39.何だかんだいつもタイミングが悪い
最初の遠慮は何だったのかと問いたくなるような爆食をして満足げな表情のテオと共に、私が淹れた食後の紅茶を飲む。
メイドさん達の視線を気にせず、気楽に過ごしたいがために我が儘を言った結果だ。
重ね重ねメアリさんには苦労を掛けているなとつくづく思う。
「今日も美味かった」
「お口に合って何よりです」
久しぶりに食べるカレーは自分で言うのも何だが美味しかった。
もちろん普段食べている王宮料理人さん達の料理も食堂の食事もとても美味しいけれど、やっぱり自分好みの味に出来るのが自炊の醍醐味だと思う。
「今度開催される夜会について話しておきたいのだが」
神妙な様子のテオがソーサーにカップを置いた。
何か重大なことがあっただろうか?異世界人の件かな…。
「お披露目、ですよね?」
「ああ。当日のドレスを贈りたいのだが、色やデザインに希望はあるか?」
なんだそっちか。ちょっと切り出し方が紛らわしいよ…。
でも、舞踏会来週だよ?今から希望通りのドレスなんて作れるものかな?お針子さん達ブラック労働になるのでは?
メアリさんには「テオドール騎士団長様が準備しておられるはずですので」と説得されたから私の方では用意してないんだけど、大丈夫かな…。
色々と疑問に思いつつ、表面上は笑顔を取繕う。
「ありがとうございます。出来ればで良いのですが、あまり露出しないデザインでお願いします」
「分かった。今日のようなドレスがいいだろうか?セナの黒髪には蒼が映える」
私の返答に安心したように彼は表情を和らげた。
これは既にドレスが完成してる?最終確認を一応しておこうかなくらいの認識かな。
あと、そう思うのはテオの主観か自己愛のどちらかが作用してると思うよ?
「ありがとうございます。夜会が少し楽しみになってきました」
欠片も思ってないけど。もう既に緊張で胃がキリキリしてるよ…。
そのせいか、食事はメイドさん達に「ドレスが…!」とか「スタイルが…!」とか嘆かれて制止されるくらいに食べまくってる。
魔法を発動すると魔力を消費するからか、まったく太ってないけど。
異世界ってこういう所は便利だとつくづく実感する。
「意外だな。セナはドレスや装飾品に興味がないのかと思っていた」
正解!初めて袖を通す服やアクセサリーにさえ楽しみを見出さないとやってられないのよ。
「その認識で合っていますよ。でも、今日のようなテオの盛装姿は騎士服とは違ってまたかっこいいんだろうなと思って」
適当な出任せを口にすると、テオが眉間に皺を寄せて押し黙ってしまった。
これはどういう反応?適当なのがバレた?でも、テオの顔面は好みだって前に言ってるはずだし。
それともかっこいいって表現の仕方が庶民的すぎて不愉快だった?
貴族のご令嬢のように優雅で洗練された言葉選びをすべきなんだろうけど、私にはまだハードルが高いんだよね…。
これは今度の課題として、今は話題を変えないと!
何かいい話題…。
「そういえば!お披露目をする舞踏会に異世界人が来ると聞いたのですが、その方ってどのような方なのですか?」
最近気になっていてテオに聞こうと思っていたことを思い出し、問いかけた。
おかげでテオの眉間の皺が改善された。
「私も詳しくは知らない」
「その。話を聞いた時に文官の方が気になる言い方をしていて…」
「ああ、なるほど」
「何か知っているのですか?」
今まで一度も聞いた事がなかったが、異世界人という存在はそこそこ知名度があるらしい。
テオから聞いた話をざっくりまとめると、
・異世界人が国際条約で守護されているから立場的に精霊契約者よりも優先される。
・異世界人は膨大な知識を有し、その知恵により救われた歴史がある国は少なくない。
・常識の異なる世界から家族や友人などのありとあらゆるものを失ってなお貢献してくれる異世界人に敬意を表しましょう。
・友好国との関係に罅を入れたくない。
・あわよくば異世界人と仲良くなり、その恩恵にあやかりたい。
ということらしい。
私としてはその優しい世界な内容に驚きだ。
しかし、ここで問題になって来たのは私が異世界人であることを公表すべきか否かということ。
正直今の話を聞いてそのミュラ公国の異世界人が日本人ではないと言い切れないのが何とも言えない。
「異世界人の方というのは私達と何か違ったりするのでしょうか?」
「いや。そのような話は聞いた事がないが…」
うん、知ってる。どうにかして情報を聞き出せないかな…。
「そうなのですね。講師の先生から色々と学びましたが、その方だけ何も知らないのでは不安が残ります。不確かでも構いませんので、髪色ですとかを教えていただけませんか?」
「確か、髪も瞳も茶色だったはずだ。噂ではまだまだ子供とも謂われている」
地毛が茶色って人もいるからゼロではないけど、日本人の可能性は低い?でも、外国人からすると、日本人は幼く見えるって聞くし…。
ってなると、テオは私の事何歳だと思ってるんだろ?
…やめておこう。これでテオが年下だったらなんか大人としての自分のダメさを突きつけられそうだし、これでテオが私の事を十代だと思い込んでいてもダメージを食らうし。
どちらにせよ知って良い事ってないわ。
とりあえず、テオにだけは伝えておくべきかな。
婚約者だし。
「テオ。話しておきたいことがあるのですが…」
「何だ?」
「実は…」
“私も、異世界人なんです”という言葉が喉元まで来ていたのに、それが発せられるよりも先に扉のノック音が響いた。
間が悪いなぁっと思いながら、テオが入室を許可してメイドさんから連絡を受けている間にこの機会に色々と他に話せないかと考えていく。
が、テオが放ち始めた微妙な空気に何となく嫌な予感がしてくる。
「何かありましたか?」
メイドさんが連絡を終える前に尋ねると、彼は「すまない」と、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「夜会の警備についてこれからまた会議を行うことになった」
「そうですか。ゆっくり出来ないのは残念ですが、お仕事なら仕方ないですね」
…何て、タイミングが悪いんだろう。
これはむしろ伝える必要なんてないよ!っていう神のお告げか何か?
「いってらっしゃいませ。話はまた今度、時間がある時にでもゆっくりしましょう」
「ああ」
笑顔でテオを見送ったのち、アイテムボックスへ残り物を収納してからぞろぞろとメイドさん達を引き連れて自室へ戻った。
その日の夜。
「セナ様!もうその辺で…」
「あと少しくらいいいでしょう?」
「さっきからずっとそう言ってますよ!食べ過ぎです!」
「魔法使ってカロリー消費しますから大丈夫です」
「カロ…?兎に角!これらは全て没収します!」
「そんなぁ~…メアリさぁん……!」
むしゃくしゃして暴食に走るセナがいた。




