40.あっ……
舞踏会当日が遂にやってきた。
日が出てすぐレベルの早朝から侍女さん達に起こされ、軽めの朝食を摂ったと思ったら、全身隈なく磨き上げられてオイルを塗り込まれ、コルセットをギュギュっと絞められて。
貴族社会で受け入れられないであろう短髪は超絶技巧の編込みヘアスタイルに。一般市民顔は彫り深くゴージャスに。
最終確認として姿鏡に映った自分は人生で一番輝いていて、プロの執念は凄まじいのだと実体験だけでなく視覚からも再認識した。
公爵家名義で贈られてきた蒼色のドレスを着用し、同封されていた装飾品のシルバーにサファイアという、どっかの誰かさんの色彩を全身に纏う。
恋人としての独占欲か、精霊契約者の利権か。
恐らく前者だと思うけど、高位貴族の一員が後者を全く考慮していないなんてことはないだろう。
夕刻。
テオのエスコートを受けて王家の方々と一緒に入場する手筈となっているため、余裕をもって待機場所へと赴く。
いつもは姿を消しているシルフィ様とセレーネ様も一緒に王城内を移動しているので、いつにも増して仰々しい。
時間的に一番乗りかと思っていたが、予想外にも第二王子殿下とテオが既に到着し、雑談を交わしていた。
「ごきげんよう。第二王子殿下、テオドール様」
今日も今日とて、テオは本当に同じ人間か?と疑いたくなるような造形をしていて、理想の王子様って感じのセシル殿下も本人だけでなく周囲から光り輝いている。
盛装で着飾っていると特にそう思う。
自分の場違い感が凄い。
「ごきげんよう。見違えたよ。本日はひときわ華やかだね」
「ありがとうございます。第二王子殿下も殊更、品格に満ちていらっしゃいます」
どうよ?この返しは。
先日テオを不快にさせてからメイドさんとか講師の先生とか、色々な人達に質問しまくってどうにか上辺だけでも取繕えるようにしたのだ。
まあ、本物のご令嬢達とは勝負にすらならないんだろうけどね。やらないよりはマシだ。
「この短期間でまさにご令嬢って感じになったね」
第二王子殿下は湛えた微笑みを崩さない。が、これは褒められているのかな?それとも遠回しに貶されている?
貴族言葉が多すぎてどっちか分かんないけど、こういう時は素直に受け取っとこ。自分から落ち込みに行く必要もないし。
「本日の為に講師の方々には苦労を掛けてしまいました。第二王子殿下にそう言って頂けて本当に自信になります」
貴族らしい言い回しで第二王子殿下と類似の笑みを向ければ、返ってきたのは苦笑だった。
…何か私おかしなことを言ったかな?
疑問に思ったものの、国王陛下夫妻と王太子殿下夫妻が入室してきたことで聞くことは叶わなかった。
表面上では和やかな雰囲気で自己紹介を終えて軽い雑談を交わしていると、執事から入場の案内が報せられた。
テオの差し出された腕にそっと添えると、自然と密着するような距離感となった。
「本日はよろしくお願いしますね、テオ」
「ああ…」
隣に寄り添うようにしてエスコートする彼は銀糸で縁取られた黒のダブルレットを身に纏い、シャツからは白のレースがのぞく。長身にピタリと沿う細身のホーズは彼の所作のひとつひとつを滑らかに際立たせていた。
私の髪や目の色として全体的に黒を基調としていて喪服を連想させるのに、華やかという言葉が真っ先に浮かぶ。これはテオだからこそなのだろうと思う。
「それにしましても、いつにも増して本日は魅力的ですね。舞踏会の主役をさらわれてしまいそうです」
「そんなことはない。今日のセナも、息を呑むほど美しい」
かっこいい!すんごい華やかって感じ!という感想にこれまでの努力の成果を遺憾なく発揮すれば、及第点を越したのかテオの表情に血色が上がり、喜色が見える。
これ程分かりやすく反応が返ってくるとは思っていなかったが、今後とも精進あるのみ!
内心ガッツポーズを決めながら、登場ゲートまでの廊下をテオに身を任せてゆっくりと歩みを進める。シルフィ様達は私の少し後ろを付いて来ていた。
しかし、一歩進むにつれて緊張で足がガクガクしてきた…。まだ始まってもいないのに!
「セナ?」
様子のおかしい事に気が付いたテオに呼びかけられた。
このままだとやらかす気しかしないので、講師の先生たちやメイドさん達に言われたアドバイスをそっくりそのまま彼に告げる。
「緊張してしまって…。頼りにしてますからね?」
「ああ!任せてくれ」
「?はい。お願いしますね」
何故か分からないけど、さっきより気合の入った彼に色々とフォローしてもらうことを想定に入れてちょっとでも緊張を軽くしていく。
こういうのを他力本願っていうのかもしれないけど、やる気になっている場慣れした上級者に頼らせてもらおう。
王族と共に入場を果たし、国王からの紹介に合わせて習った通りのカーテシーをした。
すっごく失礼な話だけど、私に突き刺さる視線の多様さにどうにか笑顔を保つこととタイミングを合わせることに手いっぱいで国王が何を言っていたのか全く覚えていない。
その後はテオとダンスを踊って、埋もれるかと思うくらいに殺到した挨拶の体で擦り寄ってくる集団を当たり障りなく捌いていく。
もうね、テオってやっぱり公爵家の一員なんだなと痛感した。
私は頬が引き攣らないように微笑みを維持して失言しないようにすることだけで上手い返しなんて一言も出来なかった。そこを彼が全部フォローしてくれて、不覚にも見直した。
ほんの少しだけど!
大きなミスもなく、挨拶が終盤に差し掛かった頃。
あと少しだと思うと、気は少しずつ緩む。
「せっちゃんおひさ!」
どこか聞きなじみのある声で私を懐かしのあだ名で呼んだ誰かにガバッッッと正面から抱き着かれて、身体が硬直した。抱擁された時の対処法なんて習っていない…!
誰!?何!?
そんな驚愕と疑問が内心綯交ぜになっていたけれど、講師の先生たちの教えを胸に…。
「お、お久しぶりでございます…」
「その他人行儀なんなに~?」
どうにか失礼のない様に返したら、相手は簡単に私から身体を離して顔を覗き込んできた。場違いにも堅苦しさ皆無な問いかけと共に視界に映り込んだ茶髪茶眼、淡いパープル系のドレスで着飾ったその人の顔に目を向けると…。
「あ、綾!?」
「やっほー」
幼馴染のあや事、東條綾乃が数年前と変わらぬ笑顔で立っていた。
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