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38.そういえばそうだったわ…

レッスンに忙殺される…。

そう思うほどに毎日一分単位でスケジュールが埋まっていた。


それでも婚約者との交流は欠かせないので、どうにか隙間時間を見つけてはテオに手紙を書く。

こちらから願ったことでもあるから仕方がない。


しかし、顔を合わせたのは討伐任務から帰還後、たったの一回だけ。


私も舞踏会に向けての準備で忙しいし、彼にも仕事がある。

婚約者としてこのままでいいのかな、と疑問を募らせる日々を送っていた。






「“異世界人”、ですか…」


“異世界人”という言葉にどきりと心臓が変に跳ね、尋ねるように復唱した。


今年最後の夜会に行われることが決定した精霊契約者のお披露目。

それの打ち合わせに訪れた文官さんと一通りの話を終えて、雑談として話題に挙がったのだ。


私が日本から転移してきたことを今の今まですっかり忘れていた。


いや、忘れていたというのは語弊がある。正しくはさして重要ではないと結論付けていただけだ。


決して忙しさを理由にカミングアウトするタイミング逃したな…と、目を背けていた訳ではない。

断じて。


「ご存じないでしょうか。異世界人とは極稀に王家や高位貴族の許に遣わされる方のことを謂います。環境も常識も、何もかもが異なる土地から来た人ですから少し突拍子もない言動をする事もありますが、国を繫栄に導くとされていて手厚く保護されるのが国際条約に規定されているのですよ」


おかしな反応を示したであろう私に異世界人のことを知らないと考えた文官さんが丁寧な説明をしていく。


疑念を抱かれなかったことに安堵したが、“王侯貴族の許”とか“繁栄に導く”とか“手厚く保護”だとか新情報ばかりだった。


そういえば、私が落ちた場所も手入れられた庭っぽい所で、騎士っぽい服装をした人に追い出されたような…。

そう思うと、あの半年間に及ぶ苦労は一体何だったのか。


ふと、当時のことを思い出し、顔も覚えてない誰かを恨みそうになったが、そうなっていたらトムおじいちゃんともシルフィ様とも逢えないままだったはず。そう思うと逆にグッジョブと言いたい。


「隣国・ミャラ公国の異世界人が外交に参加するのは初めてのことですから、不快に思うこともあるかもしれません。舞踏会では何卒ご容赦頂ければ幸いです」


苦笑交じりの文官さんが締め括り、退室していった。


あの言い方にすっごく違和感がある。

まるで自国の精霊契約者よりも他国の異世界人を擁護するような。


何を隠されているのか、はたまた企んでいるのか。


お披露目だけでも憂鬱なのに、面倒事が起こりそうな予感がひしひしとしていて頭が痛くなってくる…。






異世界人のことで悶々としながらもレッスンに励み、ダンスも礼儀作法も及第点に達したと講師陣からお墨付きを貰った。


貴族名鑑に掲載される内容も全てとは到底言えないが、八割方暗記できた。残りの二割はテオにフォローしてもらえることを期待しつつ、あとは当日まで復習するだけとなった。


おかげで仕事にも復帰し、迷惑をかけた分気合を入れて取り組んでいる。

そして、休憩はユリアさんに姿勢や所作を指導してもらい、帰宅後に分厚い貴族名鑑を読み込んでを繰り返す毎日だ。



だけど、今日は休日。

やっとのことでテオとの予定も合い、本当に久しぶりに昼食を振舞うことになったのだ。


「一度厨房に行きます」

「かしこまりました。ご一緒します」


完全に出迎える準備を終えたため、メイドさん達に一言告げて厨房へ向かう。


前日仕事終わりにある程度の仕込みを済ませてある。

王城に住んでいる私がメイドさんや料理人さん達の仕事を奪う訳にはいかないからだ。


初めは厨房に入ることさえできず、「言って下されば調理致します!」の一点張りだったのだが、流石に異世界のからあげやカレーが理解されるはずもなく、何度も何度もお願いしている内に料理人さん達が折れてくれた。


日本料理を振舞ってからはそれはもういい料理友達になった。


この国の伝統料理や異国情緒漂う料理等々…話題が尽きることはない。気づけば夜中と言って差し支えない時間まで厨房に籠って料理品評会のようなことをして、メイドさんに叱られたことも過去にはある。今は侍女のメアリさんが目を光らせているので、そんなことはできないけれど。


さてさて、テオのために頑張って作った二日目カレーはどんな味に仕上がってるかな~。からあげも今なら揚げたてをつまみ食いできるかも…!


厨房に到着し、室内を覗き込む。予定時刻が迫っているからみんな慌しく料理の仕上げに取り掛かっていた。


今回提供される料理のほとんどが地球のレシピ。

だからなのか、それともいつもなのかは分からないが、所々に怒号が飛んでいた。


正直ここに飛び込む勇気が私にはない。


「…ここにお邪魔するのは迷惑ですね。最終確認をしたかっただけだから戻りましょうか」

「そうした方がよろしいかと存じます」

「ごめんなさいね。手間を掛けました」

「いえ!そんなことは…」


お供してくれたメイドさんのシーナさんやエミリーさん達が困惑した表情で答えにくそうにしている。


一時期の主人とはいえ、主人は主人。命令されて当たり前で、応じるのもまた当たり前で。そんな常識で生きて来ていない私にはちょっとだけ息苦しい。


「自室に戻ります」

「…かしこまりました」


時間的には直接会場となる応接室へ向かった方がいいけれど、そうすると一人は連絡に走らないといけなくなる。彼女達の仕事が増える一方で、男性は女性の到着を待つものだという常識もまた、私に罪悪感を抱かせる。


十分前行動が染みついているとまでは言わないけれども、遅刻しないようにと逆算して用意するのは朝の習慣だったと言っても過言ではないと思う。


実際問題、朝早くから起きて準備を始めてほぼ確実にテオ到着よりずっと前に全てが完了しているのに、わざわざ相手を待たせるって意味ある?と甚だ疑問だ。


メアリさんは「もう少しここでお待ちになってはいかがでしょう?」といつも言うけれど、時間ピッタリかほんの少し遅れるくらいで勘弁してもらっている。

心労をかけまくってて申し訳ないなぁとは思っても、この感性はそう簡単に変えられそうにない。


ミュラ公国の異世界人は馴染みない常識に対してどういう納得の仕方をしているのか、もし機会があれば聞いてみたい気もする。

面倒事に巻き込まれるのはもっと嫌だけれども。


唯一共感できる相手かもしれない異世界人に思いを馳せていると、自室に辿り着いた。案の定引き留めようとする筆頭侍女のメアリさん達を強引に説得して引き連れ、応接室のある方向へと来た道を戻っていく。


物々しい雰囲気を醸し出す大所帯に何とも言えないが、精霊契約者として粗末に扱われていないという建前が必要なのだろう。

貴族社会は本当に面倒。これに慣れないといけないのかぁ…って感じ。


日本にいた頃の自由気ままさが恋しい。




文官さんや役人さんの職務の妨害をしつつ辿り着いた先には既にテオが待っていた。



…今日も今日とて美貌に非の打ちどころがないわぁ~。


「ごきげんよう。本日はお越し下さり、ありがとうございます」

「お招き感謝する」

「もう少しで運ばれてきますから、それまで掛けてお話でもしましょう」

「ああ」


促したことで彼が席に着き、私はドレスを気にしつつゆっくりと浅く腰かける。


今日も今日とて彼からの贈り物のドレスと装飾品を身に付けているが、特に言及はないようだ。まあ、テオがスロースターターで褒めてくることはいつものことだ。

単に忘れているのか、私にドレスたちを着こなすだけの魅力がなさ過ぎて感想に困っているだけなのか。判断に困る。


「本日はリクエストのカレーを沢山作っていますから、好きなだけ食べて下さいね」


にっこりとした笑顔であの頃と同じ台詞を口にしたのだが、テオの反応が芳しくない。


…リクエスト違った?


「…そうしたいのは山々だが、ここでは私にも公爵家の一員としての体面があるのだ」


つまり。メイドさん達がいる王城でガッツいて食べられないってこと?

ひとまずセレクトミスをした訳じゃないことに安堵した。


「一応人払いはしますよ?」

「それでも、だ。ここは存外人目がある」

「そう、ですか」


…貴族って面倒臭!好きなものくらい好きなだけ、食べたいだけ食べたらいいのに…。


折角大鍋いっぱいにカレー作ったのに、大量に余っちゃう。これは料理人たちの胃袋に入ることになるかなぁ。


高額スパイスを惜しみなく使用したカレーが廃棄にならないことを胸中で祈りながら会話を継続していると、私の要望通り鍋ごとカレーがやってきた。その他にもサラダ、パン、肉料理、魚料理etc…二人で食べきれる量では決してない食事が次々とテーブルに並んでいく。


正面のテオがゴクリと唾を飲込んでいるのが見え、視線も料理に釘付けになっている。今すぐにでも食べたいと目が物語っていた。


最後に一人前のカレーがそれぞれに配膳されるとメイドさん達全員がこの場を離れ、私達からは姿が完全に隠れた。

この状態だと普通に過ごしても問題ない。


と、当初は考えていたのだが、テオ曰くそれでは甘いらしい。


「セレーネ様~?居ます?」


姿が見えない聖の精霊様に向けて虚空に声を掛ける。

すると、「は~い!どうか致しましたか、セナ様!」という発言と共に何もなかった空中にいきなり出現した。


「私達を人から見えないように光の膜で覆うことって出来ますか?」

「出来ますよ~!やりましょうか?」

「お願いします」

「お任せ下さいませ!」


彼女がそのしなやかな指を空中に舞わせた瞬間、キラキラと細かく輝くラメのようなものが無数に降り注いだ。


「姿を完全に消したわけではないですが、何をしているかは見えないように致しましたよ~!」

「ありがとうございます」

「じゃあ後はごゆっくり~」


うふふと妖艶かつ純真に微笑んだセレーネ様はまたどこかに消えていった。


「これでどうでしょう?」

「…頂かない訳にはいかないな」


してやったりと得意げに笑めば、テオは普段は拝めないような満面の笑顔を返した。

その貴重な表情を見ることが出来てなんか得した気分だ。


周囲を気にせず手に取ったスプーンで多めにカレーを掬って、堪能する。その他にも今日用意したからあげやフィッシュフライなども港町に行く時間が取れず、調理も許可がなかなか下りなくて本当に久しぶりに食べる。


「どうですか?」

「…うまい」

「作った甲斐がありました」



出会った当初はどうということもない日常だったけれど、今はたったこれだけが難解で、幸せ。

週一投稿ギリギリセーフ…です、よね………(゜-゜)?

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