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34.初合わせ

「舞踏会、ですか?」



与えられている王宮の一室で私を訪ねてきた文官さんに言われた言葉を思わずそのままオウム返ししてしまった。


だってしょうがなくない?現代日本で生きてて普段使う事のない単語だよ?そんなにすぐ飲み込めないよ。


「ええ。社交シーズンがもうすぐ始まりますから。すぐに出席とはならないかと思われますが、叙爵を行い次第、今シーズン中には舞踏会で精霊契約者であるセナ様のお披露目会も行われるかと」

「なるほど…」

「セナ様にはそろそろダンスやマナー等を学んで頂こうと考えているそうですが、いかがでしょうか?」

「はい、問題ありません。よろしくお願い致します」

「ありがとうございます。では、そのように取り計らいますので」

「分かりました。あの、いつからかだけ予定を教えて欲しいのですが…」

「まだ本決まりではありませんが、よろしいでしょうか?」

「はい。それで構いませんので、お願い致します」


文官さんから仮スケジュールを聞いてメモを取る。明日にでも第八魔法省のみんなに説明して休暇を貰わないとね。



しかし、翌日には既に王宮から通達があって休暇申請が受理されていた。

迷惑をかけてしまう事への謝罪を伝えたのだが、笑って「頑張れ」と、励ましてもらったのだった。



それからはほぼ毎日マナーやダンスを教えてもらった。



マナーは優雅な貴族の言葉遣いから食事などの礼儀作法、綺麗に見えるカーテシーの仕方などなどである。


一見なんでもない言葉やちょっと嫌味っぽい会話に過剰なほどの棘が含まれている事を知って不安が増大した。

特に大変なのは手渡された貴族名鑑に掲載されている貴族の家系図、領地、領地の特産、政策を記憶する事。完全に丸暗記する以外に道はないらしく、元々暗記科目が苦手な私にはキツイ…。


あと、時間的猶予があまりないからか講師の先生が結構厳しい。

その分メイドさん達や第八魔法省のみんなが褒めてくれるけど。おかげで自己肯定感が下がらずに頑張れてます。本当にありがとう!



ダンスの講師の先生はとっても優しいおっとりとした人で、褒めながらも改善点を指摘してくれるからすっごく楽しい。


元々運動が嫌いではなかったっていうのもあってステップは覚えたし、あとは音楽と相手に合わせて踊るだけである。先生にも進捗がとても順調に進んでいると褒められた。



それに伴って私は毎日ドレスを着用している。


将来貴族家の当主となる事が決定している為、ドレスを着慣れておくに越したことはないという講師陣の意見とテオが贈ってくれた沢山のドレスを着ないのはもったいないという私の後ろめたさと私を着飾りたいメイドさん達の願望が合致した結果である。


実に動きづらい。重い。準備に時間かかる。

普段からこんなの着て過ごしてる貴族の方々、ホントに尊敬します。






「今日からは実際にパートナーと合わせていきましょう」


ダンスのレッスンが開始から約半月が経過して初のペア練習である。

相手がいてこそのダンスだと思うので、嬉しい…!


しかし、表情には出さないように。マナー講習の学びを活かして微笑みを浮かべる。


「はい、かしこまりました。お相手は先生が務めて下さるのでしょうか?」

「いいえ。セナ様がこれから先よく踊られる方と合わせた方がよいかと思いまして、アルガータ騎士団長をお呼びしております」

「そ、そうですか。それはお気遣い頂きありがとうございます」


引き攣りそうになった頬をどうにか踏み止まり、微笑みを維持する。


初めて誰かと組んで踊るのに、私にどうしろと?!このたっかいヒールでテオの足を踏み抜けと!?


やっとステップを体が覚えてきたかな?といった所なのだ。まともに踊れる自信がない。

申し訳ないけれど彼に足には尊い犠牲となってもらおう。ご愁傷様です。


仕事の合間を縫って来てくれるそうで、ここに到着するには少し時間が空いているらしい。


今のうちにステップの復習を入念にしておかねば…!犠牲となるのは出来るだけ少ない方が良いだろうし!




「失礼する。遅れて申し訳ない」


テオが扉を開けて入ってきた。

ノックの音が聞こえないほどに集中していたようだ。


すぐに姿勢を整えてマナー講師に倣ったカーテシーを披露する。


「ごきげんよう、テオドール様。本日はお付き合い頂きありがとうございます」



どう?結構真剣に取り組んでいる成果は?見てられる程度にはなってるんじゃない?



「ああ」



まったく顔色を変えることなくそれだけを言って黙り込んでしまった。

貴族のご令嬢を見慣れている彼からしたら拙いのだろうから仕方ないね。


でも、他に何か言う事があると思うんだけど…?


貴方が贈ったドレスやら装飾品なんですけど、これ。見せるのデート以来二回目ですよ?

あと、貴族男性は女性を褒めるのがスタンダードでしょうが。講師の先生が言ってたぞ!


私が心の中でテオの貴族としての在り方について懇々と問い質している間に講師との話は終えたようで、こちらに向きなっている。


「アルガータ騎士団長殿もいらした事ですし、早速始めましょうか」

「はい」   「ああ」


正面に向かい合って左手をテオの肩へ、右手は彼の左手にそっと添える。


思いの外縮まった距離に先程の不満は消え、視線をどこに向ければいいのか分からず目が泳いで緊張により身体が固まる。

どんなに考えてもうまく踊れる未来が見えない。一曲中に少なくとも三回は足を踏み抜くことだろう、確実に。


曲が始まる前に心構えをしていてもらおう…。



「先に謝っておきます、ごめんなさい。この後テオの足は私に踏み付けられて使い物にならなくなります」

「問題ない。これでも私はダンスが得意なのだ」



テオが言い終わると同時に演奏が開始され、急いで最初のステップを踏み出した。


さっき復習したステップを反芻しながらどうにか付いていく。

本人が明言した通り、確かにテオはダンス上手く、ぎこちない私をリードしてくれている。


が、如何せん初ダンスなのだ。どれだけ足元に気を向けていても覚束なくなる。


「セナ。私の目を見てくれ」

「…無理です……」

「大丈夫だ。出来る」


その言葉に足に向けていた顔をそっと上げて彼を見る。


「そのまま私に身を預けるといい」

「…はい」


自信満々な笑みを浮かべてテオが言ったのだ。身を任せてみよう。

もしこれで踏みまくっても自己責任って事になるもの。


肩の力を抜いて、足の心配は頭の隅に追いやってリードに任せて身体を運ぶ。


「良い調子だ。うまく踊れている」

「あ、ありがとうございます」


そしてそのまま身を任せて最後まで足を踏み抜くことなく踊り切った。

快挙以外の何物でもないと思うの。


「お二人ともお疲れ様でした。セナ様は初めてのダンスで最初はぎこちなかったですが、終盤は本当に良く踊れていましたよ」

「ありがとうございます。テオドール様のリードがあったからこそです」

「それでもですよ。さて、少し休憩にして後程一曲だけ合わせようと思いますが、アルガータ騎士団長殿にお時間ありますでしょうか?」

「時間はしっかり取ってあるので、特に気にしないでもらいたい」

「そうなのですね。それではまた休憩後に再開致しましょう」

「はい。お願い致します」


講師の先生が退室していき、部屋には私達だけが残っている。

とりあえず未だに慣れないハイヒールを履いているので、早く座って足を休めたい。


「テオ。あちらに座りませんか?」

「ああ」


部屋の端に備え付けられたソファまでエスコートされて、腰を落ち着かせる。


ステップの練習を一人でするのと、誰かとペアになって踊るのは全然勝手が違って難しかった。

でもそれだけじゃなくて、テオはステップを間違えてもフォローしてくれたし、緊張を和らげようと会話を振ってくれた。


まったく優雅には踊れていないだろうけれど、楽しかった。


「フォローしてくれて本当にありがとうございました。私、誰かと踊るの今日が初めてだったから合わせるのも大変だったでしょう?」

「いや、そんな事はない。私の方を見るようになってからは随分と踊りやすかった」

「そうなら良かったです」


ダンス中のようにしっかりと顔を覗いても嘘を吐いているようには見えない。


もし仮にお世辞だったとしても頑張ってきた甲斐があったというものだ。ダンスがうまいではなく、踊りやすいと言われたのが安堵に繋がった。

これからの将来、私と一番多く踊ることになるのは間違いなくテオだから。


「…それと、遅くなったが。今日のドレスも似合っている。身に着けて貰えて嬉しい」

「いえ…こちらこそ素晴らしいドレスをありがとうございました」

「ピアスも、いつも着けているのだな」

「ええ、まあ…。そう言われましたので……」

「似合う」

「ありがとう、ございます」

「それと、」

「まだあるんですか…?」

「テオドール様、とセナに呼ばれるのはひどく落ち着かない。”テオ”と呼ばれたい」

「わ、分かりました、テオ」

「ああ。セナ」


眉尻を下げて本当に嬉しそうに微笑まないで欲しい。


これが不意打ちというやつか?


さっき胸の内で愚痴ったのが何だか恥ずかしいじゃないの…。


何故だかこの話題を早く打ち切りたくて分かりやすいくらいに話を逸らした。特に気にすることなく、会話は弾んでいった。



そして休憩後にもう一度テオと共に踊った。

今回も踏むことなく、先程より流れるな足捌きができた気がする。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます!!!


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