこの庭に落ちて、騎士っぽい人に不法侵入者と思われて追い払われて」
「いきなり災難やな。そんで?」
確かに災難だよね。
でも、今となってはむしろトムおじいちゃんに逢わせてくれてありがとって感じなんだけどね。
「お金なかったから冒険者になって武器なしで街から出て」
変な格好した無一文の人間に武器を売るなり貸すなりするお人よしなんてそうそういないのだ。
「…で、どしたん?」
「クマに襲われかけたり、運よく毒なしの蛇に噛みつかれたり」
「…マジ?」
綾が信じられない物を見るような目で私を見てくる。
いやぁ~、あの当時は「あ、これ死んだわ」と、何度思ったことか。
市街地の熊出没の社会問題やらペット逃亡やら。メディアやSNSで取り上げられてなかったら、今の私はないよね…。
「マジです。で、野宿したり、食事抜いたり、水で空腹を誤魔化したり、どうにかその日暮らしを続けて」
「…それ、どれくらいの間?」
どれくらいだったかなぁ…。
「うんっとねぇ、半年くらい?」
「半年!?長!!!」
うん。思い返してみて私もそう思う。
「で、冬を甘く見過ぎて凍死しそうになってたところを、これまた運よくトムっていう人に助けてもらって魔法を教えてもらったの」
「凍死!?」
地球温暖化が進んでる日本とは比較にならないほどこの世界の冬が寒いという訳ではないけれど、こたつもカイロもストーブもない寒空の下で何日も耐えられるような強靭な肉体が私になかっただけ。
当然と言えば至極当然の話だ。
「で、そのトムおじいちゃんが去年の暮くらいに亡くなっちゃって。今年の春にこちらにいる婚約者のテオドール様が玄関先で死にかけてるのを助けて、今に至る。以上」
「以上?!端折り過ぎやって!とりあえずひとつひとつ聞くわ。何で婚約者さん死にかけてたん?」
「知らない。本人に聞いて?」
「…何か、婚約者さんに興味なさすぎん?」
「だって興味ないもん」
倒れてた理由とか何に襲われたとか、今更知ってもって感じだしね。
「可哀想過ぎる…」
「相手も同じ感じだから問題ないよ」
綾がチラッとテオの方を一瞥した。その視線にはなんだか憐憫が宿っていたように思える。
私達の関係なんてこんなもんなんだよ。これ以上を求められても困るというものだ。
「…まあ、今はいいか。で、助けた後は?」
「物珍しさが気に入られて恋人になって、嫉妬に狂った令嬢達に殺されかけた。でも、精霊契約者にこれまた運よくなれたから何とか生きてて。目覚めたら婚約者になってた」
「…殺されかけてを今に至る。以上でまとめたせっちゃんマジヤバ」
「この世界と住人がそうさせたんだから仕方ないわ」
「…思ったよりハードで何も言えんのやけども」
何とも言えないという表情でこちらを見てくる。
久しぶりの再会で気を遣わせてしまったのはちょっと申し訳ないなあ。
「そういうものよ、現実なんて。さ、面白みのない私の話はこれくらいにして。綾はどうやって過ごして来たの?」
「…あんな話の後にめっちゃ言いづらいんやけど!?」
「私は聞きたい!」
自分が辿らなかった筋道を王道に突き進んだ待遇は気になる…!
「ならええけど…。あたしはミュラ公国の王族に保護してもらって常識を学んでたんよ」
「ずっと?」
「まあ、そうやね。あとはこっちに慣れるためって名目で領地視察に付いて行ったり、名物食べたり、観光したりって感じ」
政治色のない、真っ当な対応をされたようだ。
トムおじいちゃん出逢えたことは私の人生の中でも上位の幸運だと思う。
だけど…。
「…ほんッと、羨ましい……!!!」
「そうなるわな」
やっぱり自分がした苦労を考えると、ちょっとは羨ましいと思ってしまうものだ。
「まあいいわ。トムおじいちゃんに逢えたし、ちょっとやそっとのことじゃ凹たれなくなったし」
「そやろな」
「誕生日とか記念日とか些細な事に頓着しなくなって楽だし」
「それはどーなん?誕生日くらい気にして?」
「生きてるだけで丸儲けよ!」
「言葉が!重いよ!」
声を上げて笑う。
お淑やかとか、優雅とか、上品とか。そんなことに囚われずに心から笑ったのはいつぶりだろう?
肩の力が抜けて昔に戻ったような、清々しい気分。
…やっぱり、私に貴族は合ってないわ。
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