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きっと、私は行方不明  作者: 黒月猫
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一滴


 呪いのようだと思っている。

 私の見た目も、人間性も、何もかもが。

 いっそ本当に呪いなら良かったのに。


 *


 暖かい陽気の春の日に私は産まれた。我が家の第一子である私は、望まれた存在のはずだった。

 黒髪の父と、金髪の母から生まれた私はなぜか、赤髪だった。碧の瞳の父と青の瞳の母から生まれたはずなのに、私は黒の瞳だった。


 ──ルミナリエ家の恥


 それが私の呼び名。親は私に名前をつけてくれなかった。赤いの、それ、私はそう呼ばれている。

 両親は私を視界にすら入れようとしない。

 でも、それでも。頑張れば認めてくれる。だから、勉強も、剣も、全ての力を尽くして結果を出した。

 でも、だめだった。


「お父様、お母様、見てください、お歌のコンクールで賞を取りました!」


 褒めて欲しかった。頑張ったねって言って欲しかった。

 パシンっと乾いた音がする。

 その音は私の頬から聞こえた。

 くらくら揺れる視界に、キリキリとした声が振動として伝わってくる。


「近付かないで頂戴、あなたがいるからわたくしは、こんな、こんな惨めな思いをしているのです! 貴方など産まなければよかった……」


 産まなければ

 そんなこと、言われたくなんてなかった。認めて欲しかった。

 それが無理でも、ほんの少しだけ、本当に少しでいいから私のことを見て欲しかった。クラクラと揺れる視界が、真っ暗になって。私は気絶したらしい。

 目を覚ましたときにはいつもの部屋にいて。

 何もなかったように振る舞う両親と、使用人をドアの隙間から見て、私はいらない子なんだなって何となく感じた。

 だって誰も気にかけない。見ようともしない。

 元々ご飯は厨房でこっそりくすねてた。だって作ってもらえないのだもの。

 そっか、私。誰にも望まれてないんだ。

 髪が赤いだけなのに。瞳が黒いだけなのに。

 鏡に手をあてた私が鏡の中で泣いている。頬に触れても、涙なんて無いのに。


「不思議、不思議だわ」


 色が煩わしくて。

 瞳をえぐりたい。髪を根こそぎ抜いてやりたい。

 でも。それをしてもきっと、両親は私のことを見てくれない。悪魔の子だって、罵られて終わり。

 鏡に映る私が瞳を煌めかせる。


「ほんと……くだらない」


 もう期待しない。

 何も求めない。

 どうせくれないのだから、欲しがっても意味はないから。

 いつかここを出て行ってあげよう。

 そしたらきっと、両親はホッとするでしょうね。悪魔が居なくなったって。そう言って。

 ぎゅっと手を握り締めている私は滑稽で。窓に映る月は欠けていて、今の私にぴったりな日だった。


 *


 十五になった私は血濡れ姫と呼ばれている。

 真っ赤な髪色がそれを魅せるのだろう。真っ黒な瞳は、意志を見通せないと言われたこともあるから、それがその呼び名を後押ししているのでしょうね。

 まともに家から出たこともないのにそれが噂になっているのは、使用人が情報を漏らしたということにほかならない。

 何もできない私は、籠の中の鳥なのだろう。

 ずっとこの部屋でひとり、生きていくのかと思うと少し、うんざりする。

 窓の外はほんのりとピンク色に染まった花が咲き乱れている。メイドたちが言うには、サクラという花なのだとか。遥か東の島国から伝わったのだと、そう本に書かれていた。

 春は私の誕生日のある季節。なんとなくでしか数えてはいないけれど、十歳で行う儀式に連れて行かれてから五回サクラが咲いたから、多分私は十五歳だ。

 春は暖かい。そして、怖気がするほどに冷たい。

 ここを飛び出せたのなら、私は少しは自由になれるのだろうか。そう考えてすぐに否定する。どうせ何も知らない小娘が外に出たっていいように利用されるだけ。それが攫われて売られて終わり。

 協力者なんていない。知り合いなんて、片手に収まるくらいにしかいないのだから。それも、他人に手を貸す余裕があるわけでもない。

 本当に、何もできない。

 窓の外にはいつも変わらない、庭がある。庭師が丹念に手入れした花々がある。

 じっとそれを眺めていると、ピンク色のサクラの陰から青い何かが見えた。不審に思っていると、それはどうやら人のようで、花に囲まれて右往左往している。

 迷子……?

 気づいたときには、私は部屋を抜け出していて。庭に向かっていた。


「ねえ」


 声をかけるとその青い色はピクリと震えた。

 恐る恐るといったように振り返ったそれは、まだ幼くて、大切にされているのだろうとすぐにわかるような澄んだ瞳をしていた。


「あんた誰」


 ぶっきらぼうに問う私に少し怯えたような青の髪の少年は、きれいな紫の瞳をしていた。

 紫の瞳……?

 頭の中に過去に見た貴族名鑑が浮かぶ。頭の中でパラパラと捲られたページの中でピタリと止まったのは王族のページ。


 ──王族は代々、紫の瞳を持って産まれる。


 その中にあった文だ。


「お姉さんはだあれ?」

「……この家に、関係ある人、かな」


 曖昧になってしまった返事に軽く眉を寄せた少年はきっと、王家に関係のある貴い人なのだろう。

 見た感じ、まだ十にも届かない年だ。それくらいの歳で王家にいるのは、第二王子と第一王女。

 この子供は男だから、きっと第二王子だろう。

 誰かの訪問の知らせは貰っていない。それはそうだろう。私はこの家のいらない子だ。

 ならば名乗らずこの子供を応接間にでも案内するのが吉だろう。


「あなた、お客さんでしょう?このまま花壇に沿って進んだ先にある、黒いカーテンの部屋……そうね、屋敷内に入ったところの左手にある焦げ茶色の、花の模様の描かれた扉のある部屋が応接間よ。分からなかったら屋敷内にいる人間に聞きなさい」

「え……」

「ほら、さっさと行きなさい。……そして私のことを忘れなさい」

「……ありがとう」


 少年が素直に助言に従い、花壇の先に消えていったのを見届けて自分の部屋に戻る。

 ちょうど木の陰に入る、表には面しているけれど部屋全体に影がある目立たない部屋だ。

 こんな、傍から見たら可哀想だと思われそうなこの部屋だけれど私からしたら落ち着ける、唯一の場所だ。

 ほんの少し、いつもと違うことがあったけれど、結局はいつもと変わらない。

 ぼんやりと部屋で過ごして一日を終える。

 窓から段々と赤く染まり黒くなるのをぼんやりと見つめて重ねたシーツの上で寝る。

 …………明日もきっと、いつもと変わらないだろう。


 *


 目が覚めたら、真っ暗だった。ああまたかとしか思わないけれど、そういえば始めはこれを怖がっていた。暗闇から聞こえてくる声。何かを訴えていて、悲しくて。思わず顔を顰めてしまうほどに、鬱陶しい。

 私はなんど助けを求められても助ける余裕なんてない。今の私は助ける気がない。

 泥まみれ、傷まみれのボロボロの女が子犬を助けたって、女が息絶えたら意味がないでしょう?一時の救いのあとに再び絶望の中に落とすくらいなら、最初から最後まで絶望の中にいたほうが、余計な苦しみを抱えずに済む。私ならその道を選ぶ。

 中途半端な助けなどいらないのだ。

 だから、助けない。助けることなどできない。

 困っているものには手を差し伸べなさい、だなんて金持ちの余裕があるやつが言うものだ。

 ひんやりとした感触。見下ろせば泣き腫らした顔の少女。赤い髪に、黒い瞳の。何もかもを諦めてしまって、先程まで泣いていたのに、そんなことにすら、気づけなくなってしまった。

 ふっと闇に少女が溶けていった。

 そして現れたのは先程の少女よりほんの少し成長した姿の少女。変わらず赤い髪に黒い瞳をしている。

 虚ろな目をしてこちらを見ている少女は、手に何かを握り締めている。ぎゅっと力の限り握り込まれた手は、きっと手のひらに爪が食い込んでいるだろう。

 思わず近づけば、さも大切そうにそれを胸元に寄せる。

 あの頃の自分に、そんな大切なものなど、あっただろうか。


 ──あなた、何をそんなにも大切にしているの

 ──大切なものなど、泡となって消えてしまうでしょうに

 ──どれだけ大切にしていても、掌からは溢れていってしまうのに


 私の疑問に、瞬きを一つした小さな私は、先程のように闇に溶けていった。


 なぜ。私に大切なものなんて───


 *


 赤い花びらが舞っている。

 ピタリと私の頬に着いたそれは、ほんのりと温かい。今は冬で。花なんて咲く季節じゃあない。

 しんしんと降り積もった雪に、赤が飛ぶ。真っ白な雪に真っ赤なそれは、正反対で、とてもきれいだ。

 ビチャリと水音が立つ。でも水よりは粘り気のある音。頬に着いた花が、ゆっくりと頬を伝う。


 ──ああ、そうか。これは血だ。


 理解が遅かったのは視界に映る非日常的な光景のせいだろうか。

 そんなくだらないことを考えられるほどには、余裕があるのか。そうではなくて、ただの現実逃避かもしれないなと、自分の考えを笑い飛ばす。

 吐いた息に思ったよりも呆れの色が含まれていたのは、こんな状況でも、動くことをしない自分が可笑しかったから。

 少し前から家に出入りする人が増えたなとは思った。見たことのない使用人が増えたし、皆そこはかとなく警戒していた。

 正直どうでも良かったから、気にしていなかった。

 だからだろうか。なるべくしてなったと言うには私は外を知らなさすぎる。多少は外出も許されていたし、歌のコンクールに出るくらいには、幼い頃はよく外に行っていた。

 でも、自分から引きこもるようになってからは。何も知らない。

 血濡れの鎧を身に着けた兵士に腕を掴まれて、引きずられる。

 なぜ殺されないのかなんて、考えるのすら億劫だった。なんとか自分の足で立って歩くけれど、歩くのすら久々で、すぐに疲れてしまった。

 なんで。なんで私が。

 歩いていく傍らにいるのは父や母と呼ばれた存在。

 何処か遠くて、いつかの日にひたすら求めた愛情の持ち主。そんな人の遺体を見ても、私の心には何も浮かばない。

 視線をずらすと、数え切れない程の死体が溢れている。

 この男はどこへ行くのだろう。

 屋敷から上がる黒い煙は、遠くでもあがっていて、きっとこれは、歴史で知った内乱というやつだろう。

 遠くから悲鳴が聞こえてきたけど、そんなもの、どうでも良かった。


 *


 そこかしこが煤けていて、血濡れで、荒れきっているのに、そのお城は綺麗だった。点々と血と思わしきものが付着していたりしたけれど、気にするほどでもない。崩れ落ちた屋敷に比べたらびっくりするくらい綺麗だ。

 手を縛られることもなく、兵士に連れられる。

 こんなひ弱な女程度、縄などなくとも捕まえられるだろうから、それには納得だった。

 私なんかに縄を使うより、もっと別の人間に使ったほうが、縄も有効的に利用されて嬉しいだろう。

 ひときわ大きな扉の前で、兵士は止まった。そばにたっている別の兵士に声をかけて、大きな扉をノックする。そして、大きな扉が開いた。

 その後のことはよく覚えていない。

 謁見の間と呼ばれる部屋に居た人物に、保護がどうのと言われたが、正直どうでも良い。

 死ぬときは死ぬのだし、こんな保護なんていらない。むしろここで殺してほしいまである。

 私はあの屋敷の、狭い世界しか知らない。広い世界に出ても、何をすればいいのかなんてわからない。

 きれいな部屋で今日という朝に目が覚めた私は、ふかふかなベッドから離れた、部屋の角のカーテンに包まっていた。

 何をすればいいかわからない。何ができるのかもわからない。

 きっと、私は行方不明。

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